第308話 別働隊

 森をぬけ、荒野にでた。


 満月の明かりがあるので、荒野の遠くまで見える。


 人の集団がいた。たき火の明かりが数えきれないほどだ。


 敵と味方、それぞれの位置は諜知隊からの知らせでつかんでいる。


 この荒野で野営しているのは味方だ。レヴェノア軍第二歩兵師団。


 馬で近づいていくと、ひとりの男が集団からでてきた。暗がりで顔は見えないが、赤の羽織りをしている。


 わが軍で赤い羽織りをつけるのは、隊長格の者しかゆるされていない。


「苦労しているみたいだな、ナルバッソス」


 馬をおり声をかけた。


 人影が近づいてくる。そこで顔が見えた。やはり、ナルバッソス第二歩兵師団長。


「苦労している、そう軍師には見えますか」


 ほほの傷をゆがめ、苦い笑いを浮かべている。


「想定よりすすみが遅いので言ってみた。ちがったか?」

「いえ。いっしゃるとおり。足の豆がつぶれた、ひざが痛い。そんな困難を乗り越えております」


 ナルバッソスは皮肉を言ったが無理もない。第二歩兵師団は、新兵が多かった。行軍になれておらず、しかたがないといえる。


「自分の歩兵五番隊が恋しいか」

「恋しくはありませんが、大飯食おおめしぐらいになって帰ってくるのではと、心配です」


 そうだった。ナルバッソスのいない歩兵五番隊は、臨時で二番隊のマニレウスにまかせている。


 あの二番隊長は、得意とする武具から大槌おおつちのマニレウスと呼ばれているが、大食いのマニレウスと、このナルバッソスは呼んでいた。


 ナルバッソスは笑いを浮かべていたが、真剣な顔つきにもどった。


「それで軍師、状況はいかに?」

「計画したとおり、敵の歩兵、その半数には夜襲をかけた。朝まで眠れないだろう。明日に、もしぶつかっても、この半数はへろへろだ」


 ナルバッソスはうなずいた。今回の戦い、このナルバッソスは計画のすべてを知っている。


「現在、もっともすすんでいるのは敵の騎士団ですか?」

「そう、次におれらの騎馬隊となる」

「敵の騎士団は野営を?」

「やはり夜駆けはしないみてえだな」


 一日も早くアッシリアへもどるなら、夜も駆けるという可能性もあった。だが、おれとナルバッソス、そしてイーリクと話しあったが、それはないだろうというのが三人のおなじ意見だった。


 旅人の移動とちがい、軍による遠征だ。敵と遭遇すれば戦うことになる。戦う体力を残しつつ移動させないといけない。


「明日、敵はぶつかってくるでしょうか?」


 ナルバッソスの問いには、おれもはっきりとした予想はできなかった。いま敵は三つ、こちらも三つと、六組の集団がばらばらの道をすすんでいる。


 敵の通る道は、あるていど予測がついた。むこうは水や食料を補給するために、村や町に立ちよる必要がある。その反対に、われらレヴェノア軍は人のいない道を選んでいた。ここはアッシリア領、敵の領地だ。


「むこうも、斥候せっこうはなっている。おたがいに位置は把握はあくしてる状況だぜ。ナルバッソスが敵ならどうする?」


 第二歩兵師団長は、腕をくみ考えこむ顔をした。


「むずかしいですな。こちらに近づこうにも、道すじをまちがえれば、さきを越されてしまいます」


 考えこんでいたナルバッソスだが、ふいにおれを見た。


「敵は、おろどいているでしょうな。自分たちより、レヴェノア国のほうがアッシリアの地理にくわしいと」


 そう言って笑う。つられておれも笑った。


「いばりたいが、アッシリア領の地図を膨大に持っていたのは、おれじゃねえ」


 ナルバッソスはおどろきの顔をした。


「ペルメドス文官長ですか!」

「あのじいさん、たいしたもんだぜ」


 自治領だったころから暗躍していた諜知隊だが、さぐるのは人の動きだけではなかった。各地の地図も作らせていた。


 ナルバッソスが、なにか確信したようにうなずく。


「軍師、やはり敵はぶつかってくるのでは。こちらが地理に精通していると、そろそろ理解したはず。ならば競争をするのは分が悪い。騎士団でこちらの騎馬隊をつぶしにくるかと」


 ナルバッソスの予想にうなずく。おれもおなじ考えだった。


「軍師からの注文、すでに用意はととのってますぞ」


 この第二歩兵師団長が言うより早く、あちらこちらから、たき火をぬって近づいてくる多くの人影があった。


 その先頭を歩くのは、長い髪をした犬人の女。そしておなじく赤い羽織りをつけていた。わが国で隊長格の女はひとりしかいない。


「なんだ、別働隊をひきいるのは林檎ミーロ戦乙女いくさおとめか」


 もとは農家の者たちで組織した自衛兵「巡兵士」を取りまとめていたテレネだ。


「ナルバッソスの補佐に飽きたか」

「ラティオ様、兵士のなかで弓をあつかえて、馬も乗れる。そんな人材は、限られます」


 たしかに、おれの注文がそれだった。第二歩兵師団のなかから、弓がつかえて、おまけに馬まで乗れる兵士。それを三百、ナルバッソスに選抜してもらうようたのんでいた。


 あつまった者を見まわす。猿人も犬人もいるが、麻布の服を着ている者が多かった。麻布は農家の者が好んで着る服だ。


 それに若者があまりいなかった。歳は、四十や五十の者が多いように思える。


「民兵だった者が多いのか」

「そうです。わたしのように農家の者は、弓をつかう機会も多いので」


 なるほど。田畑を荒らす小鳥などは、剣で立ちむかうより弓のほうがよさそうだ。


 レヴェノア軍としては新兵でも、民兵の者は熟練の戦士といえる。これは期待ができそうだ。


「さらに戦力が落ち、明日はどうなることやら」


 ナルバッソスのぼやきに笑えた。


「ジバ隊の六十七名をやっただろうが」

「あの小隊長たちは、すばらしいです。どこの隊でも活躍できるかと」


 やはりか。王都守備隊で激闘を生き残ったやつらだ。


「しかし、レゴザとデルミオが遅いな」


 おれは思わずそう漏らし、地平線を見つめた。


「輜重隊にいた猿人のふたりですな」


 ナルバッソスがたずねてきた。おれはうなずく。


「そう、あのふたりは輜重隊とは別で動いてもらっている。人夫をあつめ、馬の運搬をまかせた」


 それから待つこと半刻ほどだった。月夜の荒野に馬群があらわれたかと思うと、見る見る間に近づき到着した。


「申しわけない、予定より遅れた」

「まったく、このレゴザがよ、道をまちがえやがった」

「デルミオ、おまえは道すじすら、おぼえてないだろうに!」

「おれは馬の状態を見てた。運ぶ荷を気遣うのが荷役の仕事よ」


 おれは怒ることなく、ふたりの労をねぎらった。


「ご苦労だったな。朝から大変だったろう」


 王都レヴェノアで、朝から馬に乗れる人夫をあつめ、それから牧場にいき馬をつれてくる。百人ほどの人夫で、三百の馬をつれてくるのだ。かなり大変だったにちがいない。


「馬をもらえば、あとはこの野営地で休んでも、レヴェノアに帰ってもいい。自由にしてくれ」


 人夫には人夫のやりようがあるだろう。そう思って言ったのだが、レゴザは首をふった。


「食料は輜重隊が持ってくるが、ここの第二歩兵師団、すくなからず荷物があるだろう。それをおれたちが持つ。兵士たちは楽になるはずだ」


 その言葉に、すばやくテレネが反応した。


「それは助かります。わたしたちの別働隊は、鎧も剣も、置いていきますので」


 そうか、ひとつ見落としていた。ここから別働隊の三百人は馬に乗っていく。歩兵の装備はじゃまだった。


「明日の朝にはよ、輜重隊のミゴッシュが荷車持ってくるぜ」


 言ったのはデルミオだ。それは予定になかったはず。


「こうなるのを読んでいたのか?」

「ああ、軍の荷役は、なんども経験あるからな。歩兵はとくに、盾などの装備が重い。荷役がいたほうが、移動も早くなるだろ」


 たいしたものだ。感心していると、デルミオがあやまってきた。


「勝手をして悪いと思った。でも軍師さんは、いそがしそうだしな。こまかいことだったんで、あとで許可をもらおうと」


 たしかに兵士であれば勝手をされると困るが、この者たちは正規の軍人ではない。それに、おれが気づかなかったところの手助けだ。怒る理由はなかった。


「荷役か。やはり、経験がものを言う」


 思わずつぶやいたが、ナルバッソスがあとにつづいた。


「軍師という経験を積んだ者、それはこの世に、そうおりませんぞ」


 おのれを大事にしろ、そう言いたいのか、この心深の雄は。


 ナルバッソスには答えず、おれは兵士にあずけていた自分の馬をもらった。


「ではいこう。夜が明けるまでに、目的の地へ着きたい」


 別働隊の三百も、それぞれ馬をわたされている。


「働くねえ、この国の軍師は」


 そう言ったのは、人夫のデルミオだ。おれは馬上から言葉を返す。


「いま輜重隊をひきいているミゴッシュ、それにさきほど会ったフリオス、あのふたりは文官になるだろう。デルミオとレゴザ、おまえらは軍に入れよ。輜重隊と工作隊をまかせたい」


 猿人の人夫ふたりは、おれの言葉に顔を見あわせた。


「デルミオは荷役がうまいが、おれは建築と土木、それぐらいしか、取りえがない」

「レゴザ、まさにそれだ。信頼できる工兵が欲しい。たのむ、きてくれ」


 おおまじめに言った。こういうとき、まじめにたのんだほうがいい。それは王のアトから学んだことだ。


「おいレゴザ、なんだか燃えてくるな!」

「デルミオ、茶化すな!」


 ふたりは長い仲なのだろう。やり取りのあと、レゴザはおれを、まっすぐに見つめた。


「わかった。いや、わかりました。お誘いお受けいたします、軍師殿」


 ふたりにうなずき、おれは馬のはらを蹴った。


 ナルバッソスがおれを見つめているのに気づいた。


 仲間は減っていくが、増えもする。そうナルバッソスが言ったのが、あのグールとの大戦が終わったときだったか。


「ラティオ様、わたしは、しんがりへいきます!」


 馬を併走させながら声をかけてきたのは、テレネだ。そういえば、この女もレヴェノアを建国するときには、知りもしなかった女だ。


「ああ、たのむ。だが無理はするなよ、結婚をひかえた身だからな」


 軽口をたたいてみたが、テレネはすぐに答えた。


「ご安心を、もう傷ものですので!」


 テレネをそう言って顔の傷に指をさし、笑って馬首をひるがえした。列の最後尾にむかう。


 増える仲間というのも、ずいぶんとたのもしい。そんなことを思いながら、森へとのびる道を見すえ、手綱をたたいた。

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