第72話 雛鳥

 赤子を抱えて、さきほどの広間へもどる。


 あの水牛のようなグールは変異種なのか。こちらを攻撃する素ぶりもなかった。それに赤子が三人。まさか、守っていたとでも。


 頭をふり、考えるのをやめた。いまは目の前の安全だけを考えたほうがいい。


 広間に出ると、待っていた五人が唖然として動きを止めた。おれ、アト、ヒューの抱えた赤子をじっと見ている。


「ラティオよ、その胸に抱く子はいったい」

「ボンじい、説明はあとにする」


 みなを見まわす。全員がいるのを確認した。


「もう少しだけ、さきを見て、まだまだ奥がありそうなら、一旦引き上げよう。赤子を連れて出たい」


 おれの提案に、みながうなずく。


「マルカ、ここに赤子を置いて行く。見ててくれるか?」

「わかった」

 

 着ていた服の一番上を脱いだ。それで赤子をくるんで地面に置く。おれの横にグラヌスが来て耳打ちした。


「さきほどはすまぬ。助かった」


 見れば、グラヌスの顔は蒼白だ。


「死ぬより恐ろしい目にあうところだった」


 そう言って奥歯を噛みしめる。そりゃそうだ。アトに自分の刃が当たったとしたら、死んでも死にきれねえ。


「みな、水でも飲んで、少しだけ休もう」


 おれは全員にむかって言った。みながうなずき、荷物から水袋をだす。それから小声でグラヌスに話しかけた。


「切り替えろよ。お前の強さが必要だ。ここから生きて帰るには」


 グラヌスは力強くうなずいた。


 広間からは、いくつかの穴がのびている。一番大きな穴へと進んだ。長い長い下り坂だ。とちゅうの壁にあるランタンに火を移す。


 坂道が終わり、大きな空洞についた。いままでで一番大きいかもしれない。


 あちらこちらに大きな岩がごろごろある。その上にランタンが置かれてあった。みなで火を移す。


「ここが主な採石場だったみてえだな」


 ごつごつと削りだしたような鋭利な岩肌で、天井も高かった。上のほうにも横穴がある。初めのころに使っていた道か。そこから垂直に掘り進め、いまの深さまで掘ったのか。


 上だけでなく下にも無数の横穴があった。


 唸り声。とっさに剣をかまえた。


 低く唸る声が近づいてくる。どこだ。みなも剣をかまえ辺りをうかがう。


 ゆっくりと左の横穴から黒い狼が出てきた。右の穴から、もう一匹。


 前方の大きな岩の上にも、ひょいと黒い狼があらわれ、こちらを見下ろした。


 左の狼に近いのは、おれ、イーリク、ドーリク。中央の狼に近いのがアト、グラヌス、ヒュー、ボンフェラートだ。


 このまま戦えば負ける。


「イーリク、ドーリク」


 体は動かさず、なるべく小さい声で話しかけた。


「左のを一瞬で決めたい。ドーリクは盾で突進。イーリクは合図で呪文。」


 ふたりが小さくうなずく。


「グラヌス、そっち二匹頼む。ほかは後退しながらグラヌスの援護」


 二匹を同時に相手にするなど、無茶も同然。しかし、個別で立ちむかえるとすればグラヌスぐらいだ。へたにグラヌス以外が立ちむかえば、大けがをする可能性が高い。


「わかった」


 グラヌスが即答する。


「ドーリク!」

「おお!」


 大男の犬人が盾を前にして左の狼に突進した。その背後に隠れるようにつく。


 狼も駆けだした。盾とぶつかる。鉄と牙がこすれる音。


「イーリク!」


 叫ぶと同時に大男ドーリクの背後から出る。腰ほどの高さの岩に飛び乗った。その勢いのまま狼に飛びつく。狼は動きが止まっている。イーリクの呪文が当たったか。おれは狼の横っ腹に剣を突き立てた!


 石の床を転がり起きたときには、ドーリクも狼の腹に剣を刺したところだった。


「ドーリク、グラヌスの援護!」


 叫びながら駆けだし、狼の腹に刺さったままの剣を引きぬいた。


 グラヌスが二匹と対峙している。噛みつこうと狼が動くと剣をふって止める。もう一匹はやたらと動きがのろかった。ボンじいの土の精霊による呪文が当たったか!


 その動きの鈍い一匹にドーリクが迫る。狼は全身の毛を逆立て身震いすると、飛び退いてドーリクの剣をかわした。ボンじいの呪文、解きやがった!


 おれはグラヌスが対峙している狼へと突っこんだ。剣をふると狼は素早くよけた。そこからおれに噛みつこうとしたとき、グラヌスの剣が狼の後脚にかすった。


 狼は床を転がる。ばさりと音がしてヒューが降りてきたかと思うと狼に剣をふり下ろした。狼の背中が切れる。


 狼が反転してヒューに噛みつこうとしたところ、グラヌスの剣がうしろから胴に刺さった。グラヌスは素早く剣をぬき、首をはらう。狼の首は半分ほど切れ、床に倒れた。


 もう一匹の狼は距離を取ってこちらをうかがっていた。そこへアトの弓が飛ぶが狼は素早く岩場の上に飛び乗ってかわした。


 そのとき、嫌な空気が流れてきた。感じたことのない気配で吐き気がする。


「真ん中の穴!」


 アトが叫んだ。おれらが入ってきた穴のちょうど正面にあたる横穴。それは黒い毛の雛鳥ひなどりだった。黒い毛は産毛のように細い。形は雛鳥だが大きさは鶏ほどある。


 岩場の上にいた狼が逃げだした。


「なんかやべえぞ! ボンじい!」


 ボンフェラートが呪文を唱える前に黒い雛鳥がくちばしをあけた。なにか鳴いた。鳴いた瞬間に世界が暗闇になった。


 体に力が入らない。膝をついた。


「死の咆哮ほうこうじゃ! みな・・・・・・」


 ボンフェラートの声と倒れる音が聞こえた。この部屋にはランタンがいくつもあった。それなのに見える世界は闇だ。


 闇のなか、とうとつに体のまわりに火の粉が生まれた。それによってまわりの人影も見える。人影はおれを入れて九つ。ほとんどが床に横たわっている。


 この火の粉、マルカか。マルカの火の癒やし。おれらが心配になって駆けつけたか。


 おれの横の人影が立ちあがり、足をひきずり歩きだした。グラヌスだ。このグールにむかおうとするのか。


 グラヌスの影は二歩、三歩と歩き倒れた。おれも立とうとしたが力が入らず倒れる。


 死の咆哮。ボンフェラートがそう叫んだ。なら、これは闇の精霊か。それは神話のなかでしか聞いたことのない精霊だ。


 指一本すら動かせなかった。体のまわりを舞っていた火の粉が消えていく。


 マルカが力尽きたのか。いや、みなが力尽きる。為す術がない。


 そのとき、おれのうしろが光った。ぼんやりとした光だ。立ちあがり歩きだした男がわかった。アトだ。


 なぜかアトの左手が光っている。


 アトは弓を引き絞り、放った。矢が放たれると周囲に立ちこめていた闇はうすくなり、やがて消えた。

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