第71話 坑道に降る陽の光

 坑道を九人で奥へ奥へと進む。


 まるで迷路だ。分かれ道がいくつもきやがる。穴が分かれるたびに止まり、もっとも大きな道を選んで進むが、行き止まりの場合も多かった。


 進んで、もどって、そう繰りかえしながら、おれらは坑道のかなり奥まできていた。


 しばらくまっすぐな穴がつづくと思っていたら、ふいに穴をぬけた。また大きな空洞だ。この広間は明るい。上を見あげると、それほど大きくはないが縦穴が掘られていて空が見えた。換気穴か。


 換気穴から陽の光が入るので、広間は明るかった。


「ラティオ殿」


 グラヌスがおれを呼んだ。犬人の戦士が剣をかまえて近よっているのは、岩の壁にある木の扉だ。


 坑道のなかに木の扉。物置だろうか。扉はすこしあいている。


 近よっていくと、隙間から人の足が見えた。倒れている。扉をそっと押した。


 やはり物置部屋だ。木の棚が壁にそって置かれてある。棚に物はなかった。かわりに男が三人倒れている。どの死体もはらわたが喰われていた。この三人を殺したのがグールなのは明らかだ。


「旅人か」

「いや、盗賊だろう」


 おれは死体の服装を見た。


「粗末な服のわりに、腕輪や首飾りをしている」


 床に剣とランタンも落ちていた。この部屋に逃げようとして、扉を閉めるのが間にあわなかったか。


 アトやマルカに見せて気持ちのよいものではない。おれは扉を閉めた。


「ラティオ、そのなかは・・・・・・」


 アトが聞いてくる。


「男が三人死んでる」

「そうか、気の毒に。運びだして埋葬してあげたいけど、いまは無理だね」

「いや、おそらく盗賊だ。ほっときゃいい」


 気の毒どころか、腹立たしかった。こいつらが潜りこまなけりゃ、グールは近くの村を襲わなかったかもしれない。寝た子を起こしたようなもんだ。


 しかし、これまでのグールと行動がちがう。いままでのグールは人の村を襲うだけ。あとはどこかへ去っていった。フーリアの森では池に巣くっていたが、あれは一匹だけだ。群れからはぐれた特殊な一匹のような気がする。


 これは、このまま進むべきなのだろうか。どうもいやな予感がする。


「この奥から、かすかに音がするな」


 グラヌスが剣をかまえ、横穴のひとつをにらんでいる。おれは聞こえなかった。犬人は猿人より耳がいいとされる。なにかがいるのか。


 しかしその横穴は、ほかより幅がせまい。奥にのびる道とも思えなかった。


「おれとグラヌスでいこう。ほかはここで待っててくれ」


 グラヌスは剣を両手で持ち、腕を引いてかまえた。いつでも刺せれるようにか。なら、うしろのおれがランタンを持つ。


 ふたり縦にならび、横穴に入った。ゆっくりと進む。それでも音は聞こえなかった。


「グラヌス、どんな音だった?」


 声をおさえて聞いた。


ひずめが岩にあたるような音だ」


 こんな地底の坑道で蹄の動物などいるだろうか。


「馬かな?」


 うしろから声が聞こえた。


「おい、アト」


 声を押し殺して怒った。


「ヒューが、いきたいならいこうって言うから」

「そのとおり」


 ヒューの声も聞こえた。鳥人野郎め。いや、野郎じゃないのか。あの女郎、自分がいきたいだけじゃないのか。


 しばらく進むと、前方が明るい。それに、なにか音がする。おれは手に持っていたランタンの灯りを吹き消した。


 せまい横穴が終わり、急に視界がひらけた。天然の洞窟だ。自分の背丈をはるかに超える巨大な岩がむきだしで積み重なっている。


 天井の岩と岩とのあいだから、陽の光が差していた。なにか音がすると思ったら、小さな川が流れていた。地下川ちかせんか。


 かっかっ、と蹄の音がした。四人が瞬時に身構える。洞窟の隅、岩の陰に大きな生き物。寝そべっている背中が見えた。まがまがしく鋭く生えたつのもある。


 形としては水牛だ。アトの話で牛の形をしたグールがいたと聞いた。水牛は寝ている。ゆっくりと近づいた。


 しゅっと素早く動いたのはグラヌス。いや、アトもか!


「だめだ、グラヌス!」


 アトのさけび。おれも動く。間にあった! 剣と剣がぶつかった甲高い音が洞窟にひびいた。瞬時に体が動いたのは、まぐれに近い。


 寝ている牛に剣をふりおろしたのはグラヌス。そこにアトがなぜか両手を広げ立ちふさがった。おれの伸ばした剣で、グラヌスの剣はアトの頭上で止まった。


 あらためて寝ている牛を間近で見て、目をうたがう。牛は雌牛めうしだ。大きな乳がある。その乳を子牛が飲んでいた。そのよこ、人間の赤子が三人。


 雌牛がふりむいた。つぶらな黒い目。グールような獰猛さは微塵みじんも感じられなかった。


 アトがしゃがみ、雌牛に手をのばす。


「おい、アト!」


 人間の少年は気にせず雌牛の首をなでた。雌牛は気持ちよさそうに、もたげていた頭を地面にもどす。アトが尻尾の付け根をかいてやると、つぶらな瞳をとじた。嘘だろう、寝たのか。


 人間の赤子は牛の乳をにぎったまま寝ているようだった。アトがまわりこみ赤子をそっと抱きあげる。おれはあわてて剣を腰へもどした。赤子を受けとる。それをヒューにわたした。


 もうひとりの赤子も受けとる。乳を飲んでいた子牛が乳を離し、アトを見つめた。アトが子牛の首筋をなでてやると気持ちよさそうにし、また乳を飲み始めた。


 アトが最後のひとりを抱えて立ちあがる。おれも赤子を抱えたまま、ゆっくりと後退した。

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