第49話 八人で野宿

 コリンディアに帰ったわれわれは、イーリクの祖母を連れだした。


 そして自分にも両親と兄弟はいる。わかれのあいさつをしようかとも思ったがやめた。あまり街に長くいるのも危険に思ったからだ。


 軍を勝手にぬけるのは罪ではあるが、重罪ではない。それほど親兄弟に迷惑がいくとは考えずらかった。あとで手紙でも書いておこう。


 それよりも自分たちの身だ。アトの宿屋にあらわれたような正体不明の賊は困る。


 コリンディアで馬を手に入れ、人目につかぬよう、街道や村をさけて西に進んだ。ひとまず中央の運河から遠く離れたい。


 日が暮れ、林でなかで野宿をすることにした。ひらけた場所に陣取り、馬は木につなげておく。


「さて、どこへいくかだな」


 たき火をみなで囲み、ラティオが最初に口をひらいた。


 イーリクの祖母はすこし離れたところで寝ている。なれない馬に乗り、疲れたようだ。


「私とドーリクの生まれた村でよければ、来てください。祖母をドーリクの親にたのんでもみますし」


 言ったのはイーリクだ。ふたりは同郷で幼なじみだったと聞いている。この話も、ふたりはすでに話しあっていたのだろう。


「ふたりの故郷はどこなんだ?」


 ラティオがたずねた。


「フーリアの森、と呼ばれる森のなかの小さな村です」


 若き猿人は、あごに手をやり記憶をさぐる顔をした。その地名を知らないようだ。


「ラティオ殿、方角で言えば南西に位置する。アッシリアの南部では、いちばん大きな森だ」


 説明したものの、自分もおとずれたことはない。ここからさきの道中はイーリクかドーリクが先頭を走らねば。


 そう思ったが、ラティオの発した言葉は意外だった。


「なら、まず西にいこう」


 意味がわからぬ。みなも似たような表情だ。ラティオが声を落として説明を始めた。


「あまり馬は飛ばせねえだろ」


 ちらりとラティオはうしろを見た。イーリクの祖母のことか。


「ないとは思うが、追っ手がくると追いつかれる。それなら、アッシリアで西のはてまでいき、そこから反転しフーリアの森をめざす」


 なるほど。われらを追う者がいれば、故郷を調べるだろう。イーリクとドーリクの故郷はすぐわかる。そのときはフーリアへむかう最短の道を予想するはずだ。まさかなんの関係もない西とは考えまい。


「しかし、ラティオ殿、かなり深くアッシリアに入りこむ形となる。よいのか?」

「なに、めったに見れねえ土地を見れていい」


 頭のよい猿人はそう言い、仲間をふり返った。


「そうだろ、ヒュー、ボンじい」

「わたしはいつも、見慣れない土地にいく」


 ヒューの言葉で思いだした。この鳥人、放浪のような生活だと以前に聞いた。聞いたときには変わり者だと思ったが、いざ自分がなってみると、意外に悪くない。どこへゆこうが、なにをしようが、おのれの責任で自由にすればよい。


「わしも旅は慣れとるでな」


 ボンフェラートも平気なようだ。数年前にアグン山に流れついたと聞く。その長き人生でなにを見てきたのか。いつかじっくり聞きたいものだ。


「そういえば、ボンフェラート殿」


 おや、イーリクがおなじく考えたかと思ったが、たずねたのは別のことだった。


「バラールで使われた呪文、はじめて見ました」

暴風塵の合呪アネモストロヴィロスか」


 ボンフェラートの言う呪文は自分も聞いたことがない。


「あまり人に勧められる物ではないが、多勢に無勢じゃったのでな。力を合わせた」

「力を?」

「うむ。この地方は精霊ケールについて、それほど研究が進んでおらんの」


 ボンフェラートは、たき火から火のついた木を一本取りだした。


「万物の元素となるのが、知っておるように、土、水、火、風となる。そこに宿るのが精霊じゃ。そして、精霊はそれぞれ、この世の力をつかさどる」


 老練な精霊使いケールヌスは火のついた木をたき火にもどした。


ちから。そのような教えは聞いたことがありません」


 イーリクがいままで見たことのないほど真剣な顔だ。自分は意味が、さっぱりわからぬ。


「わしが使う土の精霊がつかさどる力は重さ。火は見てのとおり熱さ」


 なるほど、土は重いし火は熱い。そういうことだろうか。


「風は速さじゃ。では水は?」

「そりゃ、おれでもわかる。冷たさ、だろう」


 ラティオが得意の面持おももちで答えた。


「ふむ。氷結の呪文という名がある。そう思うのは無理もない」


 ボンフェラートは、ほほえみを浮かべうなずいた。


「ところが、それはちがうのじゃ。冷たさは熱さとおなじ。火の精霊。水の呪文は冷たく感じるが、使っている力は冷たさではない」


 まったく意味がわからなかった。ボンフェラートは地面から豆粒ほどの石をひろった。


「力とは、強さとも言える。こうして小さい石を投げると」


 ボンフェラートが豆粒ほどの石を投げる。たき火を超えて対面にいたラティオの頭に当たった。


「速く投げれば、それは強くなる」


 今度は、しゅっ! と音がしそうな速さで豆粒ほどの石を投げた。


「いてっ」


 豆粒の石がラティオのひたいに当たる。


「重ければ、やはり、おなじように強い」


 今度は、こぶしほどの石を投げた。それがラティオのひたいに当たる。


「んがっ!」


 ラティオはうしろに倒れた。


「よけんか、ばかもん」

「いてー!」


 ラティオがひたいをこすりながら起きあがった。


「このように、力は強さとも言える。では、水の強さとは?」


 まったくわからない。みなも腕を組んだりして考えこんでいるが、よい答えはでそうになかった。


「・・・・・・長さ、ですか」

「そうじゃ、イーリク。よくぞ思いついた!」


 イーリクが何度もうなずいている。


「長年の疑問がとけた気がします」

「うむ。岩を持って五歩動かすのと、十歩動かすのでは力がちがう。水がつかさどる力は、長さ、なのじゃ」


 ボンフエラートは満足そうな顔をしたが、そのあとに周囲をなにか探し始めた。


「ボンじい、なに探してんだ?」

かえるでもおらんかと思っての」


 なぜ蛙なのかはわからぬが、自分も周囲を探した。


「いたぜ」


 ラティオが手をにぎっている。それを自身のまえにあった小さめの岩に乗せた。


「うむ。では、イーリクよ、水の精霊をかけよ」


 イーリクが古代語をつぶやいた。蛙の表面につやつやとした水の膜があらわれる。水膜の護文アフロースだ。


「力であれば合わせることができる。次にヒューよ、風の精霊をたのむ」


 ヒューが唱えた。この鳥人族は、風の精霊使いだったのか!


 蛙の表面にあった水の膜が波うった。その波が水流のように螺旋らせんにまわり始める。


「ふたつの力を合わせれば、より強い力となる。風の精霊はとくに合わせやすい」


 そうか。あのバラールでの呪文は、ボンフェラートの土の精霊と、ヒューの風の精霊が合わさった物か。


「くっ!」


 蛙に手をかざしていたイーリクが顔をしかめた。


「しかし、精霊は合わせると、怒りか喜びか、暴走を始める。あやつるのはむずかしい。人に勧めぬ理由がこれじゃ」


 ラティオが目のまえの蛙に顔を近づけた。


「すげえな、こりゃ戦いに使えば最強だ」

「そうでもない」


 ボンフエラートが蛙にむかって手のひらをむける。呪文を唱えると、蛙の表面が激しく波立ち破裂した!


「んがっ!」


 目のまえで見ていたラティオがうしろに倒れる。


「腕が・・・・・・」


 イーリクが自身の腕を押さえていた。苦悶くもんの表情も浮かべている。


「三つかさねると、完全に暴走状態となるのだ。そしてそれは、使った精霊使いにも返ってくる」


 言いながらボンフエラートも腕をさすっていた。


「こちらが呪文をあわせたそこへ、相手が呪文をかければ共倒れになる。戦場で使えるようなわざではないの」


 そうそう使える技ではない、ということか。危険なのはわかった。だが、悲しいかな、その理屈は、このグラヌスにはまったく理解はできなかった。

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