第八十話 正当なる暴挙
クレインがヨトゥン伯爵領での工作活動を命じてから2週間。
経過報告によると、作戦は順調に進んでいる。
極悪非道の商会だと派手に宣伝させており、周辺の領民たちはセンセーショナルな話題に飛びついていた。
そんなある日の、穏やかな昼下がりのこと。
「やあ、ご機嫌はいかがかな?」
「は、はは。あの、子爵? これは一体……」
ヘルメス商会は北で既に駆逐済みとなり、南でも大きく影響力を落とす見込みだ。
将来的な同盟圏内に居座られても邪魔なだけなので、アースガルド領内でも掃除はする。
その時期をいつにするか考えていたクレインだが、どう考えても今だと思い行動を開始した。
「見て分からないか」
「え、ええ」
ジャン・ヘルメスの尻尾切りに使われていた支店長は、突然の訪問に視線を右往左往させている。
それもそのはず。ヘルメス商会のアースガルド領本店には、クレインを先頭にして――子爵軍が大規模動員されていた。
その数500名。
本店を取り囲んだ兵士の数だけでこれだ。
「これを見て何も察しないとは、随分と鈍いな」
「お、お恥ずかしい限りです」
部隊を率いる将はランドルフ、グレアム、ピーターといった主力級の武官たちであり、クレインの副官としてブリュンヒルデとマリウスまで付いて来ている。
小貴族との戦いで徴兵した兵士の解散を一部取りやめにして、領内各地に散った兵を合算すれば、総勢で4500名の動員となった。
「あの……ご用件は、一体?」
直営でなくとも、ヘルメス商会の資本が入った店や施設には全て、指揮官付きで兵が派遣されている。
別動隊にもハンスやベルモンド、チャールズ、エメット、オズマといった準主力が残らず出ているが、活躍しているのは武官だけではない。
「頼むよ、レスター」
「……彼は?」
「王宮から出向している法務官だ。俺の権限で済むんだが、念のために彼を通しておこうと思ってね」
バルガスやトレックといった内政に携わっている人間や、王宮から出向している役人や騎士。
執事のノルベルトを始めとした、屋敷の人間までもが本作戦に協力している。
この布陣で何がしたいのかは、レスターの口から発表された。
「アースガルド領内に存在するヘルメス商会の全資産、全権利の凍結を認めます」
「へ?」
全力全開の動員で何がしたいのか。
それは、ごくシンプルな目的だった。
「敷地を包囲する部隊を残して、全隊、立ち入れ!」
返事など待ちもせず、まずはランドルフ隊が突入した。
彼らは入口に近い物から順に、全てを木箱の中に放り込んでいくと、それをバケツリレーの要領で店の外に運び出していく。
「物品の大小に構うなッ! 紙の一枚、ペンの一本まで全てを接収しろッ!!」
「おう!」
「了解!」
威勢のいい掛け声と共に木箱がどんどんと店先に積み上げられていき、後続部隊がそれを馬車に運び込んでいく。
本店以外の物品も全てアースガルド邸の庭で降ろされて、降ろしたらまたヘルメス商会まで積みに来るというピストン輸送をする予定だ。
これは近隣商会から馬車を残らず借り受けた、150台体制で休まず稼働する。
倉庫には当然入りきらないが、明日から1週間はずっと穏やかな天気が続くことを確認した上だ。
明日からは庭先で仕分けする予定を組み、商会の全てを接収しに来ていた。
「邪魔くせぇな」
「入口をぶっ壊して広げるか?」
「あそこらへんの壁を崩して、出入り口を増やした方が早いんじゃねぇかな」
人でごった返しているため、広々とした店内も窮屈になっている。
グレアム中隊は壁を破壊して入口を増やそうとしているが、流石にそれはグレアムが止めに入った。
「再利用するって話だから壊すのはナシだ。野郎ども、キッチリ運べや!」
「おっす」
「うぇーい」
誰もが遠慮なしに、友人の引っ越しを手伝うかの如く、当然のように全ての品物を運搬していく。
これは商品以外の調度品や家具、帳簿や手紙類までの全てが対象だ。
「某の隊はこの辺りを担当しますか」
「ちょ、ちょっと――」
「何か?」
ピーターはにこやかに笑いながらも、既に剣を抜いている。
抗議に出てきた店員の喉元に刃を突き付ければ、すぐに大人しくなった。
「え、あ……いえ。だ、台車がございますが」
「おや、それは有難い。頂戴いたしましょう」
また、ピーター隊は台車を得たが、お借りするとは言っていない。
この台車すら接収対象に入っている。
何の前触れも無く突然始まった暴挙に、支店長以下、従業員は呆然としていた。
「こ、これは、一体!?」
「はは、今さらとぼけなくてもいいじゃないか」
クレインの方がとぼけた態度をとっているが、理由なき蛮行に打って出たわけではない。
きちんと、
「ヘルメス商会会長、ジャン・ヘルメスには殺人
「……へ?」
罪状については又しても、レスターの口から読み上げられた。
あっけにとられた顔をした支店長の前に、無表情のマリウスが歩み寄って尋ねる。
「実行犯の中には、貴様もいるな?」
「あ、いえ、その……」
貴族である領主を暗殺しようとすれば、全財産を没収の上で一族を処刑されてもおかしくはない。
事実としてドミニク・サーガは、似たような処罰をされた。
しかし宣言された罪状は、支店長には寝耳に水だ。
犯罪が発覚すれば、それは死刑や罰金の対象になるだろうが――示談は済んでいる。
「そ、その話は手打ちが終わっているはずです!」
ヘルメスの他には、支店長とベテラン従業員が同席していた。
アースガルド家から話し合いに来たのは、クレインとブリュンヒルデの2人だ。
クレインはともかくとして、王家から出向しているであろうブリュンヒルデの存在に光明を見出した支店長は、彼女を指して叫ぶ。
「そ、そうだ! ほら、そこの近衛騎士様が証人のはず!」
「どうなんだ? ブリュンヒルデ」
「従業員が個人的な犯行に及んだ件についてであれば、話は付いておりますね」
クレインに聞かれた彼女は、素直に答えた。
ここは特に、嘘を吐かなくてもいいからだ。
「ああ、確か君たちは、遊ぶ金欲しさに俺を殺そうとした……と言っていたか」
「うっ……。ええ、その通りです!」
騒ぎを聞きつけた近場の領民が大勢集まってきている、衆人環視の中でのやり取りだ。
周囲からの視線が支店長に突き刺さるが、こうなっては退けない。
既に終わった事件であることをアピールし、賠償も済んでいることを叫ぼうとした。
しかしクレインは言葉を遮り、ブリュンヒルデに再度尋ねる。
「で、今回の罪は?」
「
金に目が眩んだ従業員がサーガの口車に乗り、遊ぶ金欲しさに暗殺を仕掛けた。
これに対する迷惑料であれば、クレインも受け取っている。
個人的な犯行だからと、賠償金で穏便に済ませた。
そこが落としどころだったが――組織的な犯行なら、もちろん話は変わる。
「つまり、これは別な事件だ」
従業員の不手際に対する示談が成立していようが、もう関係無い。
むしろ手打ちの内容に虚偽があったことまで加算されたので、子爵軍は苛烈な勢いで報復を仕掛けた。
「そんな、滅茶苦茶な……」
会長が絡んでいることなど、クレインもブリュンヒルデも知っていたはずだ。
しかし確かに、そんな話は出ていない。
事実としてクレインは、「御大のことは信頼しているぞ」とまで言っていた。
そこはブリュンヒルデが堂々と証言できる。
「これで納得できないなら、まだまだあるぞ。……マリウス」
「用意は整っております」
ここ最近のクレインは、ヘルメス商会の看板を見るだけで苛立っていた。だから彼は今日中に、領内にあるヘルメス商会関連の施設を全て消滅させるつもりでいる。
そしてクレインの中では、ラグナ侯爵家の主導による排斥運動や、ヨトゥン伯爵領周辺での裏工作は当初の予定に無かった部分だ。
彼はマリウスに命じて――この日のために準備した、本来の罠を発動させる。
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