閑話 弱小領地の生存戦略?
「クレイン様、頼まれていた本を持ってきましたよ」
「ありがとう、そこに置いておいてくれ」
執務をしているクレインの部屋へ、両手で本を抱えたトレックがやってきた。
結構な数があり、運ぶだけで一苦労といった量だ。
「しかしまあ、よくもこんなに読みますね」
「知識はいくらあっても困らないからな」
人生を繰り返す度に新たな知識を習得してきたクレインだが、毎回読むものが違うのだから、徐々に読んだことのある本を見かけることが多くなる。
「でも軍略とか、内政の指南書はかなり読んだから……
クレインが愛読しているのは実用書ばかりだ。
他所の貴族を相手にする機会も増えることだし、少し教養を身に着けた方がいいかとは思ったが――彼の本選びにとって最も重要な点は、政策に役立つかどうかだった。
「でしたらマリウス殿のように、戦記物でも読んだらどうです?」
「戦記、ねぇ」
トレックがよく仕事で組んでいるマリウスも、中々の読書家だ。
趣味と実益を兼ねて、よく戦記物の本を読んでいる。
現実的にあり得ない戦術もよく出てくるが、実際に使われた奇策が載っている場合が多い。
戦術論として大真面目に学ぶような内容ではないとしても、何か得るものはあるだろう。
そこについてはクレインも同意する。
「そうだな。次は戦記も仕入れてくれ」
「毎度ありがとうございます」
仕事が片付き机から離れたクレインは、早速トレックが持ってきた本のラインナップを確認してみる。
しかしさっと眺めたところ、見たことがあるような内容の本ばかりだ。
「やっぱり読んだことがある分野の本だと、どうしても内容が似てくる。本だけでは頭打ちだよな……」
「専門知識は専門家に聞くのが一番早いというのは、まあそうです」
復習も重要だが、何度も見た内容を学び直したところで効果は薄い。
だからクレインの温度感はそれほど高くなかった。
「……今度ビクトール先生に、専門家の知り合いがいないか聞いてみるか」
「クレイン様も雑読家ですが、そこまでいくと自分で本でも書けそうですね」
「俺が? いや、時間が無いよ」
確かに本を楽しむというよりは暗記を繰り返してきた。
古今東西の本を乱読してきたのだから、基礎となるものは持っているだろう。
しかし仕事の合間に本を作るなど結構な激務となる。だから自分で執筆するというのは、クレインとしては難しいと思っていた。
「大丈夫ですよ、クレイン様。要はストーリーがあればいいんですから」
「ストーリー、ねぇ?」
その点でトレックの認識は少し違う。
彼は一転して、身を乗り出すほど前傾姿勢になり、クレインに語る。
「例えば私がクレイン様の一生を聞いて、作家へ依頼をかければいいんです」
「なるほど、自伝のようなものか」
自分の活躍を本に残したがる者は多い。
立場が上の貴族ほどその傾向がある。
クレインとて今では、それなりの影響力を持つようになった。何度もやり直しているという点さえ伏せれば、働きは歴史書に残るほどだ。
「そうですよ。銀山発見の経緯から書けば領地持ち貴族に売れるでしょうし、市民から見ても面白い読み物になりますよ」
「……そうかなぁ」
トレックが何に情熱を燃やしているかは分からないクレインだが、褒められて悪い気はしない。
今までの行いを多少脚色するだけでも、英雄譚か内政物語くらいは書けそうだ。
そんなふうに一通り
「で、これなんですが」
「これは?」
「クレイン様の逸話をまとめたものです」
クレインが目を通すと、それはスルーズ商会で雇った作家が書いたものらしく、既に物語の大枠はできていた。
「ここにクレイン様視点の情報を付け加えていただけば、いつでも発売できますよ」
「……商売の話だから熱が入っていたのか。まあいいけど」
トレックも確認は済ませているので、内容自体に特段の誤りは無い。
これを脚色したとしても、特に名誉を損なうものではないだろう。
少しでも影響力の増加に繋がるならと、クレインもあっさりと了承した。
「助かります。人員は押さえてあるので、来月辺りまでにお願いしますね」
「無茶を言うなよ……」
激務漬けなのに、締め切りを迫られてはたまらない。
そう思ったクレインは呆れたが、トレックの方は真剣だ。
手回しのいいことで、既に刊行のための人員を押さえていると言う。
なんだか予定調和のようで上手く乗せられたと思うクレインだが、ここでふと、本のタイトルが目に入った。
「もうタイトルまで決まっているのか」
「ええ、こんな感じでどうでしょう」
そこに書かれてあった文言を見て、クレインは何とも言えない顔をする。
「弱小領地の生存戦略……ねぇ?」
今までの経緯を考えれば的外れでもないタイトルだ。
クレインは納得する反面、貴族の自伝に付けるタイトルではないよなと呆れていた。
しかし反論は飛んでこないので、トレックは念押しを重ねる。
「準備は進めておくので、原稿だけお願いしますね」
「分かった分かった、用意はしておくよ」
商談が終わり満足そうに帰っていくトレックを見送ってから、クレインは手元の本を見て、やれやれと首を振る。
「これも領地の成長に貢献してくれるといいんだけどな」
本を通して有名になれば箔が付くだろう。
所詮は田舎の若造領主と、中央貴族から下に見られることは減るかもしれない。
「……まあ、広報活動も必要なことか。頑張ろう」
だからクレインとしても、ここは手を抜けない。
彼は秘密に触れない範囲で、本への注釈を始めた。
――――――――――――――――――――
以下、宣伝など。
まずは書籍版発売による変更点。
書籍ではアースガルド領の初期人口や、その他細かい設定を変更しました。
一番大きなところで人名の変更があり、WEB版も3月末辺りから、少なくとも人名については修正を始める予定です。
執事のクラウス → ノルベルト
ヴァナウート伯爵 → ヴァナルガンド伯爵
前者はクレイン、マリウスなどと名前が被りがちで、覚えるのに苦労したというお声をいただいたので、元々つけようと思っていた第二候補から採用。
後者はモチーフが分かりにくいということで、初期設定に戻っています。
ヴァナルガンドはフェンリルというモンスターの別名で、東伯の名前はアースガルド領を破壊しに来る化け物+αという名称で構成されていました。
元が分かる人が少数派な上に、造語では分かりにくいかと思い、シンプルな方に戻しています。
また、書籍版の発売日が決定したのでお知らせします。
書籍1巻:2022年 2月 28日 発売。
書籍2巻:2022年 3月 30日 発売予定。
通常は半年に一冊のところを、2ヵ月連続刊行です!
第1巻の購入特典などは以下の通り。
①共通特典SS
ゲーマーズ、アニメイト、メロンブックス、ワンダーグー、とらのあな。
いずれかの店舗で購入されるとSS小冊子が付いてきます。
②アニメイト限定SS
③メロンブックス限定SS
例えばアニメイト様で購入されると、特典①と②の二冊が付いてきます。
④ゲーマーズ限定特装版
④だけは有料特典ですが、ゲーマーズ様限定で、第1巻から特装版を販売予定です。
特装版はそこまで数が出ないそうで、こちらも無くなり次第終了です。
特典内容は、描きおろしイラストの付いた32Pの冊子。
第七十七話、マリーへのプロポーズを補完する内容の前日譚なので、WEB読者に喜んでもらえたらいいなと思います。
書籍版は本の値段が上がらない限界まで加筆したので、ストーリーの分量がWEB版の1.5倍超えになっています。
WEBで出していない情報が出てきたり、違う分岐を設定してあったりもします。
同じ舞台で違う話になるように書いてあるので、どちらか一方というよりは、WEBをお読みになっている方の方が楽しめるかもしれません。
宣伝が長くなりましたが、WEB版にも変更を加えるのでここで告知しました。
書籍版も是非、よろしくお願いします!
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