第二十四話 追加の要求
「お待ちしておりましたぞ、クレイン様」
「夜分に済まないな」
サーガを逃がし、ヘルメス商会の支店へと向かったクレイン。
彼の前には二人の人間が、両手を縛られた状態で転がされていた。
「で、こいつらが?」
「ええ。小金を掴まされていたようです」
「そうか。まあ、捕まえてくれた分は手間が省けていい」
猿ぐつわまで嵌められた男二人は、少しぐったりとしながら諦めた表情をしていた。
過去ではこの時点で死んでいる場合もあったので、生きているだけマシ。
そう片付けて、クレインは向き直る。
「さて、では事情でも聴いていこうか」
大方、家族でも人質に取られているのだろうと推測しつつ。
クレインは二人の猿ぐつわを外させて、支店長の方から片付ける。
「お前はどうして暗殺に加担したんだ?」
「さ、サーガ商会長から、その、金を。遊ぶ金欲しさに」
同情の余地が一切無い言い訳をしろとでも、ヘルメスから命じられたのだろうか。
話すにしても、もう少し言い方があるだろうと思いクレインが呆れていれば。
「わ、私もです! 金が欲しくて!」
彼の補佐をしていた、勤続年数が長いという従業員も同じ理由だと叫ぶ。
演技の下手さからかヘルメスが無表情となっているが、それはそれだ。
「随分と短絡的だな、これは」
「教育不足を嘆くばかりです」
表面上は申し訳なさそうにするヘルメスの内面は、どうなっているだろうか。
既にサーガ商会の財産を接収することを想像し、心を躍らせているか。
それともクレインを追加の罠に嵌めようと、舌なめずりをしているか。
いずれにせよ計算通りに事が進んでいると考えていることだろう。
しかし実際には、クレインはヘルメスの思惑を超えて先手を打っている。
「で、この件についてはどういう風に誠意を見せてもらえるのだろうか」
ほんの少しも動揺を表情に出さないだけ、役者が違うとは認めつつ。
ヘルメスがどう出てくるかは決まり切っている。
だからクレインは余裕の態度で応接室のソファに腰を下ろし、出された紅茶に口を付けた。
足を組んで尊大な態度を取り、どちらが上か見せつけるような交渉が始まる。
「慰謝料の代わりとして、当商会から卸す品の金額は全て二割引きにと、そう考えております」
「買える品物の上限は?」
「何をどれだけでもご用意致します。名物、珍品でも入手してみせましょうぞ」
期限も上限も決めていない、大盤振る舞いの提案だ。
過去では一度に大きな値引きをして、シェアを握る戦略を仕掛けてきた。
しかし今回は利権のために大金を支払った分、長く影響力を保持する方に舵を取ったらしい。
元々が最安値に近いのだから、ヘルメス商会以外から仕入れる道が無くなるほどの金額で取引ができるだろう。
ここは少し計算と違うが、それでも問題は無いと判断してクレインは続ける。
「当家で購入する分全部となると、それなりの額になるが……本当に何でもいいのか?」
「ええ、これが商人の誠意です」
「そうか」
他の商会を追い出し、将来的に子爵家も傀儡にする算段でも立てているのだろう。
そんな裏に気づかないフリをして、クレインは考え込む。
「しかし、商品。品物ね」
もちろん事前に切り出す話は考えてあるため、これは演技だ。
ひとしきり熟考した素振りを見せてから、クレインは軽く手を振る。
「今は特に、欲しいものが無いんだよな」
「ふむ……それは困りました」
アースガルド家は質素倹約を地で行き、クレインも贅沢品への興味はかなり薄い。
実際にそれも嘘ではないし、状況としては満ち足りている。
「農機具はいかがですかな? 増える人口を支えるならば、いずれは新規の農地が――」
「ああ。ちょうど新型のものを開発したところで、ヘルモーズ商会とブラギ商会が普及を手伝ってくれる計画なんだ」
春先から始まった計画は既に本格化している。
バルガスが鍛冶屋をせっつき、最新式農機具が配備され始めていた。
農具の製造に武器商のブラギ商会を噛ませ、運搬にヘルモーズ商会を使う。
総指揮はスルーズ商会に任せて、万全の体制が構築されていた。
その動きはヘルメス商会も摑んでいる。むしろ、その動きを知ったからこその提案だ。
間者を紛れこませるために、計画へ噛もうとしている。
これが新規事業の軸となると読み、あわよくば基幹事業の乗っ取りを狙っていた。
「でしたら当商会も、その手助けをば」
「手助けか」
子爵家で権勢を握ろうとしている商会を蹴落としつつ、依存させる計略が打たれようとしていたのだ。
何も知らなければ善意、もしくは詫びで発展に協力しているようにも見えただろう。しかしこれは策謀でしかない。
最初から敵だと思って接しているクレインには、予測の範疇となる提案だ。
「いや、そこまで大量生産しても……受け入れ先がな。ほら、農民って保守的だし」
「なるほど」
新しい道具は、閉鎖的な農村では中々使われない。
大量に製造したところで買い手がいないという意見には、ヘルメスも頷くしかない。
しかしこの問題は実のところ、既にクリアされている。
クレインが不在の間にバルガスが試作機を持ち出し、各村への導入はおおむね過去と同じように進められていたのだ。
ヘルメス商会がやって来る前に根回しは終わっているが、クレインからすれば敢えて話す必要もない。
「では既存の農具を新品に置き換えませぬか? 赤字覚悟で、いくらでも提供致しますぞ」
「いや、壊れたら諦めて新型を使ってもらうようにするよ。正直なところ効率はあまり変わらないんだが」
追加の提案も躱して言葉を区切ったクレインは、一度紅茶に口を付けて。
ゆっくりと飲んでから。
「幼馴染との結婚を認めてもらうのに、色々と実績が必要でね」
歳相応の笑顔を浮かべると、照れを見せながら言う。
場違いだが晴れやかな笑顔だ。
この農業政策はマリーと結婚するために、内政で成果を出すように頑張りました。
そう主張するためだけの計画だと、彼は堂々と言い切った。
「そ、それはそれは……」
「相手が平民だから、結構大変なんだよ」
大した効果も無い道具を、見栄と偽りの実績を積むために普及させている。
しかも平民の女性と結婚したいという理由で。
それに財産をつぎ込んで、大手商会まで巻き込んだ大事業をしているのだ。
更なる権力を求めるヘルメスからすれば、そんな事業に噛んでも旨味は無い。
「お相手の方が平民であれば、そうでしょうな」
「俺は面子なんて気にしないんだけど、執事長の頭が固いんだよ」
そしてこの事業から興味を失うと同時に、ヘルメスの認識にも変化が起きる。
言ってしまえば彼からクレインの評価が、大幅に下方修正されようとしていた。
今までの仕草や言動から察するに、どこか抜けている「運だけのお坊ちゃん」という見立てだ。
暗殺されかけても平然としていたこと。
共犯が目の前で転がされているのに、大して気にした素振りを見せずにノロケ始めたこと。
自分の無策ぶりを、さもいい考えのように語っていること。
どれを取ってもヘルメスの評価に値しない。
ただのお人好しで間抜けな田舎の青年だ。
警戒するだけ無駄な労力でしかない。
「であれば、他のものがよろしいでしょうな」
ヘルメスもそうは思いつつ、動揺せずに軌道修正をしていく。
少ない投資で、より強い権力を得られる方へ。
他の商会を少しでも出し抜ける方へ。
大したことが無いと判明した農具事業からの撤退は即座に宣言された。
そして次善策は何かと考えるヘルメスが口を開く前に、クレインから一度断りが入る。
「今の子爵領に、これ以上の物資搬入は要らない気がするんだが」
「左様でございますかな」
例えば今出てきた農具一つを取ってもそうだ。
大きな動きは水面下に隠されつつ進んでいるし、計画は春先から始動している。
言い換えれば彼らが入ってくる前の段階で、計画の大部分は終わっていた。
開発の動きや特別な内政をする時期は過ぎて、今や日常業務の一環にしかなっていない。
特別な動きは出てこないので、密偵が調べるにしても難易度が一段上の状態だ。
「鉄鉱山も増やすから資源的にも余裕は出そうだしな。本格的に欲しいものが無いぞ」
「ふむ」
そして一ヵ月ほど遅れて商会を呼び込んだ分、ヘルメス商会が領地へ浸透する前に備えは終わっていた。
そもそもまだ、都市部にしかヘルメス商会の支店が無い。
だから彼らは各村の動向など、ロクに把握できていないのだ。
王宮よりも先に北へ行って、時間を潰しておいて良かった。
そんなことを思うクレインに向けて、ヘルメスは方向性を変えながら再度聞く。
「では鉄製品などの日用品はいかがですか? 技術者の紹介でも構いませんぞ」
「そこも大量に買い付けたばかりだ。時期が悪い」
農具に目を付けられては、間者から何を仕込まれるか分かったものではない。
というよりも、銀山の権利以外に目を向けられては困るのだ。
だから政策からヘルメスの興味を失わせつつ、他の物も要らないと言える環境を作ろうとしてきた。
国外へ向かうキャラバンのような大商隊を呼んだのは、このためでもある。
今後増える労働者に対応するだけの品物も、既に購入済みだ。
特に鉱山関係品など、重要拠点に新規で大量の品を流入させることは避けている。
追加で買いたいものなど何も無い。
今回に限っては、そう言えることが重要だった。
「……なあ、御大。そんな回りくどいことをしなきゃダメかな」
「そう仰いますと?」
かなり迷走したので、そろそろ十分だろう。
そう判断したクレインは、多少焦らしながら本題へ切り込んでいく。
「いやな。こういう直接的な言い方はどうかと思うんだが」
全然まったく、微塵もどうとも思っていない内心を隠しつつ。
やや下品に見えるほど粗野に、クレインは聞く。
「直接、金で慰謝料を貰ってはいけないのか?」
王宮から帰り、領地へ戻ってきた直後から企画してきた作戦。
その全てはこの提案を受け入れさせることで完成する。
要望を飲ませることは絶対条件だ。
だからクレインは見た目の軽さ、いやらしさからは想像できないほどの――不退転の決意を固めて本題を切り出した。
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