第十五話 再び仲間に
「ようこそお越しくださいました、クレイン様」
「忙しそうだな。儲けているようで何よりだよ」
「貧乏暇なしというやつです」
この日、クレインはスルーズ商会のアースガルド領本店を訪れていた。
以前までの歴史のように彼を仲間にするためであり、ここに至るまでの道筋は全く同じだ。
トレックの予定は前々から決まっていたのか、日時も変わらず。
彼らは商会長たちとの会談の、前日に落ちあうことになった。
「さて、大事な話があるんだ。もてなしは嬉しいけど、早速人払いを頼む」
「大事な話ですか? 分かりました。奥へどうぞ」
それなりに大きな店の二階に上がり、一番奥の部屋へ通された。
茶を淹れたあとは丁稚まで全て下げて、二人は高そうなソファの上に腰かける。
「それで……お話というのは?」
「ああ、サーガ商会とヘルメス商会のことについて知りたくてな」
「私が知る情報でよろしければ、いくらでもお話ししますよ」
そう言うトレックの口から出てきたものは、クレインも知っているものばかりだ。
サーガ商会は財政が苦しいだとか、ヘルメス商会は王都で最も大きな商会だとか。毒にも薬にもならないような話である。
ここを飛ばして本題に入ることもできないので、黙って聞いていたクレインだが。
十分ほど話を聞いてから、いよいよ本題に切り出していく。
「世間的には、今聞いた話が全てだろうが。……もっと商人的な裏話を聞きたいな」
「と、言いますと?」
「どこの貴族と繋がりがあるか、とか。後ろ盾になるような人物がいるか、とか」
商会を足掛かりにして、他の貴族と繋がりを持っていきたいのだろう。
そう考えたトレックは、別に隠すことでもないので。何気なく言う。
「サーガ商会は東伯くらいでしょうか? ヘルメス商会は色々な家と懇意にしていますが……最近では北侯とよく取引をしているそうです」
北侯とはラグナ侯爵家のことだ。
国一番の商会と国一番の大領。それは取引もあるだろう。
しかし現時点で既に裏切っているし、その事情はトレックも知らない。随分と巧妙に隠したものだ。
そう思いながら、クレインはなるべく過去と同じ反応を心がけた。
「あ、ああ。そうか」
「他には……っと、どうされましたか?」
「いやいや何でもないんだ、続けてくれ」
表面上驚いたフリはするが、結末の分かっている推理小説を読むようなものだ。
その後も色々な家との逸話が出てきたのだが、クレインは一切動じない。
「ああ、
未来の世界では、ラグナ侯爵家が麻薬や、違法な奴隷売買に手を出しているという噂が広まっていた。
それはヘルメス商会が単独犯で行っていることであり、侯爵家とは無関係。
どころか罪を擦り付けられ、火消しに苦労していたとも聞く。
ヘルメス商会が悪行を重ねていることは既に確定しているのだ。
少しつつけば、後ろ暗い取引などいくらでも出てくるだろう。
商会そのものに最大の打撃を与える計画は、既に頭にある。
だが、まだ早い。
叩き潰すにしても時期を見なければいけない。
それこそクレインが、侯爵家と同盟を結べる頃までは大人しくする必要がある。
「クレイン様、先ほどから……どうされました?」
「何でもない。今日はこれで失礼す――」
内心で動揺していないのだから、トレックが心配してくれるかは未知数。
そこはクレインにとっての不安材料だった。
しかし立ち上がろうとしたクレインの手をがっしりと掴み。
動きが止まった彼に目を合わせながら、トレックは力強い眼差しを向けた。
「クレイン様。何をお考えかは分かりませんが、何かのっぴきならない事情があることは分かります」
「……そうか?」
「ええ。隠さなくても結構です。恐らく、何か大きな話でしょう」
そう言うなり、トレックは手を放して深々と頭を下げた。
「クレイン様のお声がけが無ければ、私は商会を潰し、部下を路頭に迷わせるところでした。……私は、貴方に恩があります」
過去のクレインはここで酷く動揺しており、窮地にいると察したトレックが協力を申し出た。
しかし、今のトレックは厄介ごとの更に先――クレインが何か大望を持ち動いていることまで察した。
自分と従業員を救い、未来を見せてくれた男。
詳しくは話さないまでも、彼は何か大きな事情を抱えて戦っている。
そこに気づき過去よりも更に熱が入っていた。
「何かご事情があるのなら、私を巻き込んでください」
見て見ぬふりで通し、己だけ楽な道を選ぶこと。
トレックにとって、それは許されざることだ。
子爵家と縁を結ぶのは前々から考えていたことでもあり、覚悟は決まっている。
クレインと共に歩むこと。
信義のために、命を懸けて戦うくらいの覚悟。
商人としてでも商会長としてでももなく、一人の男として共に行くことは、とうの昔に決めていた。
「厄介な案件だとは、分かっているよな?」
「だからこそです。簡単に解決できる問題で手を貸したとしても、恩は返しきれませんので」
「はは、お人よしは相変わらずか」
そんなだから、ヘルメス商会の汚い謀略にあっさりと負けるんだ。
などとクレインが呆れる一方で、この一本気なところもまた、クレインがトレックを気に入った理由の一つだ。
輪廻のことは話せない。
話せるのは今目の前にある事実のことだけだが――それですら命の危険が及ぶ、危ない話だ。
しかしそこへ巻き込むのに、クレインにももう遠慮は無い。
「話したら後戻りはできないぞ」
「元より、覚悟で」
「よし、よく言った」
クレインはニヤリと笑い、トレックの目を見つめ返しながら言う。
「後悔するんじゃないぞ。ここまで話すんだから一蓮托生だし、死ぬほど働いてもらうからな」
「はは、光栄です。ま、できる限りで働きますよ」
こうしてクレインは、友人を再び配下にできた。
最初から最後まで裏切ったことがなく、変な事情も抱えていない大商人だ。
内政全般から、戦時の補給体制構築。
果てには子爵家の金庫番まで。
あらゆる方面で全幅の信頼を置ける部下が、今生でも再び仲間となった。
「会合の席で一つ事件が起きるはずだ。その前後から話そうか」
「お聞きしましょう」
今回の毒入りワインについては既に策を用意してある。
あとはブリュンヒルデに指示を出せば、仕上げは完了だ。
トレックに会合の場で起きる出来事を教えつつ、その後の動きを伝えつつ。
クレインは会合への準備を万端に整えていく。
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