52回目 家臣たちの話し合い



 クレインが再び寝入った頃。

 マリーは起き上がり、執事長のクラウスの元を訪ねていた。


「クレイン様の様子がおかしい?」

「ええ、かなりお疲れのようでした」

「そうか」


 クレインが疲れ切っており、どこか憔悴した顔をしていたからだ。

 それを聞けば、クラウスも渋い顔をした。


「先代様の跡を継ぎ、三年になるか。上手く回っていると思っていたのだが」


 クラウスがここ四年ほどのことを思い返せば、十二歳で領地を引き継いだ少年は、今日まで十分に務めを果たしてきた。


 領地経営を覚えて、争いを仲裁し、何も変わらない日常を守ろうと努力してきたことは、傍で補佐をしてきた彼自身が一番よく知っている。


「……まだ、乗り越えられてはいなかったのだろうか」

「それは、分かりませんけど」


 両親の死を悲しむ間もなく、急に数万人の生活が肩にかかってきたのだ。

 それはかなりの重圧で、最初は暗い顔をしていることも多かった。


 今では生活にも慣れ、何事もなく過ごせていると思っていたクラウスだが、彼は無理をしていたのかと納得すると共に、見抜けなかった不明を恥じている。


「幸いにして領地は安定してきた。クレイン様にも、一度羽を伸ばしていただくか」

「それがいいと思いますよ。今度ばかりは、結構本気でお疲れみたいですし」


 マリーからすれば、今までに見たことがないほどクレインは疲れている。


 幼馴染の目から見て彼が限界だと言うのだ。

 まだ姿を見てはいないものの、クラウスとしても対策は考えなければいけない。


「ふむ、王都の学院へ留学するように進言してみようか。同世代のご友人が増えれば何かと相談もできようし」


 クレインには同世代の知り合いが少ない。

 先代から引き継いだ使用人たちは皆クレインよりも年上で、まだ世代交代はしていないし、中央へのツテが無ければ、同じ年ごろの貴族とも面識はほとんど無いのだ。


 この機会に知り合いを増やすため、王都へ送るのもいいかとクラウスは考えた。

 しかしマリーは微妙な表情をしている。


「王都の学院も、結構ドロドロしているって聞きますよね」

「派閥争いが終わったのだから、いくらかは過ごしやすいかと思うが」

「でも、地方領主はバカにされるって言いません?」


 王都の貴族は領地を持たない分、名誉や格式を重要視する。


 例えば法務省に努める貴族が裁判権を持つように、国から与えられた特権や利権もあるので、力自体は領地持ちとそう変わらないのだが。


 そうであるがために、国の中心である王都にいない貴族のことを見下す風潮があるのも事実だ。


「そこで気苦労があれば、結局変わらないか」

「ええ。休暇にはならないと思います」

「……そうだな。人生はまだまだ長いのだし、今回は休んでもらうことだけを考えるか」


 人間関係で余計なストレスを抱えれば、更に気落ちするかもしれない。

 それを考えれば、王都に送る案はどうかとクラウスも思い直す。


「まあ、少し様子を見よう」

「そうですね。本当に、ただ嫌な夢を見ただけかもしれませんし」


 執事長とメイドがそう結論付けたものの。

 数日経っても領主の調子はおかしいままで。


 屋敷の人間が、クレインのことを気に掛ける回数は増えていった。




    ◇




「さて、クレイン様のご様子が変わられてから、一週間が経つが」

「今回ばかりは、何とかした方がいいんじゃねぇかな」

「そうですねぇ」


 このままではマズいと見たのか。クラウスは鉱山で働いていたバルガスと、子爵領に戻ってきていたトムを招いて相談を持ち掛けた。


 古くからクレインを近くで見てきた二人も、会ってすぐに、クレインが気力を失っていると見ていたのだ。

 深刻そうな顔をした三人とマリーは、屋敷の一室で話し合いの席を設けている。


「トム爺さんに、小説なんかを仕入れてもらうか?」

「本の一つや二つお渡ししても、ロクな気晴らしにならんのじゃないか」

「そりゃあそうか。何か気分転換ができりゃあいいんだが」


 アースガルド領には娯楽が少ないので、小説を仕入れるくらいしか選択肢が無い。


 あとは川遊びだったりハイキングだったり、いつでもできそうな遊びばかりだ。

 例年、毎年のように行っている行事でもある。


「一度パーっと遊ばせてやりたいもんだが、何かねぇかな」


 しかしそれでクレインが元気になるとも思えないので、彼らは難しい顔をしていた。


「それこそ王都に滞在して、演劇やら芸やらを鑑賞するのが普通なんでは?」

「私もそう思うが、クレイン様は王都が苦手らしいのだ」


 領地持ちの貴族はたまに王都へ遊びに行き、最先端の文化や芸術を楽しむ。

 一般的な貴族の娯楽がそうだとしても、クレインの趣味には合わない。


 それ以上に王都に行きたくない理由があるクレインは、むしろ王都行きを提案したクラウスに対し「王都は嫌だ」と断りを入れたばかりでもある。


「そうは言ってもよ。できることにゃあ限界があるぞ」

「ですねぇ」


 何をすれば気晴らしになるか、彼らも他の選択肢をよく知らない。

 だから難しい顔をしていたのだが、ここでマリーはふと思う。


「じゃあ、王都以外ならいいんじゃないです?」

「と、言うと?」

「北は濃いめの味付けな料理が多いですし、南は暖かくて魚がおいしいじゃないですか」


 マリーは単純に考えたが、王都が嫌なら王都以外へ旅行に行けばいい。

 肩肘張らずに見知らぬ景色が見られるなら、どこでもいいのではないかという提案だ。


「それがいいかもな」

「確かに。他の領地がどのような統治をしているのかは参考になるかもしれない」

「飯で頭がいっぱいなマリーは置いといて、いい案ではあるわな」


 マリーの食い気は置いておき。地方を旅行して回るというのは、バルガスからしても良案と思えた。


「トム爺さんに乗っけてもらえばいいし、何なら長期旅行もアリじゃねぇかな」

「そうだな……。大人になれば機会も少なくなるだろうし、いっそ二、三年送り出してみるのも、クレイン様の将来を考えれば悪くない」


 代官に領地の経営を任せて王都に逗留し、数年帰らない領主というのも別に珍しくはない。

 何なら自分の領地よりも王都や、その他の地域へ旅行に出かけている時間が長い者もいるくらいだ。


「ただ生活するだけでも、経験にはなる。……うむ、いいかもしれないな」

「その方向で進めるか?」

「そうだな、そうしよう」


 領地自体は残った彼らが今まで通りに回せばいい。

 領地に問題さえ起きなければ見聞を広げる旅には大きな意義があるし、それはまだ若いクレインにはプラスになるはずだ。

 彼らの中では、以上のように話が決まった。


「別にどこで行商しても構わんし、送り先だけ教えてもらえれば問題はねえなぁ」

「よーし、それじゃあ荷造りですね!」


 方針が固まったところで、マリーは元気に手を挙げる。

 しかし、ハンスあたりを同行させるのかと思っていたバルガスは、意外そうな顔をしていた。


「あん? マリーも行くのか?」

「ええ、私はクレイン様のお付きですから」


 笑顔でそう言う彼女へ向けて、バルガスは呆れたように笑いつつ尋ねる。


「で、本音は?」

「クレイン様にくっ付いて、各地のグルメ食べ歩きを……」

「マリー」

「こほん。冗談ですよう」


 クラウスが見咎めるような目線を送って来たので、マリーは慌てて咳ばらいをして誤魔化す。

 しかし何はともあれ家臣たちの間で、クレインに休暇を取らせる案は具体化してきていた。


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