51回目 意味不明な動き



「ああ、いや。戦いそのものは有利なんだぁ。ただ、補給が滞っているようで」

「……補給が、か」


 南伯に喧嘩を売るような真似をして、南での商売を縮小させたヘルメス商会だが。

 現在は東と北へ注力しているようだった。


 それは密偵を使うまでも無く分かるほど、公然と進めている商売戦略だ。


「普通に考えれば、北侯のお膝元に戻ったと見るべきだけど。まさか西ともバランスを取ろうとしているのか?」


 密偵が北、南、東の動向は多少掴んでいるとしても。

 王都を挟んだ反対側。

 西の販路がどうなっているのかはクレインにも分からない。


 もしかすると西にも利権を多数抱えていて。

 東が潰れたら困るのと、同じような状況になっている可能性がある。


 西も現状維持ができるように、わざと北侯の足を引っ張っているのだろうか。

 そんな推測しつつ、クレインは茶をすすりながらトムからの続きを待つ。


「ヘルメス商会の輸送力を考えれば、北侯の全軍……二十万人分の物資も、賄えるはずなんだけどなぁ」


 一方のトムは、少し間を置いてからのんびりと切り出した。


 しかし確かにそうだ。

 ヘルメス商会の力を考えれば、能力が不足するわけがない。

 そう思ったクレインは重ねて聞く。


「現実問題、どうなっているんだ?」

「どうも、人事異動やら何やらで、責任者が各地に散ったそうでなぁ。馴染みの店主も東へ異動したとか。……左遷されるような人じゃあなかったのに」


 輸送能力が足りなくなる原因があるのか。

 それとも手を抜いているのか。

 結果としては、上からの決定で強制的に前者ということになっている。


 その判断ができるのは商会長のジャン・ヘルメスだけだ。


 クレインの脳裏に浮かぶのは、表向きは人のいい笑顔を浮かべつつ。

 金の力で数多の人間を破滅させる、醜悪な裏の顔を持つ老人の姿だった。


 毒殺未遂以降アースガルド領では見かけていないし。

 クレインとしても、できれば二度と会いたくない人物ではあるのだが。不穏な動きには違いない。


「この時期に配置転換だと? あのジジイ、一体何を考えている」

「さあ、そこまでは」


 ここで、今までにあったヘルメス商会の動きを振り返ってはみた。

 が、クレインには彼らの狙いがさっぱり分からない。


 アースガルド家に多額の出資をしながら、暗殺を企んだり。

 南側では南伯に圧力をかけて、東伯の縁談を援助したりもしていた。

 王都での敵対買収は未だに動きがあるようでもある。


 そこまではまだいい。


 北から東へ一大勢力を築き。ラグナ侯爵家が王都の商会を乗っ取ったところに便乗して、中央でも空いた産業をかっさらうという動きに見える。


 南を捨てることになったとは言えど、北、中央、東、その全ての行商路を独占できると考えれば得はしていただろう。


 サーガ商会も北との輸送に使う約束で飼い殺しにされていたので、そこまでならばクレインにも理解できた。


「でも、よく考えてみれば全方位を裏切ってんだよな、あの商会」


 しかしクレインが状況を考えてみたとき、例の商会は滅茶苦茶な動きをしているように思えた。

 まず懇意だと言う北侯を裏切り、西侯への利敵行為をしていることだ。


「あの商会、西侯からすれば敵対陣営だろ?」

「まあそうなるわなぁ」


 次に東伯の御用商であるサーガ商会を潰したこと。

 販路を乗っ取った時点で、東伯への敵対行動となるだろうと判断した。


 一時期とはいえ東方面へ経済的な打撃を与えているので、これは東侯も不利益を被ることになる。


「サーガ商会に喧嘩を売った時点で、東伯や東侯とも敵対しそうなものだけど」


 クレインから見れば、大勢力へ片っ端から喧嘩を売っているようにも見えた。


 それでも何か利益につながり。別な目的の基に動いているのだろうかと、彼は真面目に考える。

 しかし情報は足りず、目的は見えてこない。


「まさかその分の点数稼ぎにアスティの縁談を進めていたのか? いやいや。仮にそうだとして、北侯を裏切るのは何なんだ……」


 ついでに言えばアースガルドから東へ物資を運び。

 今回の戦争でも東側勢力を応援して、戦力を拮抗させようとしている。


 それでも一部の物資はアースガルド家に卸していたので、真正面から敵対していたわけでもない。

 敵を援助するのとは別に、しっかりと子爵領にも利益がある行動はしている。


「全国に拠点があっからなぁ。むしろ戦争なんてさせん方が儲かるんでは?」

「あの商会は武具も扱うだろ?」

「ああ、戦争特需ってやつもあるかぁ」


 クレインからすれば、意味不明な動きでしかなかった。

 何でも扱う国一番の商会が。

 どの勢力にも等しく、害と利益をばら撒いているようにしか見えなかったらしい。


「……ダメだ、意味が分からない。そういう生存戦略なのか? ヘルメス商会の規模でやることではないと思うんだが」


 確かに多少の不利益を被ったところで、どこの勢力も無下にはできないだろう。

 しかし、限度がある。


 現に南伯は流通を差し止められて以降、ヘルメス商会との取引は断っている。

 今のところは上手く回っているとしても、近い未来で破綻するだろう。


 どっちつかずの動きをし続ければ、そのうち破滅する。

 そのうち大勢力の全部を敵に回す未来すらあり得るのだ。


 目的に見当が付かず、彼の胸中には不快感ばかりが広がっていた。


「まあ、ヘルメス商会は置いといて。北侯は本当に評判が悪いようで」


 そして、クレインの顔が曇ったのを見て。

 トムは多少強引にでも話題を変えることにしたらしい。


「……何をやらかしたんだ、北侯は」 

「ええと、まあ色々あったな」


 ヘルメス商会の意味不明な動きに混乱していたクレインだが、話を聞けば更にげんなりしてきた。


 ラグナ侯爵家が麻薬の密売事業で儲けているとか。

 王都の商会を潰しにかかっているとか。

 西側で反抗した貴族の娘を拐い、どこぞへ売り飛ばしたとか。


 そんな話がポロポロ、トムの口から出てきたのだ。


「アースガルド家と縁深い、スルーズ商会とか、ヘルモーズ商会。ブラギ商会とかには手を出していないようだけど、ありゃあ酷い」

「そうか」


 その点を除けば。北侯は本来と全く同じ動きをしている。そう判断したクレインは、むしろ安心していた。


 今では味方なので、悪評を立てられても良いことは何一つ無い。

 しかしイレギュラーだらけの中でも、そこだけは彼の予定通りと言えた。


 まあ、ここまでくれば未来知識がどこで役に立つかも分からないので。

 クレインはトムが仕入れてきた北侯の悪評を、二十分ほど聞き続けた。


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