49回目 戦況報告



「点呼は取り終わったか?」

「はい。おおよその戦果も取りまとめました」


 マリウスが各隊の状況を確認してみたところ、被害状況と戦果は以下の通りだった。

 味方の被害は正確だが、敵の被害は概算である。



    ◇



 被害状況

 クレイン隊  1000 →  975

 グレアム隊  2000 → 1860

 ハンス隊    300 →  274

 ランドルフ隊 5000 → 4655

 ヨトゥン隊  1000 → 1000

 守備隊    2000 → 1890


 戦果

 クレイン隊   300

 グレアム隊   500

 ハンス隊    800

 ランドルフ隊 1100

 ヨトゥン隊   600

 火計      800


アースガルド軍総被害       636名   6.36%

ヴァナウート伯爵軍総被害   約4100名   約14%



    ◇



 砦の大きさを考えれば、火計で三千人ほど巻き込めてもおかしくはなかった。


 討てるのは砦に火が回る前に突破してきた者だけであっても、当初の予想だと五千人は討てるだろうと踏んでいたのだ。


 しかし逃げ場がない敵を焼き払ったハンス隊の活躍を含めても、火計の被害は二千人ほどで限界だ。

 ここは何度繰り返しても、増減は無い部分だった。


 アースガルド家がいくら儲けているとはいえ。

 軍事基地を使い捨てにするのだから莫大な金銭を使う。


 だからもう少し巻き込みたいところではあったとして、現状ではこれが最高の結果となる。


「やはり三倍の戦果までは届かなかったか」

「もう少し手勢があれば別でしたが、別動隊を出している中ですので。しかし、あの戦巧者で知られる東伯が、ここまで見事に引っかかるとは……」


 寒さ対策と銘打って大量の油を運び込ませたのは、砦を燃やすためだ。

 そして砦を燃やしたせいで、予備の武具や食料までまとめて焼け落ちてしまった。


 どうせ燃やすのに、何故ここまで準備したのか。

 それは主に、東伯を欺くためだった。


「まさか一夜で燃やす砦の中に、貴重な食料を山ほど運び込むとは思うまい」

「ええ。東伯からすれば、本気で籠城する準備を進めているように見えたはずです」


 アースガルド領は食料に困っていると、散々言ってきた。それは周知の事実だ。

 だからこそ、敵も騙された。

 今回燃やした食料は、釣りで言うところの撒き餌だった。


「しかし、ここまで準備したんだがなぁ……」


 アースガルド領の本拠地を狙う別動隊は五千人ほどなので、それなりの備えが必要だ。

 五回目の防衛戦では砦に戦力を集め過ぎて、別動隊を食い止められなかった。


 六回目の防衛戦では戦力を別動隊へ多めに割いたが、それも焼け石に水だ。


 森に兵を配置して、先鋒を不意打ちで撃破しても意味は無い。

 後詰はいくらでもいるのだから、敵が無限に湧いてきて圧し潰された。



 七回目の防衛戦で初めて火計を試してみたが、これも一度空振りしている。


 砦を燃やすならハリボテでいいと思い、運ぶ物資を削ってみれば。本気で立て籠もる気が無いと見られて火計を看破されたのだ。

 敵の諜報には、それくらいの情報収集能力があった。


 七回目の防衛では敵のほぼ全軍が別動隊に合流するという荒業で、砦を素通りされることになった。


 別動隊を追おうとすれば、背後から奇襲部隊が降ってきて。

 それを見た別動隊が即座に引き返し、挟み撃ちで全滅だ。


「だからこその策だったんだが」

「クレイン様、どうかなさいましたか?」

「いや、少し考え事だ」


 敵の反応速度、移動速度が尋常ではないことを確認しつつの八回目。

 クレインは敵を火計と伏兵に引っ掛けるため、全身全霊で策を練った。


 まずは現状を振り返ったが、何はともあれ兵数が足りない。


 砦に置く部隊を減らすと、正面突破は防げない。

 そして砦の兵を増やすと別動隊の攻撃が防げないのだ。


 伏兵で数が削れても、多少の損害お構いなしで攻め寄せてくればクレインが死ぬ。

 無限に増援がやって来るのだから、いずれ飽和攻撃で破られる。


 そして別動隊は、どうやらランドルフ隊でしか食い止められない。


 砦の防衛指揮には不向きと見て奇襲部隊に対応させていたが、彼の配置は大森林での伏兵が正解だった。



 しかしそうするとまた問題が出てくる。

 ランドルフを森に配置すれば、崖の上から降ってくる精鋭部隊への対処が追い付かない。


 マリウスとピーターは集団戦に不向きで、対処が遅れる。

 グレアムを防衛戦から外せば、正面突破されるのが早くなる。


 誰をどこに配置すればいいのか、パズルのピースを嵌めるように検討していき。

 ベストな布陣が完成しても――進撃は防げなかった。


 敵の後続を防がない限り、どう足掻いても勝ち目は無い。

 敵の精鋭部隊への対処もかなり難しい。


 だからこそクレインは思い切った。


 砦を大炎上させて、敵軍を焼き払いつつ増援を遮断する。

 そうすれば敵の先鋒を孤立させることができ、伏兵で始末できる数に収まった。

 作戦としてはこれで成功だ。


「確実にこれが最善だ。これ以上は無い。でも、もう少しだと思ったんだが……」


 狙った数より少ない戦果になるとはいえ、火計を成功させないと話にならない。


 敵を欺くためには全部燃やすしかないと思い、半ばヤケで物資を運び込み。

 これまたダメ元でトレックを火計指揮官にしたところ、意外といい働きをして奇襲部隊を燃やすことができた。


 ついでに武官ではないトレックを活用することで、マリウスを追撃部隊の指揮官に使うことまでできた。


 これで敵の最強部隊を撃破できるし、砦を燃やせば時間を稼げる。

 ここまでは九回目の防衛戦で辿り着いたので、それ以後は微調整だ。


 まあ、丸一日も経てば火は収まり。

 再度の進撃を受けて、九度目の防衛も失敗に終わったわけだが。


「うーん。どう頑張っても、これ以上は無理だったか? 他に何か手は無かったものか……」

「何を仰います。大戦果ではございませんか」


 ひたすら頭を回して落ち込むクレインに、マリウスは困惑している。

 誰がどう見ても大勝利だし、奇跡に近い勝利だったからだ。


 もちろん東伯軍に大打撃を与えることはできた。

 伏兵の戦果も微上昇しているが、そこは敵の油断を誘えたことも大きいだろうか。


 何せ総大将が入る砦は、兵数がたったの二千だ。

 油断させるために、領主は軍事演習気分だという間抜けな演説まで打った。


 まさか本当に東伯が来るとは思っていない。

 あくまでパフォーマンスだ。


 そんな噂も、まことしやかに流れていた。

 というか流した。

 あらゆる手で油断させて大戦果をもぎ取ったのだから、十分に健闘したと言える。


 しかしこの作戦の狙いからは微妙に外れる。

 実のところ、クレインの狙いは東伯本人だったのだ。


 2回目の人生で東伯が攻めて来た時、伯爵自らがクレインの本陣へ突入してきている。

 先頭を切るタイプだと思っていたし、これまでの戦いでも最前線に出ていた。


 伯爵を狙い撃ちして討ち取れば、そのまま退却に持ち込めたかもしれない。

 しかし彼は今回に限って、最前線にいなかった。


「変なところで冷静に、策を躱すんだもんな……。そこで冷静になれるなら、そもそも攻めてくるなよ」


 そこはどんな展開になろうとも変わらず、東伯は野戦の時以外は前に出ないのだと悟る。

 しかし残念なものは、何度繰り返しても残念に思うらしい。


「あの、クレイン様。別動隊のための囮、敵軍の撃退、火災で街道封鎖。これだけ目標が達成できれば十分かと存じます」

「ま、それはそうだ」


 東伯本人がいなかったとは言え、軍勢には痛手を与えられた。

 飛び火で山火事が起きているため、森からの進軍も困難。

 一時的な足止めも完了したと見ていい。


「本命の作戦もそろそろ始動した頃か……ピーターの奴が上手くやってくれるといいんだが」

「こればかりは、祈るしかございません」


 マリウスはそう言って、北東の空を見上げた。


 主要な武将の誰を派遣しても、イマイチ上手くいかない作戦だったのだが。

 もしもピーターが失敗するなら。唯一、一定の成果を上げたマリウスに任せるしかない。


 その場合はピーターを撤退指揮官にするしかないのだが、彼の得意なものは一対一の個人戦だ。

 これが成功しないと、根本的に戦略の見直しを迫られる可能性も高い。


 クレインとしても、ここはもう祈るしかなかった。


 作戦が成功すれば、クレインたち本隊も即座に追撃を開始すると決め。

 彼らは報告を待つ。



― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 現状の振り返り+αの回でした。


 ここまでやっても、火が収まった頃に再進撃。

 そして敵軍の後続部隊が合流し、兵数は依然として三万のまま。

 一万三千と三万の戦いでは勝ち目がなく滅亡。


 だからアースガルド側も別動隊を出した。

 主要な武官を順番に送り出したところ、マリウス以外は失敗。


 マリウスの戦果も不十分で、試していないのはピーターくらい。

 そんな状態です。


 次回、別動隊のお話。

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