50回目 三領同盟



「要綱はこんなところでしょうな」

「ええ。よろしいかと。いかがでしょうか、アースガルド子爵」

「当家としても、これで構いませんよ」


 アストリを迎え入れてから二週間ほどが経ち。

 彼女も周りの使用人も、アースガルド家に溶け込みつつあった。


 彼女たちの受け入れが落ち着いた頃。

 北侯が派遣した文官と南伯の懐刀がほぼ同時にやって来て、提携の話を詰めることになったのだが。


「ヨトゥン家は利益中心、ラグナ家は安全保障中心。棲み分けは完璧ですね」


 ラグナ侯爵家とは主に軍事関係。

 有事に兵を送り合うこと。

 連携して軍事行動を起こすことを確認して。


 ヨトゥン伯爵家とは主に経済関係。

 鉱物の輸出や加工を増やし、アースガルド家と相互に経済を補う体制を作ることが確認された。


 特にヨトゥン伯爵家とは本拠地の距離が近いこともあり、大規模な輸出入の体制が整うことになったのだが。


「……いや、しかし侯爵家は、もう少し利益を取ってもいいのでは?」

「銀鉱山の利権は王家に献上している部分もございますので、これ以上を望めば子爵家に負担がかかりましょう」


 ラグナ侯爵家が望むのは、本当に安全保障がメインになった。

 銀山の利益を貢げとも言わないし、用心棒代――俗に言うみかじめ料――を取ることもしない。


 国と国との軍事同盟のような。

 それも対等に近い形での協力体制となる。


「ご配慮はありがたいのですが、その分は働くことになりそうですね」

「いえいえ。当家と子爵家の間にある他家が不穏な動きをしなければ、何も起きませんよ」


 アースガルド子爵家は北東の山沿いにまで領地を伸ばし、最北端がラグナ侯爵家の勢力圏と接することになった。

 しかし影響下というだけで、侯爵家と親密な関係でもない家が多い。


 アースガルド領のすぐ北辺りは影響力も薄く。

 西伯や西侯からの打診があれば、いくつかの家が寝返るかもしれない状態だ。


 だから彼らを牽制することが、クレインの主な役割になることが確認された。


「子爵とは細々と交易をしておりましたし、今後はその規模を拡大するくらいでよいというのが、当家の方針です」

「そちらがそれでいいのであれば、助かります」


 冷害に備えて北方原産の寒冷地種を仕入れる時。

 元々アースガルド家に出入りしていた行商人たちは、ラグナ侯爵家からも買い付けしていたらしい。


 そこは商人たちに任せていたので、クレインも仕入先を確認してはいなかったのだが。


 今の段階ではラグナ侯爵家が軍を差し向けていない。

 そしてクレインも、目立った敵対行動はしていない。


 だから前々から多少の取引があった子爵家は表向き、「元から友好的な家」ということで扱われるようになった。


 そんな事実を知ったクレインだが。

 第一王子派閥に入り、敵対的な勢力に付いていたことはどう見られているのか。


 実際のところを聞いてみようとすれば、聞くまでもなく文官は言う。


「殿下が当家を警戒して、アースガルド家を抱き込んだことであれば。侯爵閣下は気にしておられません」

「と、言うと?」

「宮中で味方になれと言われて、断れば暗殺されていたでしょうからね。支援という形で監視されていたことも確認済みなので、そこは水に流そう……と、仰っていました」


 状況としてはその通りだ。

 第一王子がラグナ侯爵家のことを警戒して、味方集めをしていたのは周知の事実。


 そしてクレインが無能なところを見せたり、ラグナ侯爵家に好意的な意見を言えば殺されていたことも事実なのだ。


 最終的には中立でも許すと言われていたとして。

 流石にそこまで詳細な、具体的な会話の内容は掴んでいなかったらしい。


「なるほど。……この点、南伯はどうお考えで?」

「当家の主人も同意見です。ヨトゥン家も殿下とは付かず離れずでしたが、義理立てをするほどの関係ではございませんので」


 ラグナ侯爵家は敵対派閥。

 ヨトゥン伯爵家は中立の立場だった。


 アースガルド家が王子の味方となった経緯は大筋で把握されていたが。しかしラグナ侯爵から見れば、王子は大した脅威でもなかったらしい。


 そして具体的な敵対行為があったわけでもない。

 だったら一度リセットして、新しい関係を築くのが一番建設的だ。


 ネックになるのはクレインの感情だが、そこは当主の北侯自らが確かめている。


 クレインにも知り合いを見捨てる罪悪感はあれど。

 領地のためであれば古い忠誠を捨て、新しい関係を結べるくらいの頭はある、と。


「ですから何の問題もございません。当面は当家が西方に備え。二家には東方を抑えていただければ盤石です」

「そうですね。横やりさえ入らなければ、西の勢力も北侯の相手にはならないでしょうし」


 西侯も北侯も、階級は同じ侯爵だ。

 最近急拡大したとは言え、元々の地盤は同程度でしかなく。

 むしろ不安定な地域を抱えた北侯側が不利とも見える状況なのだが。


「おや、よくご存じのようで」

「多少は調べていますよ」


 しかしクレインは未来で、北侯には三万の兵をアースガルド領に向けてくる余力があることを知っている。


 その三万まで西に向けられて。

 しかも東侯を始めとした他家への抑えも少数で済む。

 この条件で負けるわけがないと確信していた。


「ええ、まあ。色々と情報を得る手段も用意しておりますので、そこはご安心ください」

「頼もしいことです」


 完全に口から出まかせだが、これは交渉役の文官からしてもプラス評価だった。


 自分の治める土地から遠く離れた地域の情報など、普通の領主は仕入れない。

 遠く離れた地の諜報に労力を割くくらいであれば、近場の領地で何かあるか調べた方が楽だし利益も大きいからだ。


 大局観という点ではやはり頭一つ抜けているな。

 という評価を北侯の文官からもぎ取りつつ、クレインは南伯からの使者へ向き直る。


「であれば、ヨトゥン伯爵家と協力をして――まずは経済からですね」

「軍備はよろしいので?」

「男爵領と騎士爵領は焼き払ってあるので、東伯もすぐには攻めて来られませんよ。その間に、長く戦える兵站を整えましょう」


 兵站とは、継続して補給を行うシステムのことだ。

 防衛側ならそれほど意識を割かなくていいが、追撃や逆侵攻のことまで考えるならばどうしても必要になってくる。


 しかし東方にはヘルメス商会の手も入っているだろうし、ラグナ侯爵家が味方に付くなら安泰か。

 そう考えるクレインは、以前よりも東伯の脅威は低いと判断していた。


「では、以上の案を元に……この三領で同盟を結びましょう」

「承知致した。こちらから、南侯にも話はつけておきます」


 この三家との関係がどうなったかと言えば、完全に対等の同盟だ。


 北侯と南伯。

 この大勢力二つの間にあるアースガルド家は浮いているものの、地政学上の問題や、兵力の問題で外すことはできない。


 どちらかに従属すればもう片方は面白くないということで、完全な独立勢力のままで協力していく方針となった。


 この三家、三領で同盟を組み。他の勢力と戦っていくことになる。


 押しも押されもしない大物たちから気を使われるようになったとは、自分も大物になったものだ。

 そう思いながら、クレインは詳細を詰めていった。



― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


 同盟締結。

 北と南を繋ぎ、東側勢力を経済圏からブロック。

 大局的には、ラグナ侯爵家とアースガルド子爵家で掎角きかくの計が完成しました。


 次回と次々回はお義父さまと政治的なお話ですが。

 その次からはほのぼの内政をする予定です。

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