49回目 怪しい護衛



「ピーター大隊長、行軍速度が落ちております」

「慌てることはないですよ。遅い方に合わせれば、落伍者は出ませんので」

「え、は、はぁ……?」


 クレインからそれなりに信頼されている護衛係。

 元は王都の名門道場で師範を務めていた男。


 首狩りのピーターは軍勢を率いて――山を登っていた。


「いい頃合いですね、小休憩にしましょうか」


 ここは何十年もロクに整備されていないような悪路であり、体力に自信がない兵士が何度も脱落しそうになっている。


 しかしその度にピーターは行進速度を緩めて、のんびりと登山を楽しんでいた。


 そのせいで、全力で走れば三日とかからず反対側へ抜けられる山道なのに、四日目に入ってもまだ道の半ばまでしか進めていない。


 小休憩や大休憩を頻繁に挟み、彼らは遅々とした行軍を続けていた。


「遅い奴らは置いていけばいいのに」

「どうせ大した槍働きもできねぇだろうにな」


 腕自慢たちは文句を言っているが、ピーターはまるで意に介さず。

 彼はのんびりと、雪山の景色を眺めている。


「行軍中でなければ、ゆっくりしていきたいものですが、ね」


 暢気なことを言いつつ。

 三十分ほどの休憩を取り、またゆっくりと歩き始める。


 険しい道で馬の体力を消耗しないようにと、全員が徒歩での移動だった。



 彼らが今居るのは、新しくアースガルド領へ加わった北東部の領地。

 元小貴族連合の領地から見て、東の方角にある山だ。


 この道は地元民ですら知らない者が多く、反乱勢力を調べ上げていたクレインが偶然発見した場所である。


「ピーターさん、この速さでいいんですか?」


 山から一番近い領地の準男爵が保有していた地図を引っ張り出し。

 何十年も前に打ち捨てられた道を、彼らはノロノロと進んでいる。


 軍事行動は素早い方がいいに決まっているので、武官たちは誰もが不安か、不満を抱えたような顔をしていた。

 しかしピーターは余裕のある微笑みで答える。


「ええ、いい塩梅です。時には遅さと、余裕が重要になるものですよ」

「そういうものですか」

「そういうものです」


 ピーターは緑がかった黒髪を一本に縛ってまとめており、行軍中でも小綺麗な恰好をした男だ。

 目は細く、緩やかなカーブを描いているのだが。


 人によっては温和そうな人。

 人によっては胡散臭い人。

 と、評価が全く分かれる見た目をしていた。


 まだ三十歳だと言うのに、老紳士のような雰囲気を持つ男でもある。

 そのせいで、クレインからは若年寄などと呼ばれることもある。


 が、武官からの評価は主に、主君の傍に控える「怪しい護衛」といったところだ。


「斥候も放っています。焦らず騒がず。ま、のんびり参るとしましょう」

「いいのかなぁ……」


 急かそうとした若武者を軽くいなしつつ。彼らはまた、亀のような行軍を続けた。





    ◇





 更に二日後。

 そんなこんなで、えっちらおっちら進んでいると。後方から駆けてきた早馬より、緊急の報告が入った。

 アースガルド軍本隊と、ヴァナウート軍本隊が交戦間近という報せだ。


「早く進撃しましょう!」

「このままでは間に合いませんよ!」


 強行軍なら三日で踏破できるはずの山だ。

 しかし六日経ってもまだ、彼らは降り口の半ば辺りに居た。


 だから早馬にも追い付かれて、中隊長たちはかなりのストレスを溜めている。

 が、しかし。ピーターは呑気な態度を崩さない。


「ふむ。……いえ、今日はここまでにしましょうか」


 詰め寄ってくる中隊長たちを前にして、ピーターは何を思ったのか。

 ――今日の行軍はここまで。という宣言をした。


「何を言っているんだアンタ!?」

「急がないと、戦が始まっちまうだろうが!!」

「いえいえ。ここで一日使います。皆さん、野営の準備を」


 連絡が届くまでのタイムラグを考えれば、既に主君が戦闘を始めている頃だ。

 しかし彼は山を降りず、中腹辺りで野営の指示を飛ばしていく。 


「背信行為じゃないのか!?」

「ピーターさん!」

「恐らく、明日の昼に下りればちょうどいいかと思いますが。はは、明日は嫌でも歩いてもらいますので」


 血の気の多い兵士たちは不満そうな顔をしていたが、ピーターはとにかく余裕な態度を崩さない。

 上官からの命令に渋々従い、詰め寄った武官たちは野営の用意を始めたものの。彼らはすぐに再集合することになった。


「報告! 前方、三十分ほどの位置に――行軍中の敵を発見!」

「では、全隊に物音を立てないように指示を。見つからないようにしてくださいね」


 目と鼻の先に敵がいるのに、何故隠れるのか。

 今なら奇襲攻撃で大打撃を与えられるのに。


 と、兵士たちの不満がいよいよ頂点に達しようとしていた頃だ。


 ピーターは詰め寄って来た中隊長たちの多さを見て、折角だからとそのまま会議を始めようとしていた。

 下から見えない位置に簡易の天幕を立てると、諸将をその中に招いて一息ついた。


「報告にあったのは後詰の歩兵ですね。援軍に向かう後続部隊でしょう」

「ならば、ここで一撃を加えねば!」

「そうです! あれが味方の方に流れる前に対処をしないと!」


 遠征に出てきたのだから、配下たちは当然、誰もが攻撃案を唱えた。

 それでもピーターは慌てない。


「それは私たちの仕事ではありませんよ」


 その発言からして非難轟々だったのだが。近くの沢で汲んだ冷たい水を飲みながら、あっけらかんとピーターは言う。


「もしも勝手に攻撃を仕掛ける者がいれば。どれだけの戦功があっても死罪に処すので、そのつもりで」


 しかし、そんな言葉で納得する武官はいない。

 中隊長たちは、ピーターに掴みかかるほどの勢いで詰め寄っていく。


「で、では、我々は何のために山越えを!?」

「そうだ! これに何の意味があるんだ!」


 敵を攻撃せず、後詰を見逃し、何故自分たちは休憩しているのか。

 彼の行動が意味不明でしかない。

 武官たちの我慢は、本当に限界へ近づいていた。


「まあ、その辺りは……おいおい話すとしましょうか」


 しかし彼には、何かを説明する気は無い。

 少なくとも現時点では、曖昧な微笑みを浮かべて誤魔化すだけだった。


「いい加減にしてくれねぇかな!」

「きちんと説明をしろ!」

「……ふむ」


 ――二時間だ。


 二時間あれば、全てを手遅れにできる。

 そう考えたピーターは、少し間を置いてからこう言った。



「ま、三時間後・・・・くらいにはお話ししますよ」



 荒れ狂い、水筒を地面に叩きつける者までいる中で。

 大隊長のピーターは、暢気に居眠りを始める。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る