39回目 5W1H



「三人とも、よく来てくれた」

「お呼びとあれば、それは来ますよ」

「うむ、それが道理だ」

「俺らを呼んだってことは、荒事か?」


 クレインは執務室へ、ハンス、ランドルフ、グレアムの三名を呼び寄せた。


 さて、厳つい二人に挟まれて気まずそうなハンスだが。衛兵の中でも雇用歴が長く、この中では一番の古株だ。

 従って今回の任務も、責任者はハンスになる。


「新しい領地の治安が、未だに回復しきっていないのは知っているな」


 だからハンスには、新米に負けず頑張ってほしいなと思いつつ。

 クレインはまず、確認から入った。


「ええ、それはもちろんですが……彼らと共に、治安維持の任務に当たれと?」

「その通り」


 ハンスからするとランドルフは単純に暑苦しい上に、初出撃の時に見せた鬼神ぶりがトラウマになっている。

 グレアムの態度は荒っぽいので、こちらもハンスは苦手としていた。


 一方でランドルフは誰にでもフラットだ。特に相性のいい悪いはない。


 グレアムはハンスと相性が悪い気もするが。それを言えばハンスは武芸者の大半を苦手としているので今さらでもある。

 人選ミスではないだろうと思いつつ、クレインが三人を集めた用件を言うには。


「取り締まりを強化していこうと思うんだ」

「……まあ、流れ者や野盗崩れなど、いくらでもおりますからな」

「ああ。貧困対策は一段落したから、そろそろ本格的に手を入れようと思ってね」


 クレインがそう宣言すれば。

 グレアムは左の掌に右の拳を合わせて、パン! と派手な音を鳴らした。


「よっしゃ、ここ最近じゃあ退屈な奴らばかりだったからな。そういう作戦なら俺を使ってくれ」


 この間の戦争でも中隊長を務めていたグレアムは、見た目から判断すれば不良かゴロツキだ。

 彼はソフトモヒカンのトサカ頭で目つきが悪く、口が悪ければ態度まで悪い。


 仕事は真面目にやっているようだが、平時にはただの荒くれ者であり、輝くのは荒事の時である。

 そういう点でも、常識人のハンスとは折り合いが少し悪かった。


「おい、流石に無礼だぞ」

「いいんだハンス。細かい礼儀作法を求めないのも、グレアムの仕官条件だからな」

「へへっ、子爵は話が分かるぜ」


 こんな有様では貴族家への仕官など叶うはずもないとして、腕は一級品。

 それこそランドルフに対抗できるレベルの猛者であり、並みの武芸者では太刀打ちできない力量を持つ。


 仕官条件は「好きにやらせて、毎日三食腹いっぱいに食わせろ」というささやかな願いだった。


 なのでクレインは望み通り、素行のことについては細かく言わず。

 給与から休暇から権限から、待遇面もそこそこ良い。


 現状に満足しているので、忠誠心は結構あった。

 何より貧しい出身のため、変な背後関係が無い点は安心材料だ。


 雇用条件を知るハンスは深くは追及できないのだが、そこは置いておくとしても、彼には別な懸念がある。


「しかしクレイン様。ブリュンヒルデ殿が不在でしたら、どちらかは護衛に残した方がよいのでは?」

「ピーターがいるから大丈夫だ」


 グレアムは戦い方が荒いため、精密な動きをするブリュンヒルデとの相性は最悪に近かった。

 しかしそのブリュンヒルデは何名かの人員を連れて王子への献金を届けに行ったきり、しばらく帰ってきていない。

 

 だから警戒するのは、外からの暗殺者だけでいい。

 それなら護衛役には若年寄こと、首狩りのピーターを置いておけばいいという判断だ。


 ピーターは王都の名門道場で師範を務めていたとあり、剣術は超一流。一対一なら並ぶ者がいないほどの腕だ。

 だからクレインは、別に不安を覚えていなかった。


「ピーター殿……よく知らないですが、彼はどこまで信用できるものか」

「ま、まあ、腕はいいから」


 ピーターは飄々として、摑みどころがない。

 常に曖昧な笑みを浮かべており、クレインからすれば、たまにブリュンヒルデと似た気配を感じる男だ。

 だから何となく、とっつきづらい印象はクレインも持っている。


 しかし王都の貴族を弟子にすることもあり、武術どころか社交の技術までクレインよりも上なのだ。

 格に似合うだけの学を持ち合わせているため、最近では色々使える便利な護衛になっていた。


「仮にピーターがアテにならないとしてもだ。マリウスの方で、陰ながら護衛は付けているという話もある」

「それは……そうですが」


 諜報部を組織したマリウスは、暗殺者対策の人員もしっかりとクレインの周囲に配置している。

 本人もそこそこ戦えるので、最悪の場合は彼を護衛に付ければ解決だ。


 そう言った事情を勘案した上で、クレインも武力ツートップの二人を派遣することに不安は無い。


「大丈夫だ。この三人で行ってくれ」

「う、ううむ……分かりました」


 ハンスは実際のところ、武芸者たちの身体能力が高すぎて引いている節があった。

 しかし彼は大人なので、仕事となればある程度は上手くやる。


 例えばグレアムへも、盗賊退治や戦場での指揮――子分たちをまとめ上げる力――については、ハンスも認めているところだ。

 むしろ、荒くれ者をまとめて彼の支配下に置けと進言してきたのはハンスである。


 自分より使える部下がいれば引き立てる癖がついてしまったのだが。逆に人材育成や抜擢に使えるかもなと、クレインは期待している。


「さて、話は簡単だ。ランドルフとグレアムが取り締まりをしてから、ハンスが駐留部隊を指揮して治安維持を頼む」


 それはさておき、今回の任務の話だ。

 クレインは話を戻すと、三人に向き直って言った。


「承知しました」

「おう!」

「あ、いや、待たれよ。……クレイン様。取り締まりとは、どの程度を想定しておりますか?」


 少し前までは、「群がる敵をとにかく蹴散らす」という脳筋思考だったランドルフだが。最近では勉強の成果が出てきたのか、作戦目標まで気にするようになっていた。


 ゴールが分かっていれば、そこに向けた作戦も立てやすくなるだろう。

 これも嬉しい変化だなと思いつつ、領主が下した命令とは――


「一度、全部綺麗にする。不穏分子を根こそぎ、一人残らず叩き潰して壊滅させろ」

「え?」

「は?」

「ぬぅ」


 ――小貴族家の残党や、その取り巻きたちを根絶やしにすることだった。


 普段のクレインは大らかで温厚。

 冗談も通じるし、平民との距離も近い。


 厭味ったらしいところもなく、言うなれば慈悲深い方の領主だ。


 グレアムの砕けた口調にも嫌な顔一つせず。無礼討ちもせずに許しているところを見ても、心が広いと思われていた。

 その青年の口から根切り皆殺しに近い発言が飛び出してきて、ハンスとランドルフは目を丸くしている。


「ヒュウ、思い切りがいいねぇ」


 グレアムだけはすぐに再起動すると、短い口笛を吹いて楽しそうにしていた。

 が、しかし。数十秒もしないうちに、彼も再び驚くことになった。


「やることは変わらないさ。治安維持の延長だからな」


 そう言いながらクレインが取り出した地図には、既に討伐目標がマッピングされている。


 いつ蜂起する予定で動き。

 どこの地域、どの建物に潜んでおり。

 誰を旗頭にして立ち。

 どんな方法での攻撃を企て。

 どういう理由で乱を起こそうとし。

 どれくらいの数を集めたか。


 いつどこで、誰が何をどうするか。

 具体的な戦力はどれくらいか。

 それがこと細かく、補足情報としてビッシリと書き込まれているのだ。


「まず一番大きなところだと、旧男爵領で五百名ほどの人民が蜂起しそうなんだが。これは男爵の長男が有力者の家族を人質に取って、無理やり従わせているんだ」

「は?」


 これにはグレアムも、一転してポカン顔である。

 しかしクレインは淡々と続けた。


「まずは救出作戦を組んで、敵の勢力を減らしながら味方を増やしてほしい」

「あ、あの。クレイン様……?」

「むぅ……」


 各地域のどこを攻めるかはもう決まっており、あとは実働部隊が動くだけだ。

 分かりやすくていい。

 それはいいが、問題はそこではない。


「庄屋の家の床下に武器が隠してあるとか、山奥に拠点を作って隠れているとか……こんなモン、どうやって調べたんだよオイ」


 地図とセットで。不穏分子の集合場所や隠れ家などが、間取り付きで大公開だ。


 敵の戦力はもちろん、反乱へのモチベーションの強弱。

 内情から背後関係から、何から何まで全てが暴かれている。


 たまに治安維持の部隊を率いるグレアムも、「あの村の様子、何かおかしいな?」という勘のようなものは働いたが。

 違和感の正体を答え合わせをしてくれるような地図を見て、唖然としていた。


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