25 消えた二人



『クリス屋敷・とある一室/ディアフローテ』



 想定していた通りの結果だった。

 何も問題はない……はずがない。

 その日の夜、ファリスヒルテは帰って来なかった。しかもクリスティアーノ様まで。


 こちらの捜査では、メルフィアが襲撃されたというような騒ぎなど何一つ起きていなかった、という情報しか得られなかった。

 この情報が表す意味は、街中でメルフィアが襲撃されるようなことはなかった、もしくは、騒ぎなど起こらないほど素早くメルフィアを連れ去った、という事実である。

 後者が絶対に不可能ではない、とは言わないが、実際に目撃でもしなけれは納得できるような話ではない。

 メルフィアは防御に長けているし、集団で襲われても対応できる技術を持っていた。

 つまりメルフィアはセイラーズ商会への行き帰りで襲撃されたわけではない、という可能性が大きくなったということだった。

 そして、皮肉にもファリスヒルテたちが帰って来ないことが、その可能性に強い根拠を与えることになったのだった。


 私にとってこの状況は想定の範囲内だった。

 100%ではないが、これでセイラーズ商会が関わっていることを確定できたのだ。

 なぜ商会がこんなことをしたのかという動機の部分が不透明だが、それはメルフィアたちを見つけてから追求すれば良いことだ。


(問題はここからどう動くべきですわね。セイラーズ商会を攻めるとしても、どう攻めるべきか。動かせる駒は私とエリザベリィと部下数名……嫌になりますわね)


 どこまでも付いて回る問題だが、それを嘆いていてもしかたがない。

 時間もあまりかけられない。正門が開けば二人を街の外へ運ばれてしまう危険性も増える。

 さすがに成人の男女を秘密裏に街の外へ連れ出すことなど簡単にできるはずもないが、多くの馬車を行き来させるセイラーズ商会ならばできてしまう恐れがあった。


「ディアフローテ様、これからどうなさいますか?」

「セイラーズ商会に行きます。ですがその前にオリビア様に話を通さないといけませんわ。クリスティアーノ様を巻き込んでしまいましたし。協力もお願いできるかもしれません」

「伯母様は……あ、オリビア様は信用しても良いのでしょうか? ゴールドフィール領を長く治めて来て、セイラーズ商会との付き合いも長いはずです」

「そこは信じるしかありません。ですが臨機応変に行きましょう。エリザベリィも血縁と言えど、けして油断しないようにしてください」

「わかりました」


 私はすぐに領主館とオリビア様の屋敷へ使いを走らせた。



 ■□

 □■



『領主館・応接室/ディアフローテ』



 夜遅いというのにオリビア様はまだ領主館にいた。

 領主の仕事が忙しいことは私もそうだから知っているが、ずいぶんと勤勉な方だった。

 少々ばたばたとした訪問になってしまったが、オリビア様はとりあえず応対してくれることになった。

 私とエリザベリィは応接室へ通され、テーブルを挟んでオリビア様と向かい合った。


「それでこのような夜遅くにどのようなご用件かしら?」


 オリビア様は難しい顔で尋ねられた。こんな夜遅くの訪問がただ事ではないことを察せられたのだろう。

 私はまず謝罪をした。


「申し訳ありません。クリスティアーノ様を巻き込んでしまいましたわ」

「……どういうこと? きちんと話してもらえるかしら?」


 私は頷くと、メルフィアがいなくなる前後の辺りのことから今までのことを、オリビア様に説明した。




 話を聞いた後、オリビア様は頭を抱えるように額を手で押さえていた。


「何してくれてるのかしら、貴女たちは。……そしてあの子は何をしてるのよ」


 ため息交じりにボヤキを漏らすと、真っすぐこちらへ目を向けた。


「確認しますけど、セイラーズ商会に行ったフィルドネイト卿が帰って来ず、それを確認するために商会へ行ったクリスティアーノ様とアルトファザン卿が帰って来なかった、ということですね? 商会に確認はしましたか? 話が長引いているだけということはありませんか?」

「確認はしていません。クリスティアーノ様のことがありましたので先にこちらへ来ましたので。それとメルフィアのことがあった昨日の今日ですので、ファリスヒルテがのんびり長話をしているとは思えませんわ」

「根拠としては納得できるものですわね。それともう一つ聞きますが、なぜセイラーズ商会へ行ったのですか?」

「それは領地に関わる件、とだけお答えさせていただきます」

「領地に関わる件、ね。まぁ良いでしょう。………」


 オリビア様は意味ありげに呟いてから沈黙し、少しの時間考え込んだ。

 それから私を見て、エリザベリィを見ると、口を開いた。


「クリスティアーノ様のこともありますし、一枚カードを切りましょう。セイラーズ商会を訪ねたのは誘拐絡みではないのですね?」

「「え?」」


 私とエリザベリィは同時に声を上げてしまった。

 セイラーズ商会と誘拐絡みというワードがあまりにもちぐはぐだったからだ。


「貴女たちが誘拐の話を持ってきて、私たちがまず疑ったのがセイラーズ商会です。セイラーズ商会は領内にも領外にも多くの馬車を行き来させていますからね。人気もあり、信頼もある商会ですから馬車のチェックが甘くなることもあったかもしれません。他の商会では馬車にこっそり子供を忍ばせるのは難しいでしょうからね」

「なぜそれをすぐに話してくれなかったのですか!?」


 エリザベリィが声を上げるのを、オリビア様は一切の揺れを見せずに受け止めた。


「話せるはずがないでしょう? これは18年前と同等の大混乱を引き起こしかねない話ですよ?」

「ぁ……」

「セイラーズ商会がそんなことをする意味もわかりませんでしたからね、慎重に調査をして、商会が関わっていた場合、可能な限り混乱が小さくなるよう進めていくつもりでした」

「も、申し訳ありません、伯母様!」

「知らなかったのだからしかたありません。不幸な偶然と言うほかないでしょう」


 オリビア様は疲れたようにため息交じりに答えた。


「オリビア様、セイラーズ商会は誘拐をしていたのですか?」


「それはまだわかりません。子供も見つかっていないし、犯行を見たわけでもない。誘拐の話は貴女たちの訴えのみです。それだけではこちらも動けません。騒ぎにはできませんし、人手も使えませんから、調査には時間をかけるしかありませんでした。それに仮に誘拐が事実であっても、証拠もなく確証もなくセイラーズ商会の業務を止めさせて施設すべてに調査を入れるわけにもいきませんよ」


「オリビア様は誘拐を信じていなかったのですね」


「領主の方々がわざわざ来たのですから、頭から否定するつもりはありませんでしたよ。ですが馬車に子供を忍ばせて街へ運び込むようなことはセイラーズ商会くらいにしかできず、セイラーズ商会にはそれをする意味、動機がない。子供が必要なら雇用すれば良いのですから。セイラーズ商会は大人にも子供にも人気の仕事先です。呼びかければいくらでも集まってくるでしょう。誘拐なんて危険な真似をする必要がまったくありません。ですから少なくともセイラーズ商会が関わっているとはまったく考えていませんでした」


「今はどうなのですか?」

「誘拐に関しては今も可能性は低いと思っています。ですが、クリスティアーノ様と領主お二人の話は当然無視できません」

「どうするのですか?」

「領主権限でセイラーズ商会の本店を強制捜査します」


 オリビア様のきっぱりとした発言を聞いて私は驚いた。

 ゴールドフィール領の統治にセイラーズ商会の存在は不可欠なはずなのだ。

 強制捜査などしたらセイラーズ商会との関係が壊れかねない。

 だというのにそれをここまですっぱり決断する彼女に驚かずにはいられなかった。


「そんなことをすればセイラーズ商会を敵に回すことになるのではありませんか? それに騒ぎになりませんか?」

「いちおう最初は任意の協力をお願いしますわ。断ってくるようでしたら強制捜査に踏み切るので敵に回すことになるでしょうね。騒ぎになるかという心配はいりません。本店の周囲は人通りがありませんから」

「セイラーズ商会を敵に回してもよろしいのですか?」

「当然よくはありません。ですが本当に不当に領主を拘束しているのなら、関係ありません。セイラーズ商会が領地の膿となるならば、取り除くだけです」

「………」


 まさかオリビア様がここまで苛烈な方だったとは。

 統治に必要不可欠なはずのセイラーズ商会をあっさり取り除くとまで言ってしまえるなんて。

 ゴールドフィール領の暗黒時代を支えてきた女傑の経験を軽く考えすぎていた。


 インバーテラとゴールドフィールの差は、私と彼女の差か。


「お二人はどう……」


 オリビア様が私たちに声をかけようとしたのと同時にドアがノックされた。

 オリビア様が応じると、メイドが一人入ってきた。


「お話し中のところ申し訳ありません。オリビア様、少々よろしいでしょうか?」

「なに?」


 オリビア様が聞き返すと、メイドはオリビア様に近寄って耳元で囁いた。

 オリビア様はメイドのことを見て、すぐにこちらを向いた。


「今、北門にインバーテラの使いが来ているそうです。ディアフローテ様に何か急ぎで伝えたいことがあるそうです」

「インバーテラから? 連れてきてもらえますか?」

「わかりました。お連れするように伝えて」

「かしこまりました」


 メイドは頷くと、素早く部屋を出て行った。



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