24 ファリスヒルテ
「クリスティアーノ様、ファリスヒルテのことお願いいたしますわ」
屋敷の前で俺はディアフローテとエリザベリィに見送られていた。
これからファリスヒルテの馬車でセイラーズ商会の店舗に向かうようだ。
ファリスヒルテはすでに馬車へ乗っていて、俺が乗車すればすぐに出発だった。
しかし、お願いされても困るというのが正直なところだ。そもそもセイラーズ商会へ行くだけで何をお願いされるというのか。
ファリスヒルテが方向音痴で道案内を頼まれているのなら、よし任せろ、と言えるが、まさかそんなわけもないだろう。御者だってちゃんといるわけだし。
荒事の期待はしていないとさっき言われたし、ただの付き添いと言われてもそんなの必要なの?と疑問に思う話である。
だってセイラーズ商会へ行って帰ってくるというのは、義明の感覚では電車で繁華街に買い物に行って帰ってくる、くらいの日常行動である。
4、5歳くらいの幼児でもなければ、テレビ番組になるようなハプニングなど起こりようもないほど何もない時間になるだろう。
まぁ、逆にこの程度のことで恩に着せることができるならラッキーだ、くらいに考えておけば良いか。
俺はそう思い直すと、ディアフローテに頷いて見せてから馬車に乗り込んだ。
馬車はスタンダードな三人掛けの椅子が向かい合わせに並べられたタイプだった。
「ご自由にお座りになって。出発しますわ」
俺がファリスヒルテの斜め前に座ると、馬車が動き出した。
屋敷の道はかなり整備されているのに、かなり揺れる。数十分くらい乗っていたら馬車酔いしそうだし、尻が痛くなりそうだ。
ずいぶん古い型の馬車だが、何か芸術的価値でもあるのだろうか?
そう言う意味では芸術の街の領主であるファリスヒルテには合っているのかもしれない。
けれど、これで街の外の道を行くくらいなら、歩いた方がマシかもしれないと思えるほどだ。この馬車で長旅は俺には無理だな。
ファリスヒルテは慣れているのか、ガタガタ揺れていても涼しい顔で綺麗に飾られた手の爪を眺めている。
その様子を俺が見ていると、ファリスヒルテは微笑を浮かべて髪をかき上げた。
好きに見て良いわよ、と言わんばかりだ。かなりの自信家の様である。
たしかに自信を持つのも納得の美貌だが、かなりのナルシストのようで、付き合うのは面倒くさそうだと思った。
まぁ、王族貴族の女性で面倒じゃない性格の持ち主など、ちょっと前のサフィアローザくらいしかいなかったけどな。
「アルトファザン卿、セイラーズ商会へは何をしに行くんだ?」
「クリスティアーノ様は何も気にしなくてよろしいですわ。横にいてくれるだけで良いのです」
少し会話でもと思って尋ねたのだが、返ってきたのはそんな丁寧なだけの言葉だった。
(ああ……、ファリスヒルテはこういうタイプの女性か)
こういうタイプとは男と女をきっぱり区別するタイプということだった。
この国の女性は大半が、仕事は女がする、男は家のことをしていろ、と考えているが、彼女のようなタイプはもっと強く、男が女の世界に入ってくるな、くらいの考えをしている。
義明世界で言うところの、女が男の仕事に口を出すな、とか言っちゃう男の、こっちの世界版である。
このタイプの女性は選民思想の気が強く、男をデフォルトで下位の存在、貴族の女性でいうと素で使用人扱いしたりする。
もっとひどくなると、人形や物、くらいの扱いを当たり前のようにする女性も、困ったことに少なくないのだった。
ファリスヒルテはそこまでひどくはない……というか、彼女はあまり男に興味がないのだろう。
自分が好きで、美術品を愛している。
男……結婚相手など子供を作るためと家のことをさせるため、くらいにしか考えていなそうである。
まぁこの世界の男ならそれでも良いという男がゴマンといるのだが、俺は無しかな。
結局、この後一言の会話もなく、馬車はガタガタ言いながらセイラーズ商会へと向かった。
■□
□■
馬車が止まったのは、セイラーズ商会の一号店だった。
この店舗はゴールドフィールの街では一番大きくて歴史があり、一般の人がセイラーズ商会の店を思い浮かべた時に、真っ先に思い浮かぶ店舗である。
(え、まさか買い物に来ただけ……じゃないよな?)
セイラーズ商会に行くと言うから勝手にアリシアに会いに行くものと思っていたが、当然この店舗にアリシアはいない。
もしかしてアポイントを取りに来ただけなのか?と勝手に想像を進めていると、ファリスヒルテはずんずん店舗へと入っていく。
俺は慌ててその背中を追いかけた。
「いらっしゃいませ。あら、クリスティアーノ様?」
店に入ると、セイラーズ商会と言えばコレと言えるセーラー服を着た売り子が落ち着いた通る声で出迎えてくれた。
その女性は俺の顔見知りで、一号店の店長を任されている女性だった。
彼女が店に出ているのは珍しい。そして、ファリスヒルテにとってはとても運が良かったと言えるだろう。
一号店を任されていることからわかる通り、彼女はアリシアに認められた女性である。
セイラーズ商会の中でもアリシアに近いところにいて、彼女にアリシアへのアポイントを頼めば、すぐにアリシアへと伝えてくれることだろう。
いつ会えるかはアリシアの都合次第になってしまうが、半日か一日くらいの時間短縮が期待できると思われた。
「よろしいかしら?」
ファリスヒルテが俺と店長の間に入ってきた。
「わたくし、アルトファザンの領主、ファリスヒルテ・アルトファザンですわ。アリシアさんとお会いできるかしら? 」
「まぁ、アルトファザン様、セイラーズ商会へようこそ。……アリシア、というのは商会長のアリシア・クールウェアーのことでよろしいでしょうか?」
「もちろんですわ。できればすぐにお会いしたいのですけど?」
おいおい、無茶を言うなぁ。
俺はついつい呆れた目をファリスヒルテに向けてしまった。
「かしこまりました。すぐにご案内いたしますわ」
え?
店長の返答を聞いて、俺は店長へ驚きの目を向けていた。
すぐにご案内って、先日オリビアが言ってたことは何だったんだ?
まさか俺をパシラせるための巧妙な詐術だったのか!?
「アリシア様は現在別店舗にいらっしゃいます。すぐに馬車を用意させていただきますので、少々お待ちください」
「ここまで来るために使った家の馬車がありますから必要ありませんわ。場所だけ教えていただけます?」
「申し訳ありませんが、アリシア様のいる場所は重要な商談などを行う機密性の高い場所なのです。商談の内容を知られただけで大きな損失を出す可能性のあるお話などもあるため、ご案内できる方は選ばせていただいております。ご理解のほどをお願いいたします。すぐにご案内できるのはクリスティアーノ様とアルトファザン様だけとなります。いかがなさいますか?」
「別の場所で会うことは不可能かしら?」
「その場合ですと、アリシア様の予定の調整や場所の設定など、少々お時間を頂くことになると思われます。それでよろしければそちらの方向でアリシア様にお伝えさせていただきますが?」
「いえ……」
ファリスヒルテは小さく呟いてから、俺の方に探るような目を向けた。
アリシアと会うだけでいったい何をそんなに警戒しているんだろうか? アリシアなんて、ただのでっかい商会のトップってだけなのに。
それなのにこんな、クマのいる森に行くみたいに警戒して。ナルシーで自信家って言っても、案外かわいいもんである。
まぁ俺もジョブズやジェフ・ベゾスに会うなんて話になったら、生まれたての小鹿みたいに足をブルブル震わせることになりそうだが。
セイラーズ商会はさすがにあそこまでの大企業と比べられるほどではないけどな。
とりあえずフォローしてやるか。頼むと言われてるしな。
「大商会の会長を迎えたりする場所だから、むしろ危険はないと思うぞ? アリシアも他所の領主を危険に晒したりしないだろうし」
「………」
俺の言葉を聞いてファリスヒルテは少し考えるように視線を泳がせた後、店長に向き直った。
「ご案内をお願いしますわ」
「かしこまりました。馬車の準備はできておりますので、こちらへどうぞ」
すぐに案内するようになっても、改めても、どちらでも対応できるように、すでに動いていたらしい。
アリシアの信頼厚いさすがの店長である。
俺たちはセイラーズ商会の馬車に乗って、セイラーズ商会の本店へと向かうことになった。
ハイテク馬車ほどではないが、ほとんど揺れない。尻が痛くならなくて助かるわ。
■□
□■
「アルトファザン様、ようこそいらっしゃいました。アリシア様がお待ちですので中へどうぞ」
セイラーズ商会の本店に着くと、サテラが俺たちを出迎えた。
当然この間のような嘘吐きはおらず、ちゃんとした秘書をしている。
いつもこうしろと言いたい。
先導するサテラの背中に頭の中で文句を言っていると、道行がいつもと違うことに気づいた。
向かっているのはいつもの商談用の部屋ではなく、大人数を迎えるための区画だった。
それに気がついてさらに付いて行くと、辿り着いたのは大きな両開きのドアだった。
そこは年に数回パーティなどで使用される大ホールの入り口だった。
なんでこんなところに?、と俺が疑問に思っていると、サテラは両開きのドアを大きく開いた。
そこで待っていたのは/
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