22 対策会議
メルフィア・フィルドネイトが姿を消した。
昨日の夜、ディアフローテにメルフィアを見なかったかと聞かれて、そのことがわかった。
俺は詳しい話を聞きたかったが、ディアフローテは俺が見ていないと答えると、さっさと俺の前から離れて行ってしまった。
いったい何が起きたというのか。
今日俺は、一日中オリビアとアリシアの情報待ちで、屋敷でゆっくりとさせてもらっていた。
もらって、というか、領主館とセイラーズ商会に用がないと、行けるところがないだけなんだけどな。
昼過ぎにメルフィアが出かけた、という報告はもらったが、どこへ行ったという情報すら得ていなかった。
しかし、いなくなる、と聞くと、連想して思い出されるのが誘拐の話だ。
とはいえ、朝の訓練を見た感じだと、メルフィアをどうにかするのは生半可な実力では不可能だと思えた。
それこそディアフローテクラスの戦闘能力がなければ、拘束するのは難しいのではないだろうか。
それ以外の方法を考えるなら、数を揃えるか、不意を衝くか。
とにかく簡単にできることではないということだ。
まぁ、まだ連れ去られたと決まったわけではない現状、そんな考察をしてもしょうがない。
俺が考えなければいけないのは、この状況でどう動くべきか、だ。
さすがに放っておくという選択肢は選べない。
俺の領地で領主が消えたなんて事件は、誘拐を見逃していた失態と同レベルの大事である。
これでメルフィアが見つからなかった、なんてことになれば、俺の首一つで事態が収まるかどうか。
たぶん収まらないだろう。歴史に刻まれるほどの騒ぎになるに違いない。
「……なんでこんなことになってるんだよ」
ちょっと里帰りしてトラブルを解決するだけの簡単なお話だと思っていたのに、なんだこの状況。
ぐちゃぐちゃで解決の取っ掛かりも見えやしない。
頭痛くなってきたわ。
「………」
ふぅぅぅ。息を深く吐いて、無理やり落ち着く。
解けない難問を前にして、解けない、めんどくさいと愚痴っていてもしかたがない。
やらなきゃいけないなら、やるしかないのだ。グチグチ言っていても時間のムダでしかない。
まず難問に向き合う。そして考える。頭を働かせる。
そうしてはじめて解決策というのは浮かんでくるのだ。
問題に向き合わない者にはどんなに時間をかけたって解答が浮かぶことはないのである。
まぁ、そうは言っても、考えれば絶対に答えが見つかるとは限らないのだが。
それでも、答えを掴める可能性を持つのがどちらかは、考えるまでもなくわかることだろう。
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『クリスの屋敷・ある一室/ディアフローテ』
日が上って数時間が過ぎ、街が目を覚まして活気づき始める頃、その部屋は重苦しい空気に包まれていた。
一晩待ってみたが、結局メルフィアが屋敷へ戻ってくることはなかった。
はっきり言って、まったく想定していなかった事態だ。
相手は獲物だった。狩人の私たちは物陰に潜むそれらを見つけ出し、狩るだけ。そう考えていた。
獲物にとって、どこにいるかわからないというのは、大きなアドバンテージである。そのせいで私たちは捜索範囲を絞れなかったのだから。
人手が使えなかった私たちにとっては、そのアドバンテージがかなりの障害になっていたのが事実である。
だから獲物がそのアドバンテージを捨てるようなことをすることはない、はずだった。
こちらに手を出すということは存在を知らせるということなのだ。つまりアドバンテージを捨てるのと同じ意味を持っていた。
街中で、というのも、想定していなかった要因の一つだった。
街中ではどうしたって人目というものがある。それは悪事を行う人間にとっては最も避けたいモノの一つであるはずだった。
メルフィアだけじゃなく、私たちの誰に手を出しても、簡単に拘束されたりはしない。
メルフィアならば武器の一振りで周囲の敵を吹き飛ばすことが可能なはずだった。
そうなれば当然騒ぎになる。騒ぎになれば人の目に曝されることになる。
今まで潜んでいた獲物が、そうなる危険を冒してまでこちらに手を出してくる理由はないはずだった。
ない、と思っていたのだった。
「ここからはメルフィアに何かが起きたという前提で話をしましょう」
私の言葉にエリザベリィとファリスヒルテは静かに頷いた。
メルフィアを待つ間、私たちは色々な角度から話し合っていた。
メルフィアが連れ去られた場合。
メルフィア自身の意思で何らかの理由があって帰ってきていない場合。
何か突発的に起きた事態に巻き込まれて、帰れなくなった場合。
色々な方面から考えてみたものの、結局どんな理由があろうとも連絡も寄越さないというのは考えられないという結論に至った。
つまり連絡を寄越せないような事態にメルフィアが巻き込まれたのは確実だった。
そして、その話の中で最も考えなければいけなかったのは、セイラーズ商会についてだった。
この件にセイラーズ商会は関わっているか否か、である。
「やはり関わっていないとは思えませんわ。メルフィアさんがセイラーズ商会へ向かったのは確実なのですから」
「ですが商会へ向かう途中、もしくは帰る途中に何かがあった可能性もありますわ?」
「それはないとは言いませんけど、可能性は低いと思いますわ。街中で襲撃などして一切の痕跡を残さないなんてことは間違いなく不可能ですもの。襲撃があればメルフィアさんは対抗して、確実に騒ぎになったはずですわ。朝に少し調べただけとはいえ、そんな騒ぎがあったという情報が一切ないということは道中に何もなかったということの証明になりますわ」
「それはそうかもしれませんけど……けれどセイラーズ商会がメルフィアさんを連れ去る理由は何なのです?」
「そこまではさすがにわたくしも想像できませんわ。ディアフローテ様はどうお考えになっていますの?」
「私も考えていることは貴女たちお二人と同じですわ。セイラーズ商会が関わっている可能性は否定できませんが、やはり理由が思いつきません」
セイラーズ商会にメルフィアのことを問い合わせられれば良かったが、関わっている可能性を潰さないと、真実を見失ってしまう危険性があった。
今の状態では、来なかった、帰った、という解答を貰っても、こちらは納得することも疑うこともできないのである。
最悪の話、こちらが問い合わせることで証拠となる痕跡を消されてしまう可能性も考慮しなければならなかった。
最低でもセイラーズ商会の関与の有無を確定させねば、こちらの方針を立てるのも難しかった。
「ディアフローテ様、どうなさいますか?」
「そうですわね……まずは二手に分かれてセイラーズ商会の関与の有無を確定しますわ」
「関与の有無を確定? そんなことできますの?」
「二手のうち一方は今日これからメルフィアの移動経路を探ってもらいます。夜まで探って何も情報が出なければ商会の関与があったと確定して今後は動きます」
ファリスヒルテも言っていたが、移動中の襲撃なら騒ぎになって、それを目撃した者がいてもおかしくはない。
たとえ目撃者がいなくても状況証拠にしかならないが、このまま中途半端に考えていても時間を浪費するばかりになってしまうことになるだろう。
そんなことになってしまうのなら、状況証拠でも良いからまずは関与の有無を確定してしまった方が良かった。
「少々乱暴ではありませんか?」
「ええ、わかっています。ですからもう一方はメルフィアと同じようにセイラーズ商会へ向かいますわ」
「えっ?」
「これでメルフィアのように消えることになれば商会の関与を確定できるでしょう」
「それは……、でしたらわたくしたち三人で参りましょう!」
「いいえ。それだと商会が関与していなかった場合、メルフィアを連れ去った者に一日与えてしまうことになります。メルフィアを連れ去った目的はわかりませんが、あまり時間をかけるのは良くないでしょう」
「ですが……」
「ファリスヒルテ、心配しなくてもセイラーズ商会へは私が行きますわ」
「バカになさらないで! そんな心配はしていませんわ! ディアフローテ様に行かせるくらいなら、わたくしが行きますわ! 貴女は女王候補ですのよ!?」
「だからこそよ。危険の可能性があるからこそ女王候補である私が行くのです」
女王候補というのは守られるお姫様ではない。
国を創り、国民を守る、女王となる女性のことなのである。
危険を率先して受け止める者にこそ、その名を名乗る資格があるのである。
「認めませんわ! 危険の可能性がある場所にディアフローテ様を行かせて安全なところで待っているなど……あ、でしたらわたくしとディアフローテ様で行くというのはどうですの?」
「それではエリザベリィが一人になってしまうでしょう? 今後、理由のない一人行動は禁止とします。覚えておきなさい」
「こちらは三人なのですからどちらかが一人になるのはしかたがないではありませんか。それなら危険の可能性がある商会へ行く方を二人とするべきですわ」
「いいえ。ちゃんとどちらも二人行動にします」
「え? どちらも二人っていったい誰を……?」
「クリスティアーノ様に協力をお願いします。それで二人ずつに分かれます」
「クリスティアーノ様に協力を、と言われましても……あの方と行動を共にして何か意味がありますの?」
「数合わせにはなりますわ。一人でいるよりは襲撃する者も躊躇する、かもしれません」
「……頼りない話ですわね」
「心配しなくてもクリスティアーノ様とは私がペアになります。これならセイラーズ商会で何かあっても二人が残りますでしょう?」
「それならばわたくしがクリスティアーノ様と商会へ向かいます! わたくしとエリザベリィ様を残されても困りますわ。これは合理的な判断からの発言ですわよ?」
「………」
そう言われてしまうと、確かにファリスヒルテが行くのが合理的だった。
仮に私がいなくなった後、エリザベリィとファリスヒルテのどちらが行動を決めるのかという問題が出てくる。
立場で決めるならエリザベリィだが、正直に言ってしまうと彼女はまだ頼りない。
ならばファリスヒルテが指示をすれば良いだけだが、ファリスヒルテは立場が上であるエリザベリィに指示しづらいようだ。
二人になってしまってそれでは、解決できる事件も解決できなくなってしまうだろう。
(セイラーズ商会へ行くのをやめるべきかしら?)
一瞬考えたが、すぐに否定した。
商会の内か外か、同時に潰さなければ強い確信は得られない。
それを得るためには商会へ行ってみることが必要だった。
「……わかりました。ファリスヒルテ、セイラーズ商会へ行ってください」
「かしこまりました。考え直していただけて良かったですわ」
「十分に気をつけてくださいね? 何か兆候でもあればすぐに助けに行きますから」
「ええ。ですが襲われるかもしれない、と考えておけば、わたくしも簡単にやられたりしませんわ」
「メルフィアのことを忘れないで。メルフィアを拘束できる者がいるかもしれないということを」
「……そうですわね。気をつけますわ」
「そうしてください。ではまずはクリスティアーノ様に協力をお願いしに行きましょうか」
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