第19話 暑く静かな一日の終わり
『最後まで付き合ってくれてありがとうな』
助かったよ、と電話越しに宗佐が笑う。
珊瑚を家に送り届けて俺も自宅へと帰り、諸々を済ませた夜。
あとは寝るだけとなり携帯電話をいじっていると、宗佐からゲームの誘いが入ってきた。しばらく通話しつつゲームを進め、次第に雑談がメインになり始めた頃、宗佐が日中の事に対して改めて礼を告げて今に至る。
俺と珊瑚は口裏を合わせ、宗佐やおばさんに対しては『暑くて疲れたから涼しくなるまで休んでいた』と話を通しておいた。商業施設で適当に店を見て回り休憩して、日が落ち涼しくなるのを待ってから帰ってきた……。と、もちろん救護室なんて単語は口にしない。
宗佐もそれに対しては疑いを抱いていないようだ。
友人相手に嘘を吐く、と考えると些か後ろめたいが……。――いや、宗佐相手は別に後ろめたさは全く感じられないが、おばさんや宗佐の祖母に対しての後ろめたさがある――
なんにせよ、これ以上心配させたくないと悲痛な表情を浮かべる珊瑚を思い出せば、多少の罪悪感や後ろめたさなど気にならない。
「でも確かに、あの妹を前にしたらお前が心配するのも分かるな」
『だろ? でも事情が事情だから、『待ってる』とも言えなくてさ』
言ったところで珊瑚を追い詰めるだけだ。他でもない宗佐がそれに気付かないわけがない。
だからこそ宗佐は珊瑚を送り出し、そして携帯電話を握りしめて待っていたのだ。それしか出来ない宗佐もまたどうしようもないもどかしさと罪悪感を抱いているのだろう。
珊瑚も宗佐も、来年も同じように過ごすのだろうか。
珊瑚は亡き母を想い、そして亡き母を想う事に罪悪感を抱き。暑い日差しの中を遅い足取りで霊園へと向かう。
宗佐はそれを待つことしか出来ず、そして宗佐が待っていることもまた、珊瑚の中で罪悪感を募らせる……。
悪循環とはまさにこの事だ。だけど珊瑚も宗佐も、それどころかきっと芝浦家の誰だって、これを止めることは出来ないだろう。
いずれ珊瑚の気持ちが癒えたとしても、はたしてその日はいつ来るというのか。
まだ十七年しか生きていない俺には、その『いずれ』はあまりにも遠く感じられる。
それなら、せめて。
「俺が一緒に居れば、何か変わるかな……」
ポツリと呟くように出た俺の言葉に、電話口の宗佐が『え?』と声をあげた。
それを聞いて俺までも「え?」と間の抜けた声を返してしまうのは、自分自身で今の発言が信じられないからだ。
『健吾、どうした?』
「い、いや、ほら。お前が心配するのも尤もだなと思うし、だから来年以降も俺が着いていってやろうかなって。ほら、妹も多少は気が紛れるかもしれないしさ、おばさん達も少しは安心するだろ」
捲し立てるように話して乾いた笑いを浮かべる。
そんな俺のテンションに気圧されたのか、それとも俺の発言をさほど気に掛けてもいないのか、宗佐が『そっかー』と暢気な声で返事をした。
『気を使わせて悪いな』
「いや、別に……気にするなよ。それで、えっと……妹は今どうしてるんだ?」
『珊瑚か? 珊瑚ならもう寝たと思う。俺の部屋から部屋の窓が見えるんだけど、電気が消えてる。明日は何の予定も入れてないって言ってたから、家でゆっくり休むつもりなんだろ』
「そうか、それなら平気だな」
良かった……と思わず安堵してしまう。
だがいったい何が良かったのか、どうして俺はここまで安堵しているのか。
珊瑚の体調も回復したようで、自室で休んでいるというのが良かったのか?
それとも、先程の俺の発言を言及されなくて良かったのか?
自分自身でよく分からない。
「とにかく、せっかく家に居るなら二人で宿題でもしたらどうだ」
『そういえば、そろそろプールだな。いやぁ楽しみだ!』
「……お前、本当に今年は助けてやらないからな」
『おーっと、ここで突然の眠気が。やっぱり睡眠は大事だよな、おやすみ! 今日はありがとな!!』
よっぽどこの話題が嫌なのか、宗佐が無理やりに通話を終わらせた。ぶつっと響く強引な音から必死さが窺える。
それほど宿題の話をしたくないのだろう。これはきっと今年も夏休み最後に駆け込んでくるだろうな。
絶対に応じるものか。
そう己に誓い、携帯電話をベッドに放り投げて続くように横になった。
深く息を吐けば、今日一日の疲労が一気に襲ってくる。
それと同時に思い出されるのが、日中見た珊瑚の表情。
時に気まずそうに視線を泳がせ、時に苦しそうに溜息を吐く。
墓参りに対して抱く罪悪感を吐露する時は今にも泣き出しそうなほどに弱々しかった。ぐったりと俺に身を寄せ、朦朧とした意識でおぼろげな返答をするあの辛そうな表情。
そして宗佐には話さないでくれと、視線で訴えるあの不安げな顔……。
救護室で休むことになってもなお宗佐には心配をかけさせまいとしていた。きっと明日も、宗佐が心配するからと一日家に居て一緒に過ごすのだろう。
いつだって、自分が辛い時だって、、珊瑚が気にするのは宗佐のことだ。
宗佐には言えないから、頼れないから、心配させるから、だから一人で抱え込んでいる。
……俺が隣に居ても。
支えるのも、寄り添うのも、俺じゃ駄目なのか。
「……ん?」
自分の胸の内に沸いた靄に気付き、上半身を起こして首を傾げた。
なんだか今おかしなことを考えた気がする。なんとも言えないもどかしさがあった。
「何を考えてるんだ、俺は。あいつにとって宗佐が特別なんて分かりきってるじゃないか」
馬鹿なことを、と自分自身で吐き捨てる。
宗佐が珊瑚を大事に思うように、珊瑚もまた宗佐を何より大事に思っている。
以前に訴えていた異性としても勿論だが、妹としても兄を慕っている。宗佐が自分を心配していると分かって、だからこそこれ以上心配させるまいと必死になっているのだ。
異性としても家族としても、珊瑚にとって宗佐は特別な存在。
月見にとって宗佐が特別で、俺が『クラスメイト』でしかないように。
桐生先輩にとって宗佐が特別で、俺が『後輩』でしかないように。
珊瑚にとっても宗佐は特別で、そして俺は『兄の友人』でしかないのだ。
そんなこと分かりきっている。
今まで深く考えることもなく、当たり前のように受け入れていたじゃないか。
……なのに、
「なんか、こう……釈然としないなぁ」
なんとも言えない気分だ。
だが何故そんな気分になるのかもわからない。
「自分のことながらわけが分からない。よし、もう寝よう!」
こういう時は寝るに限る。
そう考え、部屋の電気を消すと共に再びベッドに横になった。
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