第8話 危険区域、水着売り場

 


 水着は終業式の後に買いに行くことになった。

 場所は電車に乗って数駅いった先にある大型ショッピングモール。この時期は広いエリアを使って水着を販売しており、モールも内も全体的に夏仕様に飾られている。


 フードコートで昼食を済ませ、水着販売のエリアへと向い……、

 その華やかさな光景に、俺と宗佐は思わず足を止めてしまった。


 なにせ所狭しと女性用の水着が並べられているのだ。

 大半はラックに掛けて並べられ、一部はマネキンが着用している。実際に着用している女性が映ったポスターや看板もある。

 女性用の水着は形やデザインが様々で、加えてサイズも分かれている。その分だけ用意されてるのだから、目の前の光景は当然と言えば当然なのだが……。


「なぁ宗佐、俺達はもしかしたらとんでもない状況にいるのかもしれないな」

「奇遇だな、俺も今それに気付いたところだ。とりあえず俺達の水着を選びに行こう!」

「そうだな!」


 ひとまず女性用エリアから撤退しよう! と棚を眺める女性陣に一言かけてそそくさと移動する。

 情けないと言うなかれ。あのエリアは居るだけで圧が掛かるのだ。



 試着コーナーを抜けて男性用水着のエリアへと逃げる。そこは一回りどころか二回り近く狭く、飾り付けはあるが華やかさは些か劣る。

 色鮮やかでデザイン性に溢れた女性用の水着と比べ、男用の水着は形もどれも似たり寄ったりでデザインもさほど変わりなく、つまり商品が並んでいても今一つ華がないのだ。

 楽しそうにはしゃぎながら選ぶ女性客と違い男性客も盛り上がる様子なく、適当に二つ三つ取って見比べているだけ。


 はっきり言って覇気がない。

 そしてそれが、今の俺達にはどうしようもなく居心地好く感じられた。


「とりあえず自分達のを選ぶか」


 向こうに戻るかどうかはその後に決めよう。そう俺が提案すれば、宗佐が頷いて同意を示してきた。



 もっとも、俺も宗佐も水着に対して拘りなど無く、共通して『無難な水着ならなんでも』という軽すぎる考えしか持っていない。

 おかげで十分程度で買物は済んでしまい、早々にどうしたものかと顔を見合わせる羽目になった。


「どうする、宗佐。とりあえず向こうに戻るか」

「……そうだな。ここに居ても埒が明かないし、覚悟を決めよう」


 いくら向こうのエリアに行くのが恥ずかしいと言っても、別行動をしていては意味がない。一緒にと誘ってくれた彼女達の気持ちを無下にする事になる。思い返せば彼女達は異性の意見が欲しいと言っていたのだ。――異性のというよりは意見なのだろうが、それはさておき――

 そう考えて覚悟を決めたのだが、


「俺は兄として、珊瑚がどんな水着を選ぶのかを見守る義務があるからな。そう、兄として、水着を一緒に選んでやらねばならないんだ! 兄だからな!」


 と、早々と宗佐が裏切ってきた。


「ずるいぞ宗佐。俺だって妹が水着を選ぶのを見守る義務がある」

「それは無い、普通に無い。珊瑚は俺の妹だ」

「よし分かった、半日俺の弟を貸してやろう。甥でも良いぞ。中学生から赤ん坊まで選り取り見取りだ」


 だからここは……と譲歩案を提示すれば、宗佐が「珊瑚に代わる存在は居ない!」と断言してきた。

 さすがシスコンである。

 そのうえやたらと兄であることを強調しながら向こうのエリアへと行こうとするのだ。なんて卑怯なのか……。



 ◆◆◆



「……そういうわけで、俺にも見守る義務があると思うんだが」

「無いですね!」


 俺の話を、珊瑚がきっぱりと断言してくる。これぞ一刀両断というものか。

 それに対して唸れば、彼女はニヤニヤと笑いながら俺を見上げてきた。居心地悪く落ち着かない俺の態度が楽しいのだろう。相変わらず生意気で年上への敬意が感じられないが、今の落ち着きない俺に敬意を抱けというのも無理なのかもしれない。

 しかしこの即答ぶりも、それどころか宗佐と並んで楽しそうに俺を見てくる表情も、血が繋がっていないのが嘘のようにそっくりではないか。


「宗佐、お前だってさっきまで居心地悪そうにしてただろ。妹が近くに来たら途端に冷静になりやがって」

「当然だろ。今の俺は珊瑚の兄。小学生の時は毎年俺が水着を選んでたんだから、居心地の悪さより兄の使命感が勝って当然だ」


 先程の落ち着きの無さが嘘のように今の宗佐は落ち着き払っている。シスコンモードに切り替わった宗佐は強い。『珊瑚のため』と考えが一本化するのだ。

 もっとも、兄として真面目な表情をしていたのも一瞬だけ。試着ブースの一つから「珊瑚ちゃん、そこにいる?」という声を聞いた瞬間、途端に慌てだした。


 この声は月見だ。

 ブースの一つを覆っていたカーテンが軽い音と共に開けられる。


「白だと太って見えちゃうかなぁ。でもあんまり濃い色だと派手すぎるよね。……えっ、し、芝浦君!?」


 待っているのは珊瑚だけだと思って油断していたのか、月見が水着姿の己を見下ろしつつ話し……そして顔を上げるや俺達が――というか宗佐が――いることに驚いて声をあげた。

 途端に真っ赤になってカーテンに隠れてしまう。


「芝浦君……。それに敷島君も。も、戻ってきてたんだね。水着は買えたの?」

「う、うん。男の水着は選ぶほど選択肢が無いから。それに比べて、やっぱり女の子の水着は華やかだよね。俺、小学校の時は毎年珊瑚の水着を一緒に選んでたんだけど、飾りも多いし、選びがいがあって良いなと思ってたんだ」

「そうなんだ。芝浦君、優しいんだね。女の子の水着って小さい子のものでも可愛いもんね。さっきあっちに猫の柄の水着があって、猫の耳が着いた麦わら帽子とセットで凄く可愛かったんだよ」


 宗佐と月見は誰が見るからに真っ赤で、尚且つ話もしどろもどろだ。

 お互い早口気味で本題とは別の話題を持ち出すのは、それほどまでに動揺しているからだろう。

 月見は不意打ちで宗佐に水着姿を見られた事への動揺。そして宗佐は月見の水着姿を前にしての動揺。

 相変わらず分かりやすい光景に、俺は毎度の事だと呆れ……、はせず、宗佐達ほどではないとはいえ動揺を押し隠すように顔を背けていた。


 いや、だってあれはやばい……。

 男ならば誰だって、月見の水着姿を直視して落ち着いてなどいられるわけがない。


 だというのに、


「芝浦君と敷島君、戻ってきたのね。ちょうど良かった、見て欲しかったの。ねぇどうかしら?」


 と、隣のブースから覚えのある声が聞こえ、次いでサッと躊躇いなくカーテンが捲られた。





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