川口直人 86
あの強気な常盤恵利が電話越しで悲しげに泣いている…。だが、それでも俺の心は少しも動揺することは無かった。
「…いくら泣かれても駄目だ。僕は君には最初から何も興味が無かったし…結婚生活なんか描く事も出来なかった」
『何よそれっ!よくも…泣いている人間の前でそんな冷たいこと言えるわねっ!酷いじゃないのよっ!』
「酷い?君がそんな事を言える立場なのか?無理やり俺と恋人を引き離しておきながら。それだけじゃない。恋人は俺の為に…大人しく身を引いてくれたのに君はわざわざ彼女を尋ねて、俺のマンションの部屋の鍵を取り返した。それに手切れ金として金まで渡そうとしただろう?」
『…その話、全部あの女の幼馴染の男から聞いたのね…?』
涙混じりの声で常盤恵利が言う。
「そうだ。兎に角…そんな君に冷たい人間と言われたくないね」
『な、なら…もっと凄い話教えてあげるわよっ!いい?私はね…貴方があの女に渡したホテルのチケットを…取り上げてやったわっ!それだけじゃない。あたかも貴方と一緒にホテルに泊まった様に見せかけたメールを送ってやったわよっ!』
まるで自暴自棄のように叫ぶ常盤恵利の言葉に全身の血が引く。
「な、何だって…?そんな真似をしたのか…?鈴音に…?」
『ええ、そうよ!でも…こんな真似をさせたのは…すべて直人っ!貴方のせいよっ!』
その言葉に耳を疑う。
「何だって?何故俺のせいになるんだ?」
『そうでしょうっ?!直人が…直人がいつまでも私の事を顧みないから…だ、だからあの女に嫌がらせをしたのよ…』
電話口では常盤恵利のすすり泣く声が聞こえている。…本当に愚かな女だ。
「兎に角…君とはもう終わりだ。二度と連絡もしないし、会うことはない。結婚式場だって、招待状だって君が勝手にやったことだろう?俺には関係ない。勝手にどうとでもしてくれ」
自分でもここまで冷たい事を言えると人間とは思えなかったが、不思議と罪悪感のような物は一切感じる事は無かった。
『わ、分かったわよ…そ、そこまで言うなら…わ、別れてあげるわ…。どうせ…直人の心はあの鈴音って女の物なんだから…』
「…」
俺は黙って常盤恵利の話を聞いていた。
『何よ…もう、私とは口も聞きたくないってわけ…?』
「別に、そういうわけじゃない」
『別れる代わりに…条件があるわ…。結婚の話は延期になった様に…カモフラージュするように協力しなさいよ…。2人のスケジュールが合わなくて、今は式を挙げられなくなったことにすれば…世間も納得するでしょう?半年もあれば…ほとぼりも覚めるだろうし…その頃に正式に婚約話が破綻したことにして頂戴よ…。結婚まで決まめていたのに、全てを無かった事にするのなら…それ位の誠意を見せてもいいんじゃないの…?』
半年後に正式に…常盤恵利と婚約破棄をする…。
「その間…もう君とは会わなくていいんだろうな…?」
『…!』
常盤恵利の息を飲む気配を感じた。
「どうなんだ?答えてくれ」
『わ、分かったわよ…。こ、この電話で…もう最後にするわよ…』
再び常盤恵利がすすり泣きを始めた。
「なら、いい。さよなら」
それだけ言うと、俺は電話を切った―。
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