川口直人 64
午前10時―
あれから4日が経過していた。結局俺はもう鈴音に連絡する事をやめてしまった。それは毎日常盤恵利からスマホチェックを受けるようになってしまったからだ。こんな状態では電話をかけるなど、到底無理だった。
そして今…俺は全ての荷物を運び出し、がらんどうになってしまったマンションにひとりでいた。
既に荷物は実家近くで賃貸マンションを借り、そこに全て送ってある。
今、ここで俺が残っているのは最後、鈴音に別れのメッセージを残すためだ。
出窓に部分にスタンドにスマホをセットすると映り具合を確認する。
「…よし、こんなものか…」
そして俺はこれから鈴音に残す最後の動画メッセージを撮影し始めた―。
「…」
画像の録画を終えると涙を袖で拭った。俺はどんなに拒絶しても2月にはあの女と結婚しなければならない。それが決定したのは昨夜の事だった。もう自分が逃げることが出来ない立場に追いやられている事を悟った。そこで鈴音に動画を残そうと思ったのだ。
いずれにしろ鈴音は遅かれ早かれ、異常な事態に気付くだろう。そしてこの部屋に入ってくるはずだ。荷物が全て消え失せているこの部屋を目にした時…鈴音はどう感じるだろう?俺の事を憎むだろうか?それとも忘れようとするだろうか?俺は…出来れば鈴音には一生憎まれたい。そうすればいつまでも鈴音の心の中に俺の記憶が刻まれるだろうから…。どんなに憎まれても忘れて貰いたくなかった。
それほどまでに俺は鈴音の事を愛していた。
「鈴音…。ごめん…鈴音…」
俺は誰もいない部屋で暫くの間、鈴音を思って泣き続けた―。
*****
動画を撮影してから数日後のある夜の出来事だった。
トゥルルルル…
突然俺の電話が新居のマンションに響き渡った。スマホを手にした俺は目を見開いた。ついに…待ち望んでいた電話がかかってきたのだ。
「もしもし…」
俺は緊張する面持ちで電話に出た。すると…。
『お前…鈴音に何てことしてくれたんだよっ!』
その電話はあいつ…鈴音の幼馴染からだった。そうか…。やはり鈴音と一緒にマンションへ行ったのか…。
「ごめん…分かっている。だけど、電話くれて良かった…。実は待っていたんだよ」
『え…?お前…一体何言ってるんだよ…?』
電話口であいつは珍しく戸惑った様子で尋ねてきた。
「今から俺の身に何があったか全て話すから…どうか鈴音には何も言わないでくれないか?」
『どういう事だよ…』
「あまり細かいことは話せない。だから外で会えないか?なるべく早めに都合をつけてくれると助かる」
『俺の勤務地は新宿だ。明日なら直帰出来る』
「分かった、なら明日19時。新宿西口の改札前で待ち合わせ出来るか?」
『ああ、いいぜ。ただし…わざわざ外で会うんだ。洗いざらい全て白状して貰うからな』
「勿論だ。それじゃ明日」
そして俺は受話器を切った―。
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