川口直人 61
「はい。これ渡しておくわ」
アルコールを飲んでいると、テーブルの上にスマホを置かれた。
「これは…?スマホ…?」
「ええ、そうよ。私からのプレゼント。今度からこれを使って頂戴。今迄使っているのは解約するのよ」
「解約だってっ?!何故そんな事を!」
驚いて常盤恵利を見た。
「何故そんな事?当然じゃない。元恋人と一切連絡を取らせないためよ」
クイッとアルコールを飲みながら言われてしまった。
「その言い方だと、電話番号もアドレスも一切使えなくさせるって事か?」
「ええ。そうよ。フリーメールアドレスを使っているなら変更して頂戴」
「いきなりすぐにそんな事出来るはずないだろう?それでは知り合いにも一斉に連絡を取らせないつもりか?いくら何でもそんな事は認めないぞ。彼女からの番号とアドレスを着信拒否にするだけじゃ駄目なのか?」
「彼女なんて言わないで頂戴っ!今の直人の彼女であり…婚約者はこの私なのよ!」
常盤恵利はヒステリックに喚いた。
「…っ!」
何て女なんだ…?
「もし次に元恋人の事を彼女と言ったら…ただでは済まないわよ?」
「…わ、分かった…。だけどいきないり解約だけは勘弁してくれ。1周間以内には必ず解約するから…。疑うなら誓約書を書いてもいい。頼む」
常盤恵利に頭を下げた。
「…分かったわ。なら1周間待ってあげる」
そして常盤恵利はグラスを一気にあおった―。
****
「ありがとう、わざわざ送ってくれて」
都内のタワーマンションにタクシーで送り届けると礼を述べてきた。
「…ああ」
タクシーの中で返事をすると、常盤恵利が言った。
「何しての?直人も下りるのよ」
「え?だが俺は家に…」
「私の言うことが聞けないと言うの?」
眉を釣り上げてくる。
「分かったよ…降りればいいんだろう?」
ため息をつくとカード払いでタクシー代を支払うと、渋々タクシーを降りた。
するとすぐにタクシーは走り去っていく。あれに乗ってそのまま帰りたかったのに…。思わずため息をつくと、常盤恵利を見た。
「どういうつもり何だ?俺をタクシーから下ろすなんて」
「どういうつもりも何もないわよ。私のマンションにいらっしゃいよ」
「…断る」
「何ですって?」
「悪いが行くつもりはない。俺はもうここで帰らせて貰う」
「な、直人…っ!」
常盤恵利の顔色が青ざめる。
「けじめをつけたいんだ。結婚するまでは外でしか会わない。…変に常盤社長に目をつけられたくないんでね」
本当はこの女の住むマンションに等行きたくなかったからだが、そこは言わない。
「ふん…真面目なのね。分かったわ、ここまででいいわ。なら…別れのキスくらいしましょうよ」
そう言うと、常盤恵利は目を閉じ、顔を上に向けた。
この女にキスだって?冗談じゃない。
「それも断る」
「な、何ですってっ?!どうしてよっ!」
「だからさっきと同じ理由だ。けじめをつけたいと言っただろう?」
「わ、分かったわ…だったらも知らないわっ!また明日必ず連絡入れなさいよっ!」
常盤恵利は憎々し気に俺を睨みつけると、タワーマンションへと入って行った。
「…全く、何て傲慢な女だ…」
ため息をつくと、俺は駅目指して歩き出した。あんな女のマンションにも行きたくなかったし、触れたくも無い。
俺は駅を目指して歩き始めた。
だが、俺の取ったこの一連の行動が、常盤恵利の恨みを買い…その恨みが鈴音に向かわせる事になるとはこの時の俺は思ってもいなかった―。
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