第19章 11 私だったら…

 午後6時―


 この日はいつもより代理店を訪れるお客は少なかった。なので定時であがれた。


「お疲れさまでした」


社員の人達に挨拶をして帰りかけた時、井上君に呼び止められた。


「加藤さん」


「何?」


「あ、あのさ…」


「?」


「夜…メールするから・・あ、いや。電話入れるからさ。新年会の事で」


「う、うん…?」


「そ、それじゃお疲れ!」


「うん。お疲れ様…」


今のは一体何だったんだろう?私は首を傾げながらロッカールームへ向かった―。



 制服から私服に着替えて、お店の社員用通用口から出るとスマホを確認した。するとお姉ちゃんからメールが入っていた。え?お姉ちゃん…?どうかしたのかな?スマホをタップして、メッセージを開いた。


『鈴音ちゃん。実家に帽子忘れていってるわよ。連絡頂戴』


「帽子…あ、そうか。持って行ってたんだっけ」


私はすぐにスマホをタップしてお姉ちゃんに電話を掛けた。


ピッ


トゥルルルルル…

トゥルルルルル…


『もしもし?』


「あ、お姉ちゃん。この間は色々ありがとう」


『何言ってるの?当然でしょう?それで鈴音ちゃん。ニットの帽子を忘れていってるけど…』


「うん。そうみたいだね。実は忘れて帰った事自体、忘れていたの」


『何、それ?』


電話越しでお姉ちゃんがクスクス笑っている声が聞こえた。


「それで帽子なんだけど、今度のお休みの日に取りに行くから置いておいてもらえる?」


『え?それでいいの?明日から凄く冷え込んで雪が降るかもしれないってニュースで言ってるわよ?』


「うん、大丈夫だよ」


『そう?分かったわ。ところで鈴音ちゃん、もう仕事は終わったの?』


「うん、今日は早番だったし、お店に来るお客さんが少なかったから今から帰るところだよ」


『そう、分かったわ。それじゃ気をつけて帰ってね。またね、鈴音ちゃん』


「うん、またね」


ピッ


スマホを切ると、私は自転車を取りに行った―。



****


 18時半―


「ただいま〜」


誰もいないマンションへ帰ると、壁についているスイッチを押して明かりをつける。


「う〜寒かった…」


ハーハー手に息を掛けながら、部屋の中に置いてあるエアコンのリモコンに手を伸ばして、早速電源を入れる。その後に上着を脱ぐとフックに掛けて洗面台へ向かった。



 手を洗ってキッチンへ向かうと早速冷蔵庫を開けて、お姉ちゃんが詰めてくれたおせちが入ったタッパと、作ってくれた煮物を取り出して煮物はレンジで温めた。


ピーピー


レンジが温まり、火傷しないように慎重に取り出すとお盆の上におせちと煮物を乗せて部屋へと運んだ。そしてテレビをつけるとパチンと手を合わせた。


「いただきまーす」


そして私はお一人様おせちで夜ご飯を食べ始めた。


「うわっ!この里芋おいし〜」


お姉ちゃんの煮物は絶品だった。お姉ちゃんは料理が上手だから、亮平は幸せものかも知れない。

テレビではバラエティ番組をやっている。その番組を見ながら私は全く別の事を考えていた。それにしても…2人は何月頃式を挙げるんだろう?私に報告はいつしてくれるのかな…?そんな風に思いながら、私は1人置いてけぼりをされているような感覚になり、妙に寂しさを覚えた。


パクリ


大好きな黒豆を口に入れ…私はため息をついた―。



****


 22時―


お風呂から上がって、PCでネット配信ドラマを観ていると不意にスマホに着信が入ってきた。スマホを手繰り寄せると着信相手は井上君だった。


ピッ


スマホをタップして電話を受けた。


「もしもし、井上君?」


『ごめん。夜遅くに』


「いいよ。普通に起きてたから」


『今忙しい?』


「ううん、ネットでドラマ観てただけだから大丈夫だよ?」


『そっか、なら良かった。それで、新年会の会場と場所なんだけど…』


井上君は場所と予算の説明を始め、私は相槌を打ちながら聞いた。でも、これって…メールで送ってもらった方がいいんじゃないかな?だから井上君の説明が終わると言った。


「ねぇ、井上君」


『な、何?』


「悪いけど、今の内容…メールでもう一度送っておいて貰える?」


『あ、ああ…そうだね。…最初からメールにしとけば良かったかな?』


何故か元気ない声が聞こえてくる。


「え?別にどっちも良かったと思うよ?」


『それじゃ、後でメール送っておくよ。それじゃまた』


「うん、またね」


ピッ


そして電話を切ると、私は結婚式を紹介するHPを開いた。


「私だったら…自然に囲まれた教会で結婚式を挙げたいな…」


ポツリと呟いた―。

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