Night tale

香原 翼

第 話 この物語の始まりには魔法が出てこない

 .それは必然だったのだ

――殲滅する。


 俺は、その喉元に容赦なく刃を突きつけた。

 その切先からは、異様な冷気が漏れ出している。

 神秘の力――魔法によって鍛えられている証拠だ。


「『おい、どうした!? 返事しろ!』」

「あっ……ああ……」


 取り乱す標的の素直な反応に、俺はにっこりと微笑んでみせた。


「大学部の学生が何してるんだ? それ、爆破用の魔法陣だよな。

 今日があの爆破テロ事件から十三年ってのにかけた冗談とか? とんだセンスだな」


『オズ魔法理化学研究所まほうりかがくけんきゅうじょ爆破テロ事件』

 それは十三年前のこの日に起きた。


 標的になったのは、その名の通りオズ魔法理化学研究所及び附属病院である。

 その施設で行われる先進的な魔法の研究は、治療は、都の叡智の結晶だった。

 そんな都屈指の魔法機関を襲ったのは、反政府組織『翼東修道会よくとうしゅうどうかい』。


 奴等は都の発展に大きな打撃を与えた。

 その上、罪なき多くの命を奪った。


 この事件に置いて、生存者は片手で足りるほどの人数だった。

 そんな中、犯人に関する目撃情報がたった一件あったのは奇跡だろう。


 犯人は、未だ逃亡中である。

 故に皆、未だに恐れている。


 鉄壁の守りを誇るあのオズ研を完膚なきまでに粉砕した。

 その人物を。その組織を。


 再び、世界が悪に支配されてしまうことを。


 ――殲滅する。


「この向こう、『空の教会』だぞ? 大昔、『翼東修道会』の総本山だった。

 取り返せって指示でもでたのか?」


 答えの代わりに、切り込んできた。


「素人の動きだな」

「ひっ――うぐッ」


 一瞬で間合いに入り、その首を容赦なく抑え込む。そして――


ザクッ!


 七三に分けられた赤い髪。

 そこから覗く真っ白な額に躊躇なくナイフを突き刺す。


 男は、あっけなく倒れ込んだ。


「……あーあ」


 予想外の出来事に頬を掻いていたところ、魔力弾が飛んできた。

 上下左右に身を揺らし、最小限の動きで難なくかわす。


「……」


 敵は二人。振り返った俺の前に現れた途端、一歩で間合いを詰めてきた。


 一人は体術が得意らしい。近距離で切り込んでくる。

 もう一人は距離を保っての援護射撃。

 発射される魔力弾には、意外と、弾速がある。

 背後を取られなければそうそう撃って来ないだろうが、時間を与えれば削られる可能性は高まる。


「まあまあ鍛えてるらしいな」


 体術使いを応戦しつつ、ジリジリ後退する。

 敵の口元は楽しげだった。


 そりゃそうだ。伝説の『守護石』を警守するイーストウッド魔法学校の『番人』といわれる俺を、やり込めているのだから。


 俺の放った魔力弾が、全く見当違いな場所へ飛んでいく。


「『パンドラ』に幸あれ!」


 狂った目で唾を撒き散らしながら、その傭兵が飛び上がった。


 でもな。


「甘いんだよ」


 誘導は楽勝だった。

 打たせてやってるのに気づかない連中なら、組織の末端だな。


 一気に間合いを詰めてきた敵。その鳩尾に一発、蹴りをお見舞いする。


 予想以上に綺麗に決まって、敵はあっけなく倒れ込んだ。


 すかさず、背後の狙撃手が発砲したらしい。


 ――ギィィンン!!


 それとは別に、鉄と鉄が擦り合わさったような不快な音が響いた。


「アウェイで試合するんだ。仕掛けくらい警戒しとけよ」


 襲撃に備え、前々から仕込んであった魔法陣。

 俺の魔力を送り込むと術が起動する仕組みになっている。

 見当違いな場所への発砲は、その為だった。


 あっという間に『凍結』の呪文が敵を封じて、弾丸にもなれなかった中途半端な魔力の塊が、風に吹かれて塵と化す。


 動きの止まった二つの肉体を見下ろす。霜が降りていた。


「……」


 学生服の襟元を持つ。


「こちら氷磨ヒョウマ。『空の教会』前。任務完了」


 学生服の首元に止められたバッチは、通信機の役割も担う、特殊な魔法具だった。


 月明かりに照らされて、枝の模様が浮き上がる。

 イーストウッド魔法学校の『特待生』を意味する紋様だ。


「さてと」


 その屍をこえて、教会の前に倒れ込んだ学生の首ねっこを掴む。


「……刺したフリだっつーのに」


 最初に倒れた大学生は、白目をむいていた。完全に伸びている。

 額は若干赤くなっているが、刃を消したナイフで刺されたって、死ぬわけがない。


「逃げたら逃げたでよかったんだけど」


 びびって失神って。最近の学生ってノリとかでテロリストに手を貸したりするのか?


「花の香り?」


 その学生からは知らない臭いがした。

 花の香とは言ったものの、なんというか反自然的な、独特で、鼻を突くような香り。


 ――その、刹那。


 襲い来る不自然な感覚に、俺はその場を後にした。


 家の横を通り過ぎ、舗装されていない砂利道を駆け上がった。


 唐突に、視界が開ける。



 ――ザァァァァアア……。



 風に吹かれながら、俺は今、草原が広がるエメラルド色の丘の上に立っていた。


 天空に雲が現れ、その光の範囲をある一点へと絞り込んでいく。

 その神秘的な導きへ誘われ、俺はその場所を目指して駆け寄った。



 そこには、月が眠っていた。


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