Dragons' Heaven-04


 ≪君達はその人達の仲間じゃないのかい? ドラゴンの血かどうかは分からないけれど、あの人達とも会話が出来たよ≫


「そんな人は……3人しか知らない。名前はエゴール、アマン、フューゼン」


 ≪んー、聞いた事がないかなあ≫


「その人達はどこにいるの?」


 ≪どこって、出会った事があるだけさ≫


 シードラは海以外の事をほとんど知らない。地名を聞いても地図で示されても、陸の上を想像すらした事がなかった。ドナートの手に渡り、遠くへ運ばれている最中であっても、景色は殆ど見ていない。


「そういえば、あなたはなぜその大きさなんだ? 本来はもっと大きかったはずだ」


 ≪本来はね。あと何百年かすれば、おれだって成獣と変わらない大きさになれるさ≫


「えー? じゃあ赤ちゃんなの!?」


 バロンが思った事を素直に口に出してしまい、シードラが少しムッとする。バロンは慌ててシードラを抱え上げ、ごめんなさいと言って頭を撫でた。


 ≪……君、あの家の野蛮な幼体と随分違うね。あいつは気に入らなかったらすぐにぶつんだ。おれはまだ成獣じゃないけれど、君よりは長く生きているさ≫


「何歳?」


「人のいう年齢とやらは分からない。海上が霧で覆われた時、おれは気分が悪くなった。そのまま潮に流されて、人に捕らえられた。それから随分経つと思う」


「少なくとも150歳以上、か。バロン、150歳の赤ちゃんはいない。俺達よりうんと先輩だ」


「うん、分かった。もっと大きくなれるなんてすごいね」


 今度はバロンの褒め方が気に入ったのか、シードラは満更でもない様子だ。前足が浮くほど首をピンと伸ばし、誇らしげに胸を張る。


 ≪成獣になれば島より大きいくらいさ! あのラヴァニさんとやらも、成獣になれば勇ましいのだろうね≫


「ラヴァニは人の作った機械で小さくなってるだけだ。封印を解けば俺達2人を背に乗せて空を飛べる。1000歳は超えていると思うよ」


 ≪おっと。幼獣同士で仲良くしようなんて言わなくて良かった≫


 バロンはシードラのためにバケツの海水を小さい方の浴槽に入れてやり、シードラを連れていく。シードラとは離れていても意思の疎通を図ることが出来る。浴室から見えなくても、互いの会話に不都合はない。


「俺達も風呂に入ろうか。もう1つあるぞ」


「なんかブクブクがジャーって出てるよ? これお風呂?」


「風呂場って書いてんだから、風呂だろ」


 ヴィセもバロンも、ジャグジーバスなど存在すら知らない。簡単に体を洗った後、おそるおそる手を入れ、つま先を少しだけ浸し、ゆっくりと体を沈めていく。


「これ面白い! ブクブクのせいで足とかなーんにも見えない!」


「金持ちの考える事って、分かんねえなあ……」


 大人が5,6人入ってもまだ余裕がある広さは、ナンイエートやブロヴニク地区の温泉のようだ。沈んだら誰にも見えない、これなら股間を隠さなくても大丈夫だと、バロンは嬉しそうにはしゃぐ。


 しかし、いつもなら嫌そうにしながらもされるがままのラヴァニがいない。こんな時、ラヴァニは「我は濡れたくない、よせ」と言いながら、最終的に泳いでみせるのだ。


 バロンは「ラヴァニがいたらなあ」としきりにため息をこぼす。風呂から上がっても、ラヴァニからの連絡はない。


 ヴィセもバロンもせっかくの豪華な部屋に泊まり、初めて食べるような豪華な食事を出されているのに、どこかうわの空で楽しくない。


 ビヨルカの家の位置は、ヴィセ達が泊まるホテルから見下ろすことが出来る。8階の部屋の南、通りを2つ挟んだ先だ。ヴィセもバロンも気が付けばそちらばかり見ていた。


 ≪なんだかすまないね。君たちを巻き込んでしまった。でもあの場所からなんとかして抜け出さないといけなかった≫


「いや、俺達も出会えて幸運だった。色々教えて欲しい事があるんだ。協力して欲しい事も」


 ≪もちろんだよ。あの場所から助け出してくれたんだから、君たちの恩には何も惜しまない≫


「シードラは絶対返さないけど、ラヴァニが戻って来ないのやだ、ラヴァニ、何かあったのかな」


 バロンがあまりにもしょんぼりするため、シードラは居た堪れなくなったらしい。風呂場から這い出てマットの上で体を拭き、オットセイのように腹ばいでバロンの傍へ歩み寄る。


 もちろん、ヴィセ達はオットセイを知らないが。


 ≪ラヴァニさんは、君達ととても強い繋がりを持っているんだね≫


「だって、俺達の仲間だもん」


 ≪仲間、うん。いい響きだよね、おれにも仲間がいる。でも海水から長く離れられないから、みんなおれを救いには来れなかった。ここがどんな場所なのかも、おれには分からないんだ≫


「ラヴァニの奴、まさか数日がかりの作戦じゃないだろうな。こんなとこ、何泊もできないぞ。まずはバロンだけでシードラを海に帰してやるか……」


 ヴィセもバロンも用意されたローブを身に着けず、旅の格好をしている。ラヴァニが心配で眠りに就く気にすらなれなかった。


「ラヴァニ、聞こえるか」


 ≪……聞こえておる、そなたらが焦る事ではない。我は時を待っておる≫


「ラヴァニ! 早く帰って来て!」


 ≪もう少しの辛抱だ、強い個体はそのような泣き言を吐かぬものだぞ≫


 ラヴァニがビヨルカの家から返事をする。会話は聞こえていたらしい。


「何で返事をしてくれなかったんだ」


 ≪寝ていたからだ≫


「……は?」


 ≪寝ていた。手伝いの者がいたであろう、あの者が見張り役をさせられていてな、時間を潰しておった≫


 ヴィセとバロンはラヴァニが何を言いたいのか、さっぱり理解できていない。だがシードラには伝わっていた。


 ≪……あの人は、おれにも優しかったんだ。海の水を入手できるように取り計らってくれて、食べ物の用意も、何もかも。おれを優しく撫でてくれた≫


 ≪我に対しても態度は変えておらぬ。この者と馴れ合う気はないが、あのいけ好かぬ親子から責められては酷だと思ってな≫


「ラヴァニが逃げ出して、お手伝いさんのせいになるのを避けるため? あの親子は」


 ≪先ほど帰って来た。我が首輪を食いちぎってやったせいで、新しいものを買いに行ったのだろう≫


 ラヴァニは人の言葉が分からない。いつもヴィセやバロンを通じて理解しているだけだ。2人が耳にしていない状況では、何を喋っているのか分からないという。


 ≪どうやら食事をしてきたようだな、棘のついた珍妙な首輪を手に持っておる。今、手伝いの者が帰宅した。明日の早朝、日の出と共に宿を出ろ、迎えに行く≫


「迎えに?」


 ≪ああ、我の合図で封印を2つ解け。合流場所は指示してやろう。鞍を忘れるな≫





 * * * * * * * * *




 ラヴァニと会話出来た事で安心したのか、ヴィセ達は夜9時には就寝していた。日の出は7時少し前。その30分前に朝食を予約しており、先ほど食べ終わったところだ。


「これ、ラヴァニの分ね。別に頼んだ、いいよね」


「1個500イエンのゆでたまごを4つも!? 何で何もかもこんなに高いんだ」


 ≪それはなんだい≫


「ゆでたまご。ラヴァニが大好きなんだ」


「ニワトリという生き物のたまごだよ。熱湯に浸けて中身を固めるのさ」


 ≪へえ、食べてみたいものだ≫


 のんびりとした会話を繰り広げながらも、ヴィセ達の神経はラヴァニに向けられていた。朝食を終えるとチェックアウトを済ませ、大通りを東へと歩き出す。


 シードラは海水に浸したタオルを巻かれ、ヴィセの腕の中でブランケットにくるまれていた。


「俺、いつでも封印のスイッチ切れる、すぐできる」


 バロンは今か今かと合図を待ち、封印のスイッチに爪を掛けている。このままでは間違えて封印を解除しかねない。


 やがて、朝日が東南東から辺りを照らし始めた。その瞬間、ラヴァニの声がヴィセ達の頭の中に響く。


 ≪バロン! 今だ!≫


「はっ、切った! 2個、切ったよ!」


 バロンが封印を解除すると同時に、南から衝撃音が響いた。様子は見えないが、鳥が一斉に飛び立ち、誰かが叫ぶ声も聞こえる。


 ≪東の遊園地の先で落ち合おう! 封印を全て解け!≫

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