Advent-08



 広場から歩いて10分。ドラゴンの血が身体能力を上昇させているとはいえ、重いものは重い。ヴィセ達は鞍や鞄などの荷物を置くためホテルを訪れていた。


「あっ! あーっ! ドラゴン連れの!」


「きゃっ……あっ! あなたね! アンザムが言ってた強盗撃退のプロ!」


「は、い?」


「ほんと、アンザムが言ってた通りのハンサムね」


 ホテルの従業員はヴィセとラヴァニを見て直ぐに正体を把握したようだ。バロンの事はまだ伝わっていないのか、「可愛い坊や」扱いだ。


 白いタイルの床に、いかにもな赤い絨毯。そして落ち着いた焦がし杉のカウンター、落ち着いた茶色の壁とシャンデリア。相応に高級な部類に入る。


 ヴィセが持っていた金貨やプラチナ貨は手付かずで、まだまだラヴァニが霧毒症治療で稼いだ金が有り余っている。それならば警備も万全なホテルに滞在しようという事になったのだ。


 バロンに何度も強盗に押し入られる経験をさせたくはない。


「ねえヴィセ、アンザムってだれ?」


「さあ……。もしかして酒場のマスターの事か?」


「墓場……」


「酒場。お前もこの町に来た時、夜中に飯食いに行っただろ。ったく、耳が良いってのは何だったんだ」


 ≪早く部屋に行かぬか、ゆでたまごを喰らいに行くのだろう≫


「ゆでたまご目当てじゃねえよ。あの、1室お願いします」


 ヴィセの姿は知らずとも、「強盗を捕まえたドラゴン連れ」の事は殆どの町民が知っている。ラヴァニが小さいからか、初対面でも親しみを込めて接してくれる。ヴィセは握手を求められ、バロンは頭を撫でられる。


 熱烈な歓迎を受けた後、ヴィセ達は掃除が終わったという1室を案内され、荷物を置いた。


「シャワー浴びとけよ。汚い恰好で行ったら上から下まで一式全部買わされそうだ」


 ≪我は服などいらぬ、シャワーは無用だ≫


「清潔じゃないと食べ物屋には入れないぞ」


 ≪……湯には浸からぬ、良いな≫


 ヴィセはバロンの着替えを用意しつつ、バロンとラヴァニを浴室に押しやった。冷たい、熱いと騒がしい1人と1匹をよそに、ヴィセは自身の服を選び始める。


「やっぱり……ドーンで買った服がいいか、それとも……いや、テレッサの店にあるものより良い服を着て行けば厭味と思われかねない」


 ヴィセはぶつぶつと言いながら服を脱ぎ、無難に丸首の白い長袖シャツを選ぶ。靴とズボンもいつもと変わらない。


「あいつら、何分シャワー浴びてんだ?」


 相変わらず浴室はバタバタと騒がしい。


「ヴィセね、たぶんね、あのおねーちゃんの所に行くから気にしてるんだよ!」


 ≪ドラゴンの血の対処方法が分かれば、その後であの女をつがいにするつもりなのだろう。今のうちから魅力あるオスとして印象付ける気だ≫


「……何で余計な事だけ感が鋭いんだよ」


 ヴィセは恥ずかしさで顔を赤く染める。無難な服を選んだのは、本当は厭味に思われると考えたからではない。


 かっこいい、似合っていると褒められるよりも、「そんな恰好をして」と少し強引に世話を焼いてもらいたかったからだ。バロン達にそこまで知られる訳にはいかない。


「ヴィセ、ちゅーしたいのかな」


 ≪何の意味があるのだ≫


「好きな人とするやつ」


 ≪……そなた、我の額によくやっておるではないか。我と繁殖したいのか≫


「え―違う! そうじゃない! あのね、結婚する人とやるの!」


 ≪人と我らでつがいになれるというのか≫


「えっとね、違う! それは別のちゅーだから違う!」


 バロンの語彙力ではまだまだ説明が難しいようだ。ヴィセが聞き耳を立てている間にも、1人と1匹の会話はどんどん変な方向へエスカレートしていく。


 ≪では酒に酔ったヴィセが我やバロンにするのは求愛なのか?≫


「えー? あのちゅーはお酒臭いから違うやつ。あれだと結婚できない」


 ≪難しいな。我らは好意を持ったら匂いを嗅ぐ。相手の匂いを体に取り込むのだ。後でヴィセに教えてやるか≫


「俺、まだヴィセと旅したいなー。そうだ! ちゅーしたら結婚しないといけないかもしれないから、匂いを嗅いで我慢してもらお! 匂い嗅ぐのは多分大丈夫」


 ≪いや待て。メスの匂いを嗅げば、時期によっては繁殖本能に抗えずにつがいとなってしまう。あの女に近寄らせてはならぬ≫


 テレッサとヴィセに気を使い、1人になりたくないのに強がったバロンはどこに行ったのか。ラヴァニも随分と俗っぽいドラゴンになってしまった。


「おいお前ら! ぜーんぶ聞こえてるぞ! ラヴァニも何を教えてんだ、バロンはまだ子供だぞ」


 ヴィセは乱暴に浴室の扉を叩き、キャッキャと楽しそうに笑うバロンを浴室から追い出した。




 * * * * * * * * *




「アンザムは兄のことよ。兄は人気者なの」


 昼食の後、ヴィセ達はエビノ用品店を訪れた。テレッサは満面の笑みで出迎えてくれ、ヴィセの思惑通りに黒いニットのセーターなどを薦めてくる。


「体格良いと見栄えするけど、あんまりピチッとしてると主張し過ぎと思われるから、すこしゆったりがいいかな」


「ありがとう、じゃあ、冬に備えてそれを」


 ヴィセが嬉しそうにセーターをカウンターに置く。そんなヴィセを見守るバロンとラヴァニの目は鋭い。


「……ねえ、何でバロンくんはそんなにヴィセくんを睨んでるの? 何か怒らせた?」


「あ、いや……そういう訳ではないんだ」


「あのね、あんまり近いとね、大変な事になるから見張ってる」


「え?」


「近くなったら匂い嗅ぐから駄目。ヴィセのちゅーは結婚のちゅーだから駄目」


「何の話?」


 ヴィセは顔を赤らめてバロンの言葉の意味を説明する。テレッサは最初こそ頬を染めたものの、物事の知識も経験も乏しい10歳の男の子の考えに笑いが止まらない。


「……ってなわけで」


「あっはっは! なーにその可愛い発想! 私にもそんな健気で幼い頃があったかなあ。ヴィセ君が私にキスしようとしたら全力でひっぱたくから安心して」


「匂いも嗅いだら駄目」


「私は匂いで好きな人を判断する趣味はないの」


 テレッサは笑いながらバロンの頭を撫でてやる。ついでにヴィセの頭も撫でてやり、ラヴァニには頬擦りをした。


「ジェニスさんっていう女性の話、あれを聞いてそういう友情っていいなあと思ったの。いつまでも待ってられないし、いずれ私も誰かと結婚するかもね。それでもあなた達とは友人でいたいわ」


 テレッサはヴィセをカウンターの内側の低い棚に座らせ、紅茶を振舞う。ヴィセはこの町を訪れた目的を告げ、何か特別な事がないかを尋ねる。


「特別な事……モニカはそんな特異な場所じゃないと思うけど」


「霧による汚染が全く見られないんだ。ボルツっていう町が霧に飲まれたんだけど、たった数日で酷いありさまだった」


「知ってる。今はドラゴンがよく訪れてるそうね、人も家畜も殆ど残ってないから復興が大変とは聞いてる」


「モニカも1日、2日程度なら霧に覆われる事があるはずだ。なのに草木は育つし人々も無事だ。何が他の町と違うんだろう」


「みんな霧に強いとか! ちょびっとドラゴンの血があるのかな?」


 ≪我が同胞との意思疎通を誰一人図れぬなら、血は関係ない≫


「ラヴァニが血は関係ないだろう、と」


 ヴィセが他に思い当たる事をと尋ねる。テレッサはそれを遮って声を潜めた。


「……これ、言うかどうか迷ってたんだけど」


「ん?」


 テレッサは言い難そうにヴィセの顔をチラリと見上げ、またすぐに視線を床に戻す。


「うん……この町ではもうヴィセくんの事が知れ渡ってるって言ったよね」


「ああ、ホテルの人も俺達の事を知っていたよ」


「ラヴァニ村出身者には、血筋にドラゴンに関する秘密があるって考えてる奴らがいるの」


「……それで?」


「でもドラゴン側を調べるのはほぼ不可能。だから……」


 テレッサはしばらく言い淀む。最後まで聞く事、怒らない事を念押しし、前回ヴィセに言えなかった事を伝えた。


「ヴィセくんか、他に生き残りがいないならその……死んだ人を掘り起こして調べようと」

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