Advent-07



 * * * * * * * * *




「見えてきた、3度目のモニカだな」


「ヴィセ、あのおねーちゃんのところ行くの?」


「そうだな、テレッサにも顔を見せるつもりだ」


 ≪ヴィセは我らの血を与えられたせいで求愛できぬのだ。もどかしい≫


「求愛って言うな、友達だ」


 途中で休憩を挟み、翌日の朝となった。視線の先にはモニカの町並みが霧に浮かんでいる。その北西にはラヴァニ村など小さな村々が点在する山々が連なる。


 やはりモニカは他の町に比べて標高が低い。霧からの高さはドーンを5とした場合、モニカはせいぜい2ほどだろう。


 居住に適した土地が他になかったとはいえ、ボルツのように高い壁を築いてもいない。霧の上で生きるにしては、なんとも呑気に映る町だ。


 それも何らかの原因によって、霧による影響を受けにくいせいだろう。ヴィセ達は様々な土地を巡ってきたが、これ程までに霧への恐怖心が少ない町はなかった。


「ラヴァニ、どこに降りるの? また山道に向かうところに降りるの?」


 ≪一番目立つところに降り立ってやろう。我の存在を見せつけようではないか、元々我は小さきドラゴンと思われておるのが気に入らぬのだ≫


「えー、俺小さいラヴァニも好き! 可愛いもん!」


 ≪可愛いでは困る。我は勇ましく力強いドラゴン族なるぞ≫


 バロンに悪気はないが、ドラゴンへの誉め言葉辞典に「可愛い」の文字はない。ラヴァニは勇ましい、迫力がある、かっこいいなどの言葉を望んでいる。


 もっとも、バロンが褒めているつもりなのは分かっている。バロンの言う可愛いは、愛くるしいというよりは親しみに近い。


「……おいおい、どこに降りる気だ?」


 次第に家々の屋根が近づき、ついに高度は町で一番高い塔に並んだ。人々がラヴァニに気付いて空を見上げ、驚きの表情で指を差す。大急ぎで逃げる者、慌てて銃を構える者、その場は大混乱だ。


 ≪一番目立つ場所だと言ったであろう。真下の広場に≫


 隠れずに行動するとは言ったが、開き直りにもほどがある。ヴィセ達の存在は知られているものの、元の大きさを見たのはテレッサだけだ。町の中にドラゴンが飛来すれば大騒ぎになる。


 それでもラヴァニは郊外へ降り立つのではなく、町の中を選んだ。草木の殆どない赤いのレンガ敷きの広場に降り立ち、人々の視線など知らぬふりですました顔をする。


 誰もが遠巻きに見守る中、ヴィセはラヴァニの背から降りて頭を下げた。


「すみません! 驚かせてしまって」


 ヴィセは努めて穏やかな態度と表情に努める。銃を構えていた者達も、ヴィセの様子に脅威ではないと判断したのか肩の力を抜く。


 もっとも、モニカはヴィセ達の強盗退治の一件によって、ドラゴンに対し理解を示している。ドラゴンも付近で羽を休め、家畜を襲う事もしない。


 だが郊外に立ち寄るドラゴンはいても、流石に町のど真ん中に降り立つドラゴンはいない。


「ラヴァニはね、いいドラゴン!」


 ≪悪いドラゴンなどおらぬ≫


「あ、えっとね! ドラゴンは全部いいドラゴン!」


 バロンが何を言っているのかさっぱりだ。ただ、まだ幼い少年がドラゴンと一緒にいることで、皆は無差別な殺戮はないと判断した。恐怖が半分、好奇心が半分といった様子でヴィセの次の言葉を待っている。


「ちょっと旅の休息に寄っただけなのでお構いなく! ……と言っても、気になりますよね」


 ヴィセが苦笑いしながら問いかければ、多くの者が大きく頷く。


「ラヴァニは絶対に危害を加えないし、人にとってドラゴンはかけがえのない存在なんです! あー……ちょっと待って下さいね」


 ヴィセはラヴァニへと振り返り、霧毒症に苦しむ者がいれば、治療してやろうと提案する。


「ラヴァニの手柄だ、ラヴァニはどんな条件なら治すかい」


 ≪我らへの敵意がなくなり、ヴィセ達がモニカの秘密を調べやすくなるというのなら協力しよう≫


「ラヴァニが治すんだから、ラヴァニがお礼されなきゃ駄目だろ」


 周囲の者にラヴァニの声は聞こえない。意思疎通が図れている事を不思議に思いつつ、何故待たされているのかを知りたがっている。


 ≪ゆでたまごだ≫


「え、それでいいのか?」


 ≪それ以上のものがこの町にあると言うのか≫


 ラヴァニはいたって真面目だ。肉は動物を狩ればいいし、必要なら少し炎で炙ればいい。だがドラゴンはどうしてもゆでたまごを作ることが出来ない。おおよそ消し炭か、運よく出来たとしても殻のまま食べるしかない。


「えっと、霧毒症でお悩みの方がいらっしゃれば、ラヴァニ……このドラゴンが治します。肺が元に戻る訳ではありませんが、霧毒症は治ります」


 ≪きちんと対価を言ってくれ、ゆでたまごを差し出せと≫


「あのね、ゆでたまごくれたら治すって言ってる!」


「は?」


 モニカに霧の影響を受けにくい何らかの秘密があるとしても、霧毒症に悩む者はいる。患者の割合はオムスカのディットの家で調べた通り、ドーンやオムスカと大差ない。


「霧毒症に困っている方、ゆでたまごを1つ持って来て下されば、代わりに治します」


「ゆでたまごに、霧毒症を治す力があるというのか!?」


「信じられない、俺の親父はよく食べているが治らないぞ」


「まさかドラゴンのタマゴを? そんな事をすればドラゴンが怒り狂う」


 住民達は、ゆでたまごそのものに効能があると勘違いしている。


「違います、その……ドラゴンの大好物なんです。ラヴァニはゆでたまごをくれたらお礼に治してやろう、と」


 半信半疑の住民に対し、ヴィセは「信じてくれる人だけでいい」と付け加える。明日の正午、患者を再びこの広場に連れてきてくれと告げ、荷物を背負う。


 一体どれだけの者が来るかは分からないが、この騒ぎなら町中に知れ渡るのは間違いない。


「あーえっと……バロン。ラヴァニが大き過ぎて街中を歩けないから、少しサイズを」


「分かった!」


 ≪我はこのままでも良いが≫


「建物には入れないぞ」


 ≪我は構わぬ≫


「ラヴァニ、鞄に入れないよ?」


 ≪我はここで待っていても良いが≫


 ラヴァニは元の大きさでいる事を認められつつあるせいで、今までのように小さい姿になる必要はないと考えていた。


 勿論、ここまで堂々としていれば、ヴィセ達は何処に行っても目立つだろう。ドラゴニアや浮遊石の謎を探る者も、周囲の注意を惹くヴィセ達に対し、安易な手段をとる事は出来なくなる。


 まさか大砲などの大掛かりな武器もないのに、ドラゴンと立ち向かおうとする命知らずもいないだろう。


 それでも、ヴィセはラヴァニを飼い慣らしているようには見られたくなかった。


「ラヴァニ、一緒に調べ物をして意見を出し合いたいんだ」


「俺、ラヴァニ置いて行くのやだ」


「ラヴァニをそこに置いて行ったら、馬車の馬と同じだぞ。まるで俺達に使われる乗り物だ。ドラゴンとしてそれはまずいんじゃないか」


 ≪……我が使役されているように見えると言うか≫


「ああ。鞍もまだ外してないし」


 出来る限りドラゴンとしての威厳を保ちたいラヴァニと、そんなこだわりはいいから、今まで通り一緒に来いと言うヴィセ達。


 軍配はすぐに上がった。


「……じゃあ、明日の昼までお別れだな。残念だ、食事にゆでたまごが出る度、きっとラヴァニを思い出すよ。バロン、行こう」


 ≪待て≫


「ん、何?」


 ≪2つだ≫


「何が?」


 ≪食事の時間ごとにゆでたまごを2つ。それなら我慢することもやぶさかではない≫


「明日の昼に大量に貰えるぞ、多分」


 ≪それは明日の昼の分だ、我は今日の分と明日の朝の分を言っておる≫


 ラヴァニはバロンに対し、早く封印を発動させろと要求する。住民が周囲に集まっている中、ヴィセとバロンは笑いながら封印を発動させた。

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