13・【remedy】語り継がれぬ者たちへ
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13・【remedy】語り継がれぬ者たちへ
久しぶりのオムスカはよく晴れていた。テーブルマウンテンの上は相変わらず緑が豊かで、飛行艇が行き交う姿も確認できる。東からやって来たラヴァニとは正反対、西の方へと飛び立つドラゴンの姿も確認できた。
「へえ、ドラゴンが立ち寄るようになったのか」
≪我が同胞を受け入れてくれるなら有難い。地上を人の物だと決めたつもりはないが、人に狙われず羽を休める場所は多い方が良い≫
「人がいればゆでたまごも食べられるもんね!」
≪ああ、楽しみだ≫
食い意地が張っているのはバロンだけではないようだ。ドラゴン達はオムスカに何をしに来ているのか。もしかしたら羽を休めるどころか、わざわざゆでたまごを食べに来ているのではないか。
霧から救ったボルツには寄っていないが、ドラゴン達がボルツに居着いている可能性もある。
≪降りるぞ。ドラゴンを警戒してはおらぬなら、隠れて降り立つ必要もあるまい≫
ラヴァニは町役場前の広場に降り立った。大勢の霧毒症患者を治療したあの広場だ。今日も学校帰りの子供、健康のために歩く高齢者、多くの人が訪れている。
「わぁ、ドラゴン!」
「本当ね、町の中に来るのは珍しいわ」
「誰か一緒にいるよ?」
「餌やりかしら」
ドラゴンを見慣れてきたとはいえ、やはり近くに現れると様子を窺いたくなるものだ。ラヴァニ達を囲むように数十人が集まり、何が起こるのかと見守っている。
≪餌やりだと? 我らドラゴンを何だと思っておる≫
「まあまあ。あーすみません! 大丈夫ですから、お気になさらず!」
注目を浴び続けるのは苦手なため、ヴィセは恥ずかしそうに封印を取り出した。数個発動させるとラヴァニが肩乗りサイズになる。その様子で「いつかの救世主」だと気付いた者もいるが、ヴィセ達は足早にディットの家を目指して歩き始めた。
「わあ、ドラゴンさん!」
「おい、ドラゴンだぜ! ドラゴンの子供だ」
「そういやあ、旅のドラゴン連れが嫁の親父さんの霧毒症を治してくれたんだ。今ドラゴンが来て患者の治療をしてくれるのは、その人達がきっかけらしい」
ラヴァニに気付いた者達が「いつかの救世主」の話をしながらすれ違っていく。
ディットが喋ったのか、ドラゴンはゆでたまごが好きだという話も広まった。霧毒症が治ると聞きつけた者達は、ゆでたまごを用意して飛来したドラゴンを訪ね、身振り手振りで治療を頼んでいるという。
「ラヴァニ、良かったね」
≪何がだ≫
「ドラゴニアじゃない所でも、ドラゴンが安心できるところできたね」
≪そうだな、我が同胞がゆでたまご欲しさに人に媚びているのではと心配でもあるが≫
「ラヴァニだって、ゆでたまごやるからってお願いされたら」
≪……皆まで言うな≫
ヴィセ達もドラゴンを受け入れてくれた事は知っていたが、こんなにも大勢の悪感情が消えているとは考えていなかった。ディットの働きかけや、ドラゴンに救われた者達のおかげだろう。
「浮遊鉱石の事を尋ねた後、時間が余ったら他の町にも行こう。ドーンの図書館は特に大きいし、ドラゴニアに戻るのは1か月後だ」
「ドーン!? 姉ちゃんに会える!?」
「ああ、せっかくだし何日か土産話をしてあげな。ラヴァニが疲れるのもいけないから、飛行艇で移動してもいい。まあ……ラヴァニは飛行艇を良く思ってはいないだろうけど」
≪良く思ってはいないが、人にとっては必要だと心得ておる。バロンのように離れた家族に会おうとした時、人には我らのような翼はないのだから≫
広場から10分も歩けばディットの家に着く。2人と1匹は以前よりも置物が増えた庭を通り、家の呼び鈴を鳴らした。
「……はい?」
「ディット博士、お久しぶりです」
「……あれ、その声はもしかして」
「おねーちゃん、俺達ね、ドラゴニアから帰って来た!」
バロンの声で確信したのか、玄関扉のレバーが下がり、勢いよく音を立てる。
「ヴィセくん、バロンくん! あ、ごめん! へへへ、鍵がかかってた。早く入って、早く! あら、ラヴァニさんもまだ一緒なのね」
扉が開き、相変わらず白い研究用の白衣を着たディットが出迎えてくれた。家の中は庭以上に片付いておらず、開けっ放しの部屋の扉から除けば、謎の瓶や謎の装置などが乱雑に置かれている。
「霧毒症の研究を続けているんですか?」
「あはは、面白いのいっぱいある! あの青い水はなにー?」
「あー触らないで! ラヴァニさんも、羽ばたかないでね。ページが捲れたら分からなくなる本もあるの」
≪解せぬ、これだけ乱雑に置いてあるというのに≫
「研究なら続けてるわ、霧毒症についてはドラゴンの協力が必要ね。吐く息を調べさせてもらえないかな」
≪それくらいは協力しよう≫
「いいですよ、だそうです」
リビングに案内された後、ディットが散らかったテーブルになんとかスペースを確保し、グラス代わりのビーカーに水を注いでくれた。
「あの、俺達実は……」
「待って、確認させて」
ヴィセ達が荷物を置いたのを見計らい、ディットが真剣な顔でヴィセとバロンを交互に見つめる。
「あなた達、ドラゴニアに行ったのね。それ、誰かに話した?」
「いえ、まだ誰にも話してはいませんけど……」
「あのね、俺達と一緒のね、ドラゴン化できる人なら一緒にドラゴニアに行ったよ!」
「霧を発生させた町の末裔の方です」
ディットは話を整理しつつ、眉間を指で押さえる。何かまずい事でもあったのか、ヴィセとバロンは不安そうにディットが口を開くのを待つ。
「末裔の人ってのは興味があるけど、先に1つだけ注意しておく。ドラゴニアに到達した事は、絶対に信頼できる人以外の前で言わない事。いい?」
「はい……でも、何故ですか」
「ドラゴニアを見つけたなんて言っても駄目。ドラゴニアの位置が分かったと言うのも駄目」
「何で? ドラゴニアをみんなが取りに来ちゃう?」
ディットはバロンの回答に半分だけ頷いた。確かに、ドラゴニアの場所が分かれば向かいたい者は大勢いる。飛行艇の燃料が足りる距離ではないが、いずれ大型の船を空母のようにして補給する事も思いつくだろう。
ディットが心配していたのは、そのようなドラゴニア争奪戦だけではなかった。
「あなた達の身の危険、それを心配してるの」
「身の危険……脅してでも場所を聞き出そうとか、そういう事ですか」
「ええ。ドラゴニアは世界最後の浮遊鉱石の鉱床だとも言われてる。永遠に霧とは無縁の生活が出来るし、浮遊鉱石は高く売れる。あなた達の命なんて、悪者の前ではちっぽけなものよ」
「……だとしたらまずいな。ドラゴニアの事を話しながらここまで歩いてきたし」
「俺、ドラゴニアから帰って来たって大声で言っちゃった」
≪周囲の者が聞いていたかもしれぬ。迂闊だった≫
ディットはおもむろに立ち上がり、窓の外を隙間からそっと覗く。それから玄関へと回り、覗き窓から外の様子も確認した。
「……怪しい人影は見当たらないけど、ヴィセくん達とあたしの繋がりはみんなが知ってる。ああ、あたしは大丈夫、問題はあなた達」
「すみません、ディットさんを巻き込むような事になれば……」
「大丈夫だって。この町において、あたしの役割は大きいからね、早々手出しは出来ないわ。ドラゴン達も、あたしに何かあれば味方してくれる……かな?」
ディットが自信なさげにラヴァニに確認を取る。
ヴィセ達がいなければ、人とドラゴンは意思疎通を図る事は出来ない。好意的だと分かっていても、本当に助けてくれるのかを確認することが出来ないのだ。
ラヴァニはゆっくり目を閉じ、承諾を示す。
≪心得た。我が仲間も世話になっている様子。必ず仲間に伝えよう≫
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