Dimension 03



 町長達は銃を下ろそうとしない。その銃口のいくつかはラヴァニへと向けられ、残りはディットを狙っていた。爽やかな風が吹き過ぎる長閑な昼下がりに、あまりにも似つかない状況だ。


 流石に銃を向けられて堂々としていられる度胸はない。ディットは焦りで顔が引き攣り、助けを求めるようにヴィセへと視線を向ける。


 ヴィセの体はドラゴンのように固くない。胸や頭部を狙われたなら即死だ。けれどこのままディットを悪者扱いさせる訳にはいかなかった。


「町長さん、ですね」


「何だ! そういえば先程はこの女の家から出てきたな」


「ええ。このドラゴンの仲間です」


「仲間ァ? 何を言っているんだ」


 町長の中でヴィセも危険人物に認定されてしまったようだ。町長の銃口はヴィセへと向けられ、引き金に指が掛けられた。地面を撫でる風に草が舞い、小鳥のさえずりが耳をくすぐる。何が合図になるか分からない。


 ≪この男を火に包めば全て上手く行くと思うが。我はこのような者を助けるつもりはない≫


「ねえヴィセ、変身した方がいいの? ドラゴン化する? 俺しても平気だよ」


「いや、待て。あの、勘違いなさっているようなので一応お伝えしておきたいのですが。ドラゴンはその気になれば、抵抗する人であっても簡単に捕らえることが出来ます」


「だから獰猛で危険な存在だと言っているんだ。ドラゴンに洗脳されて頭がおかしくなったのか?」


 ヴィセがムッとして町長を睨む。その目が一瞬金色に光った気がして怯むも、町長は銃を構え直した。


「おかしいのはあんただ。ドラゴンは洗脳なんてしなくても、生贄なんて用意されなくても、その気があればいつでも人や動物を襲える。ほんのちょっとでも考える頭があれば分かる事」


「何だと……?」


「ヴィセ、せんのーって何?」


「そうだなあ。例えば……あのおっさんが、俺の言う事は何でも正しい! と信じさせて、言う事を聞かせたり」


「俺あのおじさんきらーい。言う事聞かないもん。間違ってるのに偉そうだし」


 バロンの無邪気で容赦のない言葉に、今度は町長がムッとした。誰かが弾倉をカチャリと鳴らし、その場の空気は途端に張りつめる。


 ≪我も好かぬ。何様のつもりだ、長い間苦しむ者を救えずにいた能無しが≫


「まあ待てって、この状況を見て、ドラゴンが本当に生贄を必要としているとでも?  あんたの目の前にいるのは誰だ」


「誰だ? 誰って、貴様と……」


 町長は銃でヴィセやディットを指す。その銃口がバロンに向けられようとしたところで、ヴィセ達の後ろから怒鳴り声が響いた。


「おい町長! 子供に銃を向けるなんて、それでも町政の長か!」


「そうよ! 見損なったわ町長!」


「俺達は博士とこのドラゴンに助けられたんだ! あんたは今まで霧毒症に苦しむ俺達に何をしてくれたんだ? 何もしていないじゃないか」


「あ、いや、つ、つい……」


「つい? つい銃口向けちゃったなんてあり得ます?」


 ラヴァニに治してもらった町民達が町長を非難する。子供に銃を向けた事もそうだが、自分達がドラゴンのおかげで健康を取り戻したのだから、非難するのは当然だ。


 ここまではヴィセやディットが期待していた通りの展開だ。町長は数人の見覚えある顔に気付き、俄かに驚いた。


「お、おい婆ちゃん、あんた酸素マスクはどうしたんだ……」


「こうして、喋る事ができるくらい、回復しましたわい。ドラゴン様が治して下さったんですよ」


「ドラゴンが、治した?」


「ああそうなんだ町長さん! 俺もこの通り、肺の霧が全部取り除かれて深呼吸が出来る! もう咽る事もない」


 ドラゴンは人を襲うどころか霧毒症を治していた。町長は自分が今まで信じてきたものが一気に崩れ、認めたくなかった事が事実として突き付けられた。しかし銃を持つ手はすっかり下がっているものの、まだ分かったとは言わない。


「ど、どうやって治したと言うんだ。どんな薬も効かず、正体が何かも突き止められていないというのに」


「……ゴホッ、そのドラゴンが、息を吹きかけた。それを数分続けたら……皆の症状が治まった」


 町長が左後ろを振り返る。そこにいたのは先程までディットやヴィセに縋りつき、駄目だと言われ唾を吐いた男だった。


「……俺達は、最後まで博士とそいつらを信じなかった。だから助けて貰えなかった」


 男は悔しそうに一度俯き、それからヴィセへと力強い目を見せつける。


「博士からは、ドラゴンが救ってもいいと思えるような事をしろと言われた」


 男はドラゴンがどうやって治療をしたのか、治療を受けていない立場で証言しようとしている。ヴィセはその続きを促すように頷いた。


「博士は嘘を付いていない。そのドラゴンは人を襲おうとしていないし、俺達を協力者として助けようとした」


「協力者?」


「ああ、ゴホッ……ドラゴンとの共存だ。ドラゴンは霧を消し、人々を治療する。俺達は世界の破壊を止める。その約束をした者だけが治して貰えた」


「ドラゴンの考えなど、どうやって知ることが出来ると言うんだ?」


 男は自分が助かりたくて証言しているのかもしれない。しかし、邪魔をするのではなく、ヴィセ達を信じたのだと証明しようとしている。それはこの場に限れば役に立つ行動だった。


 ヴィセはディットに耳打ちし、それから町長に2つ提案を行った。


「町長、まずは銃を下ろしてくれ。あんたがその態度じゃ駄目だ。俺やバロンを撃って殺せても、ラヴァニには……ドラゴンには効かない」


「……2つ目を聞こう。それ次第だ」


「ドラゴンがそこにいる患者達を治す。だからそれで信じてくれ。吐く息を調べて貰えば、霧毒症を患っているのは明らかだ」


 ≪こやつらを治すのは気が進まぬが、我を悪く伝えぬ誠意には応えよう≫


 ヴィセの言葉に治療を拒否された者達が驚いた。ヴィセは念押しするようにその者達にくぎを刺す。


「俺に唾まで吐いたその人が、俺達を信じてくれている。そしてこの場で力になろうとしてくれている。ドラゴンは義理堅いからな、礼との事だ」


「……有難う、治った後は必ず、誰よりもあんたらの活動を支持する」


 ヴィセが良いと言うのなら仕方がない。ディットはため息をつき、8人の患者と4人の付き添いをラヴァニの目の前に案内した。


「町長、患者かどうか、確かめなくていいのかしら?」


「……霧毒症に困っているという話は知っている。病院の慰問の際に何度も見かけている」


「そう。じゃあ話が早いわね。ヴィセくん、ラヴァニさん、お願いします」


「はい」


 ラヴァニが頭を低くし、患者達に息を吹きかけた。周囲には温かな風が纏わりつくように渦巻き、患者達はそれを吸い込む。数分して、軽症の者から治っていき、8人全員が大きく息を吸い込んだ。


「深呼吸……出来る! ああ、草の匂いが分かるぞ!」


「治った……ああ、治った! 空気がこんなに美味しいものだなんて」


 患者達は皆が涙を流して喜び、何人かはラヴァニに深々と頭を下げていた。それは見せかけの行動とは思えない光景だった。


「本当に、ドラゴンが……町の皆を治したというのか」


「みんなは信じてくれました。町長、あなたはどうですか」


「どう、とは」


「まだドラゴンは人を襲う害獣だと主張しますか」


 銃を向けていた者達も、もう構えるつもりはない。ドラゴンが人を襲わず、ヴィセの言う通りに霧毒症患者を治した。それを嘘だ、仕掛けがあるんだと主張する者はいなかった。


「……分かった。ドラゴンはこの町の存在を許したという事か」


「今のところは。ただ、霧の増殖を加速させるような行為があるなら、早急に対策して欲しいんです。それについては博士がよくご存じですから」


「あ、あとね! ドラゴンが疲れた時に休んでもいいなら、俺も嫌いって言ったのごめんなさいする」


 町長はため息をつき、それから「分かった」と答えた。


「ドラゴンのための休憩場所を整備する。だが……それをどうやってドラゴンに伝えるのか。それを教えてくれないだろうか」

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