Discovered 06


 トロッコが長いトンネルをひたすら進んでいく。途中でワイヤーを掛け替えるなどの手間はあったものの、ヴィセ達は5時間弱かけて霧の上の集落まで到着した。


「ハァ……足も腰も痛い」


「俺楽しかった!」


「お前はいいだろ、俺の足の間に座ってたんだから。飛行艇みたいに酔わなくて良かったよほんと」


 ≪我はまだ耳に滑車の音が残っている。もうこりごりだ≫


 斜面を登り切って尾根までたどり着くと、トロッコの線路は終点となった。地面の下に掘られた空間でトロッコのブレーキを掛ければ、その先の昇降機に乗る。


「出入口を知られないように、線路は地下に隠しているんだな」


 床と手摺だけの昇降機は、暗い空間を上がっていく。程なくして止まり、目の前に引き戸が現れる。そこを開けると小さな部屋に辿り着いた。麻袋や木箱が積まれ、パッと見ただけならただの倉庫だ。


 更に右手の引き戸を開けると、その先はまた薄暗い地下室となっていた。地上へはその更に1つ先の部屋から広い階段を上る事になる。もはや知らなければ地下への入り口など疑いようもない。


 ≪倉庫、か≫


「みたいだな。本当に倉庫として使っているんだろう」


 小麦、トウモロコシなどの飼料が積まれた倉庫の通路を通れば、ようやく外の景色が目に飛び込んできた。


「凄いな、大きな風車が立っている」


「風で回るの? 風が吹いてない時は?」


「止まるよ。まあ風が止む事なんて滅多にないさ」


 ≪ここから霧の下の集落に電気や水や空気を送っているのだな。霧があの高さまで上がらない事を前提にして建設されたのだろう≫


 目の前に聳え立つ風車に気を取られていると、1人の男が立っていた。麦わらの帽子に灰色のツナギを着て、皮の硬い手で握手を求めてくる。


「おお、あんた達着いたのかい。下の集落から話は聞いているよ、トロッコは退屈だったろう。しかし本当に小さなドラゴンを連れているとはね、驚いた」


「人に慣れているので、ご安心ください。それにしてもこれは……言われなければ地下や霧の下の村なんて分かりませんね」


「はっはっは! そういった造りにしてあるからね」


 尾根の上に築かれた集落の幅は、僅か100メーテ程しかない。


 尾根を伝う街道は北側にあり、トロッコがある倉庫は南側。集落周辺は風が強く、僅かな家畜と畑があるだけ。集落の規模に不釣り合いな風車も、150年以上前のものを利用しているだけだと言えばいい。


 こんな辺境の集落の実態を怪しむような暇人はいないのだ。


「500メーテ下方の霧は、嵐の日になれば吹き上げられる事もある。その時は別の風車管理室に見せかけた換気口を塞ぐのさ」


「あなた達は、下のメーベ村を守るためにいるんですよね」


「ああ、そうさ。ここは表向きのメーベ村ってとこかな。まあ俺は広い空が好きだから、下の村に戻る気はねえけどな」


「あの、下の村に数か月前訪れた人を知っていますか」


「数か月前……ああ、いたらしいな。でもトロッコに乗らず、霧の門から出ていったそうじゃないか。その男がどうかしたかい」


「その人を探しているんです。心当たりがあれば……」


 男はそれならと頷き、東を指差した。


「何か月前かなあ。黒い鎧を身に纏った男がこの集落に立ち寄ったんだ。メーベ村の事を知っていたし、守衛の名前や村の様子も言い当てたからその人で間違いない」


「その後、何処に向かいましたか!」


「ユジノクの方から、ネミア村の方へ行ったよ。大事な友達を失くしたばかりだと言っていた」


「間違いない。北を目指すうちにドラゴンが力尽きたんだ」


 ≪おそらくはバロンを助けた後、この集落を通過したのだな。しかし、その時には既に息絶えていたのかもしれぬ。我が友に一体何が……≫


「北を目指すのなら、ユジノクからモニカを経由して向かうか、ネミア村から小さなプロペラ機でナンイエートの町に向かうのもいいね。男はナンイエートに向かったはず」


「行き先を言っていたんですか?」


「ああ、イエート山に向かいたいと言ったから、ネミア村から麓のナンイエートに向かう便が週に2便出ていると教えた」


「……イエート山、か。有難うございます!」


 男は笑いながら気を付けてとだけ言って農作業へと戻っていく。


 ≪我も広い空がいい。元の姿を保てるようになったなら、空の果てでも探そうかと考えている。イエート山とやらに、我の仲間がいるのだろうか≫


「そうである事を願うよ。次の行き先が漠然とした範囲じゃなくしっかり定まってよかった」


 隠された村と、隠すための村を離れ、ヴィセ達は夕方の尾根を歩き始めた。ただ、ゆっくりと寝られたのはメーベ村の夜だけ。野宿で体を休めても、体力の回復は遅い。


 3日目にはバロンが疲労で歩けなくなった。ヴィセは自分のバックパックを前に掛け、バロンを荷物ごとおんぶして歩き続けた。


「ヴィセ、ごめん」


「仕方ないさ、良く歩いた方だよ。ここを少し上ったらもうすぐネミア村だから、ゆっくり休もう」


 本音を言えば、ヴィセも歩くのがやっとだった。一度立ち止まればそれ以上足が進まなくなると思い、ひたすら歯を食いしばって歩いていた。


 結局予定よりも1日遅れ、ヴィセ達は4日目の昼過ぎにネミア村の門をくぐった。


「ハァ、ハァ……故郷で斧振ったり畑仕事したり、重いじゃがいもを運んだり……してなかったら、俺も倒れてたかな」


「ごめん、俺が歩けなくなったから」


「フウ……心配すんな。こんな時の為に、鍛えたようなもんだ」


「ラヴァニもごめん、ヴィセの肩とか鞄とかで休めなかったから、ずっと飛び続けなくちゃいけなかったよね」


 ≪我は疲れてなどおらぬ。気にするな≫


 ヴィセはバロンを背中から降ろすと、今度はラヴァニを鞄に入らせて宿屋を探し始めた。ドラゴンの事を説明するだけの気力が残っていなかったのだ。


 一刻も早く休みたい。ヴィセはその一心で宿屋へと転がり込んだ。





 * * * * * * * * *





「ヴィセ、大丈夫?」


 ≪疲れたのだろう、しばらくは起きぬ≫


「……俺をおんぶして歩いたから疲れちゃったんだ」


 宿に着き、汗臭い服の洗濯をお願いした後、ヴィセとバロンはゆっくりと風呂に浸かった。しかし寛げたかというと、そうでもない。


 ヴィセは岩をくりぬいた浴槽の中で、何度も眠りそうになっていた。風呂場を出ても、下着とズボンこそ自分で穿いたものの、上着を着るだけの気力もなかったくらいだ。


 ヴィセはバロンに手を引かれて部屋に戻ると、10分休むと言ってベッドに倒れ込み、寝息を立て始めた。それからもう随分時間が経っている。


「ごはん、要らないのかな」


 ≪10分と言ったがもう3時間寝ておる。もうじき起きるだろう≫


「俺のせいで1日多くかかったからかな。俺もヴィセみたいに力持ちになりたい」


 ヴィセは背が高く、力も強い。腕や胸板も厚くて足も踏ん張りが利く。対してバロンはスラム生活のせいでガリガリだ。ヴィセと出会ってから食生活は改善されたものの、この1週間程に限って言えば、しっかり食べたとは言い難い。


 ≪力で及ばぬのなら、もっと別の方法で役に立てばよいのだ。この姿に限るなら、我だって力など無きに等しい≫


「力以外で……」


 バロンはそう呟いてヴィセをチラリと確認する。そして、何を思ったのか読み書きを覚える為の練習帳を取り出した。


「えっと、1、2……6……あ、わ、せ? ……るってこれと同じ?」


 ≪そのようだ。同じに見える≫


「じゃあ、ラヴァニはこの時計が6になったらヴィセを起こして! 俺、洗濯物を受け取って、干してくる!」


 今まではヴィセに甘え、何でもやって貰っていた。やりたい事をやり、やりたくない事はヴィセも押し付けなかった。洗濯だって、お金だって、何でもヴィセが用意した。


 力で及ばない自分が役に立てる事は何か。バロンは幼いなりに考えようとしていた。

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