Misty Ground 07


 ヴィセに手を引かれつつ、バロンはまだ動揺していた。けれどこの場所がゆっくりと話を聞くのに向いていない事も分かっていた。


「ねえ、俺達どうなるんだ? ドラゴンになるの?」


「分からない。俺はそれを確かめたくて黒い鎧の男を探している」


「もしかして、ヴィセはドラゴンの血を飲んだからラヴァニと話せるの?」


「多分ね。バロンも喋れるかも」


 目の前に小屋の跡が現れた。かつての畜舎と思われるが残っているのは殆ど柱だけ。ラヴァニの怒りは収まっており、気付けば自身の体の痛みやドラゴン化した手も治っていた。


「おい、ラヴァニ!」


 ラヴァニの姿がなく、ヴィセとバロンは小屋の中を僅かな光を頼りにラヴァニを探す。程なくして小屋の反対側に佇むラヴァニを発見した。


「ラヴァニ、呼びかけてたんだから返事しろよ。何があった」


 地面に座ったままのラヴァニの目の前には何があるのか。ヴィセがゆっくりと前方を照らす。


「なっ……」


「ひっ! これって……ドラゴン」


「あ、ああ……」


 ラヴァニの目の前にあるのはドラゴンの亡骸だった。この霧の下では腐敗が遅いのか、まだ鱗に覆われた皮膚が残っている。


「ラヴァニ、おいラヴァニ!」


 ≪……我が同胞だ≫


「ああ、そうみたいだな。ラヴァニが知ってる奴か」


 ≪500年前には共に空を飛んだこともあった。確証はないが、何かに撃ち落されている≫


 ヴィセがドラゴンを確認するため周囲を観察する。すると右翼が半分掛けている事が分かった。大砲か攻撃弾ミサイルか、いずれにしても自然に出来たものではなさそうだ。


「霧が出る前からあるとは思えない。恐らく撃ち落され、その衝撃で死んだのだろうな」


 ≪人にやられた、か。人との共生を考えつつも勇ましく頼りになったが≫


 ヴィセはゆっくりとラヴァニを抱き上げ、また暴走しないようにとしっかり腕に抱く。その横ではバロンが固まっていた。


「どうした、バロン」


「ねえ、今喋ってたのって、ラヴァニ?」


「えっ、まさか理解できたのか!」


「う、うん……もしかして、ドラゴンの血のせい」


 ドラゴンの血が覚醒したからか、バロンもラヴァニと会話が出来るようになっていた。やはりドラゴンの怒りに引きずられる事が引き金になるようだ。


 ≪……我が怒りのせいで巻き込んでしまったか。すまなかった、友が殺されたと知って冷静ではいられなかったのだ≫


「う、ううん。怖かったけど今は大丈夫。ヴィセも同じになったけどもう治った」


 ≪ヴィセ……自身の姿を見たのか≫


 ラヴァニはヴィセが悲しむと思い、外見の変化を教えていなかった。悲観して旅をやめたり、ドラゴンを憎むようになるのではないか。ドラゴンであってもそんな仲間への思いやりや気遣いはある。


 ただ、どうやらラヴァニのそのような心配は無用だったらしい。


「ああ、手が変化していた。バロンが言うには頭から角も出ていたらしい。防護服も破れたし、ガスマスクもいらねえんだけどな、まだ雨が止んでなさそうだし着ておくよ」


 ≪自身の変化が恐ろしくないのか≫


「そりゃ怖いさ。だけどどうしようもない。どうにかできるように黒い鎧の男を探してるんだろ」


 ヴィセはドラゴンの周囲を確かめる。男が霧の奥から現れた場所とは違うが、ラヴァニの為に何か手がかりになればと考えていた。


 そもそも霧自体が臭いのと、ガスマスクのおかげで匂いは分からない。体が朽ち始めているドラゴンの傍でもヴィセとバロンは気にすることなく触り、よじ登っている。


「このドラゴンがいつ死んだのか、それが分かればいいんだけど」


「お、俺がユジノクに来てからは、ドラゴンが出たって話は聞いてないよ」


「でも、砲撃はこの周辺で受けたんじゃないのか? そうじゃないとこの翼で飛ぶのは無理だ」


 ≪いや、一緒に落ちたであろう破れた翼は何処だ、見当たらぬ≫


 周辺に捜索範囲を広げても、ドラゴンの鱗すら落ちていない。落下途中に風で飛んで行ったのか、だとしてもユジノクで目撃されていないのは不自然だ。


「ねえ、ヴィセ! このドラゴン……背中だけ鱗がないよ! 他の鱗は全然腐ってないのにここだけない」


「もしかして、誰かが……剥いだ?」


 手が変わりはないが、不審な点は多い。2人と1匹はしばらく考え込んだのち、1つの仮説に辿り着いた。


「このドラゴン、どこかで撃ち落された後、霧の中をここまで這うか歩いてきたって事になるよな」


 ≪ああ。背中の鱗が剥がれたのなら、誰かが既に発見している、もしくは共にいた可能性がある≫


「ねえ、もしかしてそれが鎧の人?」


 バロンの疑問に、ヴィセとラヴァニも頷く。答えを教えてくれる者がいないが、可能性は高い。


 ≪我が友は……黒い鎧の男と共にいたのか? となればそなたらに飲ませた血は、クエレブレとは≫


「このドラゴンか」


「じゃあこのドラゴンって、俺が血を貰った日にはまだ生きてたのかな」


「その可能性はある。俺とラヴァニみたいに、一緒に旅をしていたのかも」


≪霧の下を旅していたのなら、目撃情報が少ないのも当然だ≫


 霧が発生して以降、ドラゴンは空を飛んでいたのではなく、霧の中を飛んでいた可能性もある。黒い鎧の男は霧の中を旅していたかもしれない。


 そうなると黒い鎧の男の軌跡を辿るのは難しくなる。


 ≪……我が友の鱗を1枚剥がしてくれぬか≫


「いいのか?」


 ≪ああ、ヴィセが持っていてくれ。それと、剥がせるものは持って帰ると良いだろう≫


「ラヴァニ、友達なんだよね? いいの? 俺達は助かるけど、でも」


 ≪良いのだ。我が友の血はそなたらに受け継がれた。ただ、これだけは守ってくれ。この地を汚す事には使わないで欲しい≫


「うん。農具として使ったり、売る時も変な人や工場の人には売らない」


 バロンの言葉に満足したのか、ラヴァニは1枚の鱗を受け取ると、その後は2人の作業が終わるまで周囲の警戒を買って出た。


「ラヴァニ。弔いはどうする、友達なんだろ? ドラゴンは仲間が死んだ時どうするんだ」


 ≪喰らい、残された者の血肉とする。だがこの状態では無理だろう≫


「……俺やバロンの血になったから、それでどうだろうか」


 ≪そうだな、それでよい。さらばだ、友よ。再び大空を飛び回る時、いつもそなたを想う≫


 ラヴァニが炎を吐き、ドラゴンの亡骸が燃え始める。


 ≪人は死人を燃やして弔うのだろう。このまま無様な姿を晒させたくないのでな≫


 霧の中ではよく燃えない。ラヴァニはヴィセとバロンを少し離れたところで待たせ、再びドラゴンの亡骸に近寄る。


 ≪元の姿に戻る。加減が出来ぬから近寄るでないぞ≫


「元のって……」


 ヴィセが聞き返そうとした直後、目の前のシルエットがみるみる大きくなっていく。それは村を経ったあの夜に見た、本来のラヴァニの姿だった。


「ら、ラヴァニが大きくなった?」


「ああ、封印されていたせいで小さい姿の方が楽らしい」


 ラヴァニは業火を放ち、ドラゴンの亡骸を火力で焼き尽くすつもりだ。ヴィセはそれを見届けながら、せっかく見つけた手がかりがラヴァニの友の亡骸だった事に同情していた。


「ラヴァニも、可哀想だよな。せっかく出会えたのに」


「……ヴィセ?」


「ううん、何でもない。加減が出来ないって言ったけど、ラヴァニは普段から火加減出来たことないよなって言ったんだ」





 * * * * * * * * *




「うわぁ、こんなに!」


「貰っていいの?」


「ああ、いいよ。ラヴァニの友達の形見だ、みんなの生活の為に役立てて」


 黒い鎧の男に関するヒントは結局何も見つからず、ヴィセ達は早々に探索を切り上げた。ドラゴンの鱗は状態が良く大きなものを麻袋2つ分。


 子供達にそれを預けた後、ヴィセはそれから孤児の支援をしてくれている者の家を訪ねた。


 畑づくりに手を貸してやってくれと頭を下げ、子供が霧の下に潜らなくていいようにと言うと、支援者は快く引き受けてくれた。

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