5-8.『ロマンティックで好きなんですよ』
「あー、マジ最悪ー……」
伸ばしたジャケットの袖で口許を押さえながら、開けっ放しのドアに
鼻が
胃のむかつきを堪えるようなしかめっ面とともに、
「お前のおかげで、簡単に吐いてくれたよ」
答えると、ワイスは顔面蒼白になり廊下まで後ずさった。
「えっ……また?」
「そっちじゃねぇ
呆れの息を吐きながら、ガムテープ越しに喚く金髪を見遣る。
――『良い警官・悪い警官』という
まず『悪い警官』役が、高圧的な態度や暴力、侮辱などで、対象に恐怖と反感を植え付ける。
『良い警官』役は、『悪い警官』を
また、対象が『悪い警官』に抱いたマイナスの感情への理解や共感を示す。
すると、対象は『良い警官』を味方と考え信頼する。
協力関係を結べると思い込み、結果として色々な情報を話してしまうのだ――
情け容赦ない
ワイスがトイレへ駆け込んだ後。
アルバートが形だけの同情や共感を示すと、すっかり
聞かれていないことまで洗いざらい……それはもう、
自分たちは懸賞金目当てではなく、依頼を受けてアナスタシアを取り返しに来た。
バーガーショップでのフラッシュモブの仕掛け人と、腐れ
情報をあらかた聞き出したあと、『これで助けてくれるんだよな?』としきりに
残るは
「――まぁ、ざっとこんなもんだな」
バカでも分かるよう噛み砕いて説明する
「ねぇバート、近くで誰か肉焼いてる?」
険しい顔をしたワイスが、伸ばしたジャケットの袖でまた鼻を押さえる。
「お前……話聞いてないな?」
うっすら勘付いてはいたが……がっくり肩を落としたアルバートもまた、部屋のあちこちへ視線を飛ばす。
――肉の焦げるような臭いが、部屋に充満しつつある。
やがて二人の視線が行き着いたのは、オフィスチェアに磔にされたマグナスだった。
両の眼を見開いた鬼気迫る表情の上には、結露した窓のような大量の汗。
喚く声はときおり不自然に裏返り、アルバートの耳に届く心拍数は加速度的に上昇していく。
まるで
そしてよく見れば、鼻の穴から、
「おい、一体どうし――」
近寄ってガムテープを剥がし――口の奥に見えたものに目を見開く。
瞬間、後ろから襟を引っ掴まれた。
「下がれバートッ!!」
ワイスの怒声の直後、男の身体が爆散。
血肉の霧を吹き飛ばして極彩色の光が炸裂し、けたたましい破裂音の連鎖が部屋中を埋め尽くした。
◆◇◆◇◆◇
跳び
部屋の中を埋め尽くし廊下にまで溢れた血霧の向こう――マグナスは首が吹き飛び胸郭が
血と火薬と焦げた
ガムテープを剥がしたあのとき。
口の奥に見えたものは、火の点いた何本ものロケット花火だった。
奴は本気で
口封じのために始末されたと見るのが
問題は誰の手によるものか――アルバートは既にその見当を付けていた。
人がいきなり爆発する現象を前に見たことがある。そう、確かあれは——
「――いやぁ、綺麗でしたねぇ。楽しんでもらえましたか?」
記憶通りの
目を向けた廊下の奥。薄らいだ白煙の中から現れたのは、金髪碧眼の白タキシード――
「〈セーレ〉……ッ」
「あぁ、無事で良かった。心を込めたサプライズプレゼントで相手に死なれたら、寝覚めが悪いですもんね」
『近くに良いものがあったので』とひとり
肩をすくめるようにして掲げられた彼の両手には、安いライターと花火セットの袋がそれぞれ握り締められていた。
「バラエティ番組でよくあるでしょう? 大好きな彼女へ向けて、打ち上げ花火のサプライズ。ロマンティックで好きなんですよ、試しにやってみたくて」
それらをゴミ同然に放り投げながら、〈セーレ〉は無邪気な少年のような顔で
「花火は口に入れない、人に向けないのが常識だろう。
「サプライズで彼女の頭ぶっ飛ばすとか、
立ち上がったアルバートは顔を
〈セーレ〉は二人の言葉に冷笑を返すのみ。
「最近は真人間と出来損ないの相手ばっかでさー……あいつら
ワイスのどこか浮ついた声音と、なにかを期待するように昂ぶっていく心音が耳に届く。
「あんときは『
一歩前へ。太ももに巻き付いたホルスターから大振りなコンバットナイフを抜き放つワイス。
「ふふ、なんて熱烈なラブコール。……これは
切っ先を向けられた〈セーレ〉はくすぐったそうに笑う。敵意や殺意は放っていないが、
悪い予感が的中したことを悟り、アルバートは重い溜め息と共に目を伏せた。
アナスタシアの居場所を知っているのは〈セーレ〉だけだ。
しかしワイスの言ったとおり、今いるのは
以前のように、第三者の乱入で勝敗が
誰の邪魔も入らないということはつまり、俺と相棒の二人だけであの怪物を攻略しなければならない。
ふと、鼻をひくつかせたワイスが振り返ってくる。
「なにビビってんのバート。大丈夫だって」
「いつも不思議なんだが、その根拠の無い自信はどっから湧いてくるんだ?」
「根拠? そんなの――」
「待って……っ!!」
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