5-6.『授業料はきっちり頂くぞ』

 轟ッ――激甚げきじんな破壊音が轟く。


 地下駐車場全体を揺らすほどの衝撃。

 天井や柱からこぼれたコンクリ片が驟雨しゅううよろしく降り注ぎ――

 一拍遅れて通り抜けた衝撃波が、それらを残らず吹き飛ばした。


 壁に穿たれた一際巨大なクレーターの中央。

 そこに埋まった身体を引き抜いた巨漢は、苛立ちの唸りを上げながら首を巡らせる。


 ――激突の直前、標的アルバートの姿が。壊れたモニターのように三原色が輪郭に滲み出し、掻き消えたのだ――


 激突した際の右肩の傷がことなど気にも留めず、巨漢が後ろを振り向くと、


 そのままぐるりと回って


「……あ?」

「――のが不思議か?」


 間抜けな声を漏らした巨漢は、頭を持ち上げて声の方向を睨む。

 先ほどまでの焦りなど微塵みじんも感じさせない、すずな顔のアルバート。

 悠然と立つその足下には、おびただしい量のがブチ撒けられていた。


 そこは、巨漢自身が体当たりタックルのため構えていた地点。


 青褪あおざめた顔で後方へ首を巡らせる巨漢。その右足は、

 もっとも、彼自身は肥大化した体躯が邪魔で見えないだろうが。



 ――やっぱりな。

 倒れ伏している巨漢を見ながら、アルバートは得心行ったように頷く。


 殺すたびに加算されるのは、身体能力だけ。

 限界以上の膂力りょりょくを振るうたび、腕に内出血によるあざが増え続けたのがその証左。


 だからこそ、大量の幻影ホログラムを奴にけしかけ、のだ。


 その結果、、肉体を自損させるほどにまで奴の膂力りょりょくはインフレした。

 そんな状態でを出せば――


 慌てて立ち上がろうとする巨漢。

 コンクリ床に手を突くと、軋みを上げた両腕の筋肉が


 凄まじい激痛に、開かれた口から噴き出したのは絶叫――ではなく鮮血。


 嘔吐おうとじみた勢いで赤色をらしながら、血みどろの腕で左胸をむしっている。

 異常な速度の拍動に耐え切れず、心破裂でも起こしたか。


 ――そう、〈悪魔憑きフリークス〉の肉体強度と治癒速度ですら、のだ。


 まるで酒樽が巨大なプレス機で押し潰されるように、赤黒い液体が各所から次々と噴き出す。

 藻掻もがけば藻掻くほど、己の肉体が壊れていく――巨漢の表情かおからは先程までの余裕はとうに消え失せ、焦燥と恐慌に染め上げられていた。


 死する者への同情と虚無感を、憐憫れんびん混じりの嘲笑ちょうしょうの裏に隠して、アルバートはやれやれと肩を竦め近付いていく。


「良い勉強になったな。無免許がイキって高級車に乗るからこうなる……身の丈に合わない力は誇るもんじゃない」


「おまけにするとはね。そんなことしたら事故るに決まってんだろ」


「あと、生憎あいにくだが俺は心優しい慈善事業者ボランティアじゃなくてね。タダ働きは御免ごめんだ――はきっちり頂くぞ」


 懐から抜いた拳銃を、迷うことなく頭蓋に照準エイム。小さな冷笑を浮かべる。


で間違えなくて済むんだ、これくらい安いもんだろ?」

「やめっ――」


 乾いた銃声が、血泡でにごった命乞いを無慈悲に掻き消した。



◆◇◆◇◆◇



「……あれ?」



 必殺の拳を打ち放ったマグナスの口から漏れたのは、間抜けに上擦うわずった声だった。


 拳が相手に触れるのが、予想より数秒速かった。

 それに感触も違う。鼻骨をし折った手応てごたえが無い。これはまるで――


 不意に蛍光灯が咳き込むように明滅し、息を吹き返す。

 光にかれ視界が漂白された一瞬ののち、明らかになった拳の行く末にマグナスは目を見開いた。



「――自分語りもいい加減にしろー?」



 呆れの溜め息を吹き掛けるワイスは、目を閉じたまま右手でのだ。


「調子乗ってトドメ刺さずに喋り出すとか、三下さんした悪役ヴィラン典型例テンプレじゃん。本当マジにいるんだ」


 腕を引こうにも、細い五指には砕き潰さんばかりの力が込められていて外せない。


 マグナスは打ちのめされたように呆然とする。その腕の震えは拘束から逃れようとするりきみか、それとも驚愕と動揺が伝播でんぱしたのか。


「なん、で、どうして……お前は殴られるばかりで、抵抗なんて出来ないはず……」

「え? なにお前、サッカーでで反則だーって騒ぐの?」

「……は?」

「殴られる瞬間によろけて、衝撃インパクトを逃がすんだよー。触覚痛みは残ってたから楽勝楽勝。

 ――って、思わなかった?」


 瞑目したままのワイスは左の手刀をゆっくり持ち上げ、彼の鳩尾みぞおちに狙いを定めていく。


「だが、目と耳は確実に潰したんだ……そんな状態で、俺の攻撃を受け止められるわけが……」

「ハ、そんなの決まってんじゃん――」


 目に映る現実を拒絶しようと首を振るマグナス。

 その動揺に震える声を鼻で笑って、ワイスは拳を掴んでいた右手を離した。

 と同時に踏み込み、手刀を握り込んで縦拳を突き入れるワンインチパンチ


 空気の破裂するような衝撃インパクトが部屋を揺らす。

 身体をくの字に折ってぶっ飛んだマグナスはエレベーターの扉に激突。金属の歪む不協和音が部屋に反響する。


 分厚い鉄塊がひしゃげるほどの威力に昏倒し、マグナスは背を預けたままずるずるとへたり込んでいった。


 残心の後、手の甲で鼻を押さえて顔を顰めるワイス。

 長い睫毛がゆっくりと持ち上がっていく。

 その奥で光を取り戻した碧眼は、死にかけの害虫でも見るように冷え切っていた。


「口くっさいんだよ、お前。もう喋んな」


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