4-7.『運命の女なのよ』
アナスタシア・リーガンは、五年前に死亡している。
それは
動揺を抑えるため、アルバートは深呼吸を挟んでから口を開いた。
「――彼女は、間違いなく生きてた」
心音や脈拍は正常だった。
触れた手には、
「五年前、この島で何があったか……覚えてる?」
「そりゃ、マフィアどもの殺し合い――」
「あら、今日のアンタは随分と察しが悪いわねェ。お酒でも飲んでるのかしら」
口調から察するに、その答えはハズレ――いや、半分ほど正解といったところか。
少なくとも抗争に巻き込まれたわけではないらしい。
「じゃあ
ロゼにそう言われ、酔いで鈍った頭を回転させていくうち……ある可能性に行き着いた。
『私、生まれつき心臓を
――まさか。
答えを吐き出そうとする頃には
「――『インキュナブラ』での、唯一の医療事故の被害者……」
「
予想を肯定されると同時に、アナスタシアの名前を聞いてからずっと
「そうか、リーガン製薬の……!!」
リーガン製薬――人工島と実験都市の整備を主導した医療器具メーカー『レメディウム』の傘下だった製薬会社。
『インキュナブラ』にて、『どんな傷も病も治す』と
しかし失墜した『レメディウム』を吸収合併し急成長。今や医療分野でトップシェアを誇る世界的大企業だ。
「ご明察。代表取締役フェルディナンド・リーガン氏のご令嬢が、地獄の釜の
アナスタシア・リーガン――道理で聞き覚えがあるはずだ。
『インキュナブラ』唯一の医療事故で、世界にその名を知られてしまった悲劇のヒロイン。『老いと死の存在しない楽園』で、発生するはずの無かった
「当時の顔写真も手に入れたわ。教えてもらった外見的特徴とも一致してる。……かなりの
「じゃあなにか? ……俺たちは今まで、
「それなんだけど、死んだと言ったのは言葉の綾でね」
「報道では、死亡事故って話だった」
「お得意の誇張表現でしょ。実際は脳死状態で、まだ完全には死亡してなかったらしいの」
「だとしても、脳死からの復活なんて……現代医学じゃ不可能だろ」
「そう。現代医学なら、ね。――だから『
含みを持たせた口調に眉を
つまり、アナスタシアはなんらかの理由で脳死状態から奇跡の復活を果たした。
真偽の程はさておき、そんな人間に
「それと、どうやらフェルディナンド氏は、数週間前に
「彼は“本土”で行方不明だと聞いたが?」
中年男の依頼――ある〈遺体〉の輸送に絡む
「彼の顔を見たって情報があるのよ、『ホテル・リュシフュージェ』の
だがリーガン製薬に関して、業績悪化や不祥事などの噂は聞いたことがない。
休暇中の
つまり、フェルディナンドにはなにか別の目的があって、この
大企業の代表取締役が、自らの意志で無法地帯に出入りしていたと知れたら一大スキャンダルだ。行方不明という
“本土”へ帰還する際には、それこそマフィアに誘拐されていた、なんて話をでっち上げるつもりかもしれない。
フェルディナンドがこの島で
『お父さんに会いにきたんです』
今回の
機械で加工されてはいたが、依頼の電話を掛けてきたのはおそらく中年男性。
荷物の届け先であるベイサイドホテル『オリゾンテ』は、
情報が符号していくがしかし、疑問はさらに膨れ上がっていく。
彼は何故、危険地帯にわざわざアナスタシアを呼び寄せた?
それも、昏睡状態にあった自分の娘を棺桶に入れるなど……ブラックジョークにしても趣味が悪すぎる。
懸賞金まで掛ける熱の入れようだ――この事態を仕組んだ黒幕の狙いは?
“本土”の大企業の一人娘を人質にして取締役を
――
長い抗争で
今の彼らは円卓を囲んで談笑しながら、机の下では
この島が“本土”から『火薬庫』と呼ばれる
――だとすると、どこの
『フルーレティ・ストリート』と『アガリアレプト警察署』は穏健派だ。積極的に揉め事を起こすとは思えない。
〈
可能性があるとすれば、序列一位の『ホテル・リュシフュージェ』か、二位の『サタナキア・アミューズメント』。
ここ最近は動きを見せていない『サルガタナス中央駅』は、大穴として候補に入れておこう。
思案を
「あぁ、あともうひとつ。〈
ロゼが思い出したようになにかを言おうとした、その瞬間――
爆発じみた銃声の連鎖が轟いた。
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