4-7.『運命の女なのよ』

 アナスタシア・リーガンは、


 それは性質タチの悪い冗談などではなく、明らかになった真実の一端。

 動揺を抑えるため、アルバートは深呼吸を挟んでから口を開いた。


「――彼女は、間違いなく生きてた」


 心音や脈拍は正常だった。

 触れた手には、生者せいじゃの確かなぬくもりがあった。死んでいるわけがない――そう抗議するアルバートを、『続きがあるから聞いて』となだめるロゼ。


……覚えてる?」

「そりゃ、マフィアどもの殺し合い――」

「あら、今日のアンタは随分と察しが悪いわねェ。お酒でも飲んでるのかしら」


 口調から察するに、その答えはハズレ――いや、半分ほど正解といったところか。

 少なくとも抗争に巻き込まれたわけではないらしい。


「じゃあ抗争それが起こった、は?」


 ロゼにそう言われ、酔いで鈍った頭を回転させていくうち……に行き着いた。


『私、生まれつき心臓をわずらっていて。手術を受けてからも、ずっと入院してたんです』


 ――まさか。


 答えを吐き出そうとする頃には酒精アルコールはすっかり吹き飛んで、火照ほてりを失った身体には悪寒が走る。


「――『インキュナブラ』での、……」

その通りビンゴ


 予想を肯定されると同時に、アナスタシアの名前を聞いてからずっといだいていた違和感のもやが晴れていく。


「そうか、リーガン製薬の……!!」


 リーガン製薬――人工島と実験都市の整備を主導した医療器具メーカー『レメディウム』の傘下だった製薬会社。


 『インキュナブラ』にて、『どんな傷も病も治す』とうたう新薬の開発を進めていたが……医療事故の一件により計画は頓挫とんざ

 しかし失墜した『レメディウム』を吸収合併し急成長。今や医療分野でトップシェアを誇る世界的大企業だ。


「ご明察。代表取締役フェルディナンド・リーガン氏のご令嬢が、地獄の釜のふたを開けるきっかけ――この島の運命の女ファム・ファタールなのよ」


 アナスタシア・――道理で聞き覚えがあるはずだ。

 『インキュナブラ』唯一の医療事故で、世界にその名を知られてしまった悲劇のヒロイン。『』で、発生するはずの無かった死者イレギュラー


「当時の顔写真も手に入れたわ。教えてもらった外見的特徴とも一致してる。……かなりの別嬪べっぴんさんよ、うちの看板娘アルバイトとして欲しいくらい」

「じゃあなにか? ……俺たちは今まで、動く屍体リビングデッドと仲良くお喋りしてたとでも?」

「それなんだけど、死んだと言ったのは言葉の綾でね」

「報道では、死亡事故って話だった」

「お得意の誇張表現でしょ。実際はで、らしいの」

「だとしても、脳死からの復活なんて……現代医学じゃ不可能だろ」

「そう。、ね。――だから『研究所ラボラトリ』の誰かが、の内部告発に利用したんでしょうね」


 含みを持たせた口調に眉をひそめながら、アルバートは情報を整理する。


 つまり、アナスタシアはなんらかの理由で脳死状態から奇跡の復活を果たした。

 真偽の程はさておき、そんな人間にかつての楽園インキュナブラ凋落ちょうらくを知る術は無い。


「それと、どうやらフェルディナンド氏は、数週間前に人工島インキュナブラに来てる」

「彼は“本土”でだと聞いたが?」


 中年男の依頼――ある〈遺体〉の輸送に絡む一悶着ひともんちゃく――を終えた翌日、朝食のBGMに流していたニュースで聞いた覚えがある。


「彼の顔を見たって情報があるのよ、『ホテル・リュシフュージェ』の管轄かんかつでね。その後の足取りは掴めてないけど」


 人工島インキュナブラに逃げ込んでくるのは、社会から爪弾つまはじきにされたろくでなしどもだ。多額の借金を抱えた元会社経営者なんかも多い。


 だがリーガン製薬に関して、業績悪化や不祥事などの噂は聞いたことがない。

 休暇中の物見遊山ものみゆさんに訪れるような場所でもないだろう。


 つまり、フェルディナンドにはなにかがあって、この魔窟まくつことになる。


 大企業の代表取締役が、自らの意志で無法地帯に出入りしていたと知れたら一大スキャンダルだ。行方不明というていを装っているのだろう。

 “本土”へ帰還する際には、それこそマフィアに誘拐されていた、なんて話をでっち上げるつもりかもしれない。


 フェルディナンドがこの島でそうとしているのは一体――そこまで考えて、アナスタシアの声が脳裏に蘇る。


『お父さんに会いにきたんです』


 今回の依頼主クライアントはフェルディナンド――アナスタシアの父親か?


 機械で加工されてはいたが、依頼の電話を掛けてきたのはおそらく中年男性。

 荷物の届け先であるベイサイドホテル『オリゾンテ』は、六大商会ギルドのひとつ『ホテル・リュシフュージェ』の管轄内だ。


 情報が符号していくがしかし、疑問はさらに膨れ上がっていく。


 彼は何故、危険地帯にわざわざアナスタシアを呼び寄せた?

 それも、など……ブラックジョークにしても趣味が悪すぎる。


 新参しんざんマフィアや〈悪魔憑きフリークス〉までもが俺たちの荷物アナスタシアを狙っている状況も気にかかる。

 懸賞金まで掛ける熱の入れようだ――この事態を仕組んだ黒幕の狙いは?


 “本土”の大企業の一人娘を人質にして取締役を傀儡かいらいに変え、島外への影響力を強めようという腹か?

 膠着こうちゃくする島内情勢への打開策を求め、どこかの商会ギルドが“本土”へ手を伸ばそうとしているのか。


 ――商会ギルド間の休戦協定は、決して和平の証などではない。


 長い抗争で疲弊ひへいし切った六大商会が、共倒れよりはマシだと受け入れたその場しのぎの妥協案。

 今の彼らは円卓を囲んで談笑しながら、机の下ではすねを蹴り合い銃を突き付け合っている。

 この島が“本土”から『火薬庫』と呼ばれる所以ゆえんだ。


 ――だとすると、どこの商会ギルドが絡んでいる?


 『フルーレティ・ストリート』と『アガリアレプト警察署』は穏健派だ。積極的に揉め事を起こすとは思えない。


 〈悪魔祓いエクソシスト〉が集う『聖ネビュロス教会』も、“本土”を巻き込むような強硬手段に出るとは考えにくい。


 可能性があるとすれば、序列一位の『ホテル・リュシフュージェ』か、二位の『サタナキア・アミューズメント』。

 ここ最近は動きを見せていない『サルガタナス中央駅』は、大穴として候補に入れておこう。


 思案をめぐらせながら頭を抱えたくなってくる。

 商会ギルド間の揉め事には首を突っ込みたくない――なんて思っていた矢先にこのザマだ。


「あぁ、あともうひとつ。〈悪魔憑きフリークス〉の不審死についてだけど――」


 ロゼが思い出したようになにかを言おうとした、その瞬間――


 爆発じみた銃声の連鎖が轟いた。

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