3-7『殺さないで』

「――あはっ、来た来たっ」


 流石さすがというべきか、ワイスの切り替えは速かった。


 舌舐めずりひとつ、テーブルを飛び越えてアルバートの隣に並ぶ。

 手首を軽く振りスナップ、袖から滑り出したナイフを曲芸のようにもてあそんでから握り込んだ。


 さっきまでの緊張はどこへやら……一瞥いちべつした横顔には愉楽ゆらくが花開いていた。


「どっちが多くれるか、勝負しよーよっ」

「……お前と遊んでる暇は無さそうだ」

 

 迫る人波、その先頭集団へ銃口を向ける。引き金トリガーに掛けた指に力を込め、いま突撃の号砲が——


「二人とも……っ!!」


 ――鳴る直前、背後からの声に揃って振り向いた。

 悲痛な声の発信源は、テーブルの下に隠れたアナスタシア。


「お願い——


 翠緑すいりょくの瞳にすがるように見つめられ、懇願こんがん声音こわねに鼓膜と意識を揺らされる。


「「……分かったよ」」


 アルバートはなだめるように。

 ワイスは心底から不服そうに。

 全く同じ言葉を全く違う声色で届け、二人は迫り来る集団へ再び向き直った。


『できることなら、次はもっと穏便な方法で』


 そう約束したばかりだ。

 ただでさえ憔悴しょうすいしている彼女に、また殺しの様を見せ付けるのは気が引ける。


 いつもの癖で上半身——額か左胸——に照準エイムしていた銃口を下げ、最前列の人々の両膝を撃ち抜いていく。


 天井への威嚇射撃いかくしゃげきに、誰一人として萎縮いしゅくしなかった。

 当然、銃火を見ても殺到する勢いは衰えない。脚を壊され崩折くずおれてなお、って進もうとする者までいた。


 周囲の老若男女はみな一様に、歴戦の兵士じみたきもわった表情をしている。

 なるほど、豆鉄砲ハンドガンでの威嚇に動じるわけもない。


 連鎖する銃声。

 床を汚していく血飛沫。

 苦鳴くめいを上げ倒れ込む人、人、人――


 アルバートの意識は眼前の光景から遠のき、自分たちが置かれた状況の整理を始めていた。


 高速道路ハイウェイでの襲撃がしくじったときのため、逃げた先に一般人を装った別働隊を待機させていた——あり得なくはない話だ。


 だが、どうしてと分かった?

 逃げ込むのを見てからでは、こんな奇襲は不可能。年端としはの行かない子供まで戦列に加わっているのも引っかかる。


 意識が思考の渦に飲まれそうになったそのとき、彼らの額に浮かぶ〈印章シジル〉が目に入る。


 そうだ、〈悪魔憑きフリークス〉相手に常識など通用しない。目の前の不可解な現象や些細ささいな違和感から、意識を一旦切り離す。

 まずは——


 つむごうとした戦術思考はしかし、自動式拳銃の弾切れホールドアップとともに途切れた。


 舌を打ちながら、背後にある椅子を掴んで投げ付ける。再装填リロードの時間を稼ぎつつ、視界の端に映るワイスへわずかに意識を向ける。


「——ふッ」


 片足がかすみ、繰り出されるハイキック。

 成人男性でさえ容易たやすく吹き飛ばす一蹴があごを掠め、脳を揺らされた巨漢は眼をいて崩れ落ちた。

 流れるように繰り出された後ろ蹴りソバットが、後続の腹に突き刺さる。


 着地後の隙を狙って、横合いからひとりの女が足下に滑り込んでくる。

 両脚に組み付こうとする女の頭を掴み、そこを支点に側転のように身体をひるがえして回避。


 次いで飛びかかってくる老人を、屈みながらのサソリ蹴りで返り討ち。

 吹き飛んだ痩身そうしんが、テーブルや椅子を派手に薙ぎ倒す。


 その後も、エクストリームマーシャルアーツを思わせる華麗な足技で次々と倒していく。

 ワイスまでがアナスタシアの言うことを聞いたのは驚きだ、彼女なりに殺さないよう手加減して――


 いや違う、だけだ。

 上段蹴りハイキック動作モーション中にちらりと見えた碧眼へきがんは、退屈そうにくもっていた。


 ――以前、ワイスは迫り来るゾンビをひたすら撃ちまくるFPSゲームを遊んでいた。


 買ってすぐこそ熱狂していたが……おそらく半月もたずにあの汚部屋おへやのどこかに埋もれていった。

 最後にプレイしていたのを見たときも、今みたいな死んだ目だった。


 戦闘中毒バトルジャンキーといっても、ワイスが好むのは強敵との攻防や、生死を賭けた緊張感ある駆け引きだ。


 しかしこの戦いは、まさしくゾンビのように群がってくる敵を

 自我も思考も無ければ、駆け引きもクソも無い……もはや単調な反復作業のようで退屈なのだろう。


 あきれの嘆息たんそくとともに再装填リロード完了。

 だが一丁じゃ足りない——ふところから別の拳銃を抜いて二丁拳銃ツーハンドに。交差した両腕を開きながら、引き金トリガーを引きまくる。


 両膝を撃ち抜かれ土嚢どのうのように積み重なる人々。迫る後続はそれを一瞥いちべつもしない。

 倒れ込んだ前列は、肉が潰れ骨の砕ける嫌な音が店内に反響する。

 ——このままじゃらちが明かない。


「ワイス!!」


 男を蹴飛ばして振り返った相棒に、顎をしゃくって前方の自動ドア——唯一の出入口を示す。


「外に出るぞッ」

「おっけー」


 ワイスは口の端を吊り上げると、床を一段と強く蹴り付けて跳躍。

 両足を突き出し、アルバートに迫っていた肥満体デブへとドロップキックをブチかました。


 豪速球よろしく吹っ飛んだ肥満体が、群れなす人々を薙ぎ倒していく。自動ドアが慌てて開き出すも間に合わず、ガラスを粉砕して路上へ転がった。


 後に残ったのは出口までの一本道――まるで海を割る神話の一幕だ。

 思わず、あきれと感心の混じった溜め息が漏れ出る。


「アナスタシア、こっちだ」


 テーブルの下に隠れていたアナスタシアの腕をつかんで引っ張り出し、相棒がこじ開けた活路をひた走る。


 外に出ると、通りは女性の悲鳴や野次馬の喧噪で満ちていた。ガラス片と血に塗れた肥満体が吹っ飛んでくれば当然か。


 いつの間にか消えた相棒の姿を探し――見つけた。

 少し離れた場所に止めているバンの上。

 屋根ルーフ胡座あぐらをかき、何事か呼びかけている。喧騒に掻き消され聞こえないが、かろうじて唇の動きは読めた。


 『は』『や』『く』『あ』『け』『ろ』


 ――うるせぇよ。


 早く車に乗り込みたいのは山々だが……進路を塞ぐ人混みは怯えて狼狽うろたえるばかりで、一向に退く気配がない。

 こうなったら――


 アルバートは苦虫を噛み潰したような表情で銃口を天へ向ける。

 まるで逃走する強盗のようで嫌だが、背に腹は替えられない。


「――邪魔だ、退けッ!!」


 怒声とともに発砲。

 銃声にひるんだ野次馬たちは、次の瞬間には口々に悲鳴を上げ、蜘蛛くもの子散らすように逃げていく——


 その動きが、

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