第61話 マリアンネ様の告白

「これだと決勝戦までマリアンネ様達の組とはあたらないのですね」

「教官達も組み合わせを考えたのだろう」

 確かにそのようだ。本日は4試合。明日も準決勝2試合、決勝、第3位決定戦の4試合だが、順当に行けばマリアンネ様の組とは決勝まで当たらない。


「あと試合形式が変わっています。本戦での攻撃対象は相手パーティの術者ではなく、相手パーティのダミー人形へ行うそうです。防御魔法も当然自パーティのダミー人形にかける事になります。相手パーティの術者及び観客に怪我等をさせたら失格だそうです」


 なるほど、そうすれば強力な魔法でも生徒は被害を受けない訳だ。考えたな、サクラエ教官。


「自分達でない対象にもあの魔法をかける事は出来るか」

「問題はありません。対象を多少変えるだけですから」

 リリアの返答が頼もしい。


「それでは昼食にするのだにゃ」

「今日はお楽しみ丼だそうですわ」

 そう言いながらリリアが小さめのお重みたいな弁当箱を取り出す。1個、2個、3個……合計で12個出てきた。


「中身は3種類、カツ丼、天丼、親子丼だそうですわ。どれがどれなのか、私にもわかりません。適当に取って下さいな。同じの2個なら誰かと交換するという事で」

 

 なるほど、だからお楽しみ丼か。悪くない。

 皆さん結構本気でどれを取るか悩んでいる中、私は適当に2個とる。どうせダブっていれば交換すればいいのだ。


「全員が取るまで蓋は開けないで下さいね」

 リリアがそう言うので皆が選び終わるのを待つ。


「さあ、それではどうぞ」

 開けたらふっと部屋中に匂いが広がる。私のは天丼とカツ丼だ。なお今回のカツ丼はデミカツ丼である。カツ丼は卵とじタイプの方が好きだが今回は親子丼と卵とじが被るからだろう。どっちも揚げ物でちょい油多めできついかな。


「私は肉がっちりの方がいいのにゃ。アン、カツ丼と親子丼交換お願いなのにゃ」


 見るとナージャは天丼と親子丼。ダブっていないがまあいいだろう。なお肉がっちりといって天丼ではなく親子丼が排除される理由は簡単、マノハラ伯爵家風の天丼の主役は巨大鶏天だからである。


「いいですわ」


「ならリリア、私は天丼がダブったから……でもそうするとナタリアがカツ丼2つになっちゃうね」

「3人で回せばいいですわ。そうすれば3人とも違う種類になりますから」

「そうですね」


 何とか全員うまく回して食べようかと思った時だった。扉をノックする音。

「はいにゃ」

 ナージャが返答してしまったので扉が開かれる。誰だ邪魔者は。


「失礼しますわ。ご挨拶でも……あ、申し訳ありません、食事中ですわね。あとでまたお伺いしますわ」


 マリアンネ様だった。どっかの殿下と違って邪魔はしないようだ。うん、なかなか心がけが宜しい。そう思った時だった。


「宜しければ一緒に食事されませんか。あと2人分でしたらございますわ」


 おい何を言うリリア。そう思ったのだが仕方ない。それにマリアンネ、見た目はなかなかいい感じではある。ここにはいないお姉様タイプだし。ただ面と向かって付き合うと微妙に、いやかなりうざい性格なのだが……


「いいのでしょうか。私達のパーティとは敵同士ですのに」

「でも本日はマリアンネ様達と戦う事はありません。それに少しお話を聞きたいなと前から思っていたのです。何人か増えても大丈夫なようにお弁当も予備をもってきております。もしまだお食事がお済みでないのでしたら是非ともご一緒していただけないでしょうか」


 何を聞くんだリリアと思ったが、確かに私も興味がある。マリアンネ様は私のメタ知識無しで超級魔法を習得するまで最大MPと魔法適性を増やしたのだ。さっとステータスを見るとリリアと同じ『黒魔術師:攻撃魔法の効果範囲2倍+魔法攻撃力2倍』なんてのまでついている。私は『器用貧乏』なのに。ちょっと納得いかない。その辺について問いたい。問い詰めたい。小1時間問い詰めたい。


「それでは失礼させていただきますわ。話をしたいのは私も同じでしたから」

 マリアンネ様とアニーが空いている席に座る。だからアニー、そんなに申し訳無さそうな顔をしないでくれ。今のはリリアの我が儘だから気にしなくていいんだ。

 リリアが箸とスプーン、そしてお重を2個ずつ2人の前に出す。


「開けていただけますか。なおお二人のものは片方が異なっておりますので、良ければ互いに分け合って食べていただければ嬉しいです」

 マリアンネ様の分がカツ丼と親子丼、アニーの分が天丼と親子丼だ。


「これは珍しい料理ですわね。ひょっとしてマノハラ伯が夏の巡幸の際、陛下に出されて喜ばれたというのはこの料理でしょうか」

 よく知っているな、マリアンネ様。


「これもその料理の一部ですわ」

「これらもマノハラ領の郷土料理なのでしょうか」

「いえ、新しい料理ですわ。実は夏休み、ここの皆とマノハラ領で過ごしたのですけれど、その際にアンが昔本で読んだことがある料理の話をしてくれまして、それで作ったものですの」


 おいリリア、そこで私の話はまずい。そう思った時だ。


「悔しいですけれど、なかなか追いつけないですわ」

 マリアンネ様から予想外の台詞が出た。どういう事だ。そう聞きたいけれど聞けないなと思っている間にマリアンネ様は再び口を開く。


「今年の春休みまではそう変わらなかった筈です。でもその頃でも他の侯爵家や辺境伯家で歳が近い中ではアンフィーサ様が一番のライバルだと認識していたのですわ。私から見て1学年下ですが、授業にもそれ以外にも真摯な態度でしたから」

 

 言いたい事はわかる。この国の貴族の子弟なんてちゃらんぽらんな奴が大部分だ。どうせ今後の人生は実家の爵位と生まれ順で決まる。だから努力など必要無い。遊んでいようとどうせ同じだ。そう思っている奴が多すぎる。


 だからえてして上位貴族ほど無能だ。それでも家を継ぐ嫡子あたりは責任感やら親の目やらあるので一応ある程度はまともな奴もいる。でも2番目以降はもう目も当てられない。そしてこの国の今の体制はそれを許容してしまっている。


「でも春休みを終えた途端、アンフィーサ様は変わられました。最初はとうとうアンフィーサ様も他のボンボンと同様になってしまうのか、そう思ったものです。ですが違いました。アンフィーサ様が行っていたのは更に高みを目指す為の全く新しい方法論だったのです。


 何故そんな事をして実力が上がるのか。殿下とも親しくなったのか。わからないですけれど、効果があるのは確かなようでした。それ以上に効果的な方法が無ければ真似をするしかない。真似だから本物よりは効果が薄いのは当然です。それでも追いつく為には先行者の倍は努力が必要でしょう。


 私は離されない為にも必死に追いかけるしかない。そんな無茶な試みに最後まで付き合ってくれたのはアニーだけでした。それでも何とか家に伝わる超級魔法を使えるようになりました。その辺は間違いなくアンフィーサ様のおかげですわ」


 う゛、ううう……これだからマリアンネ様と面と向かって話すのは苦手なのだ。今の長台詞でわかる通り、マリアンネ様はスポ根的な性格である。真っ当だけれど暑苦しい。だから遠目に見る分には好ましいのだけれども……

 ただちょっとだけ、私にも言える事がある。


「私は仲間に恵まれました。リュネットとナージャが新学年の初めからずっと付き合ってくれましたから。リリアとナタリアもそうです。(殿下はまあ置いておいて)この皆さんがいてくれたからこそ、このようなある意味今までの様式をかなぐり捨てたような事が出来たのですわ」

 勿論殿下のくだりは思っていても口には出さない。お約束だ。


「それはアンフィーサ様の人徳ですわ、きっと。才能というものもあるのかもしれませんね。知識の広さというのもあるのでしょう。一例としてみればこのお昼ご飯、本当にとても美味しいです。私の知識の中には無いものですわ」


 何かこの辺はマリアンネ様に申し訳ない。単なる異世界からの知識チートに過ぎないからだ。


「あと、私も手順込み魔法の論文をサクラエ教官にお借りして読んでみました。ですがあの理論は私には難しすぎました。書いてある事は全て理解できます。でもそれを実際に実践してみろとなるとどうしても上手くできません。せいぜい部屋の温度を自動調整する魔法のような、例にあった魔法を少しだけ変える程度です。

 ですがアンフィーサ様はあの論文を読んで、更に新しい考え方を思いつかれたと聞きました。やはり才能の違いなのでしょうか。正直忸怩たる思いはあります」


 ごめんマリアンネ様、それも知識チートなんだ。でも言えない。ただただ申し訳ない気持ちがつもるばかりだ。

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