第53話 最初の試合

「それでは行ってきますわ」

 第3試合途中でリリアとナタリアが出ていった。


 これまではあまり参考になる試合はなかった。全体的なレベルの低さと実践的でなさがより一層明らかになったというところだろう。初戦に勝ったら場合は今の第3試合の勝者と本選出場をかけて戦うことになるのだが、正直どうやっても負ける気はしない。


「こうやって見ると本当に意味のない部分だけ凝っているよね。韻を踏んだり語数を揃えたりとか」

 リュネットの言う通りだ。


「ええ。今では私もそう感じますわ。去年まで疑問に思っていなかったのが恥ずかしいくらいです」


「でもアンが迷宮ダンジョンに誘ってくれたおかげで私もそれに気づけたんだと思うよ。私も教会や施療院では魔法を使っていたけれど、戦闘での使うことは無かったから」


「威力としてはせいぜい中級程度なのにゃ。なら中級魔法を無詠唱で連射したほうが効率的なのにゃ。こんな試合、それであっさり終わるにゃ」


 ナージャの言う通りだ。


 結局この第3試合も結局は水球魔法と火壁魔法の衝突で終わった。お互い長い呪文を延々と詠唱していたけれど。呪文はそれぞれ1発ずつだけだ。


「何か見て無駄を感じるにゃ」

「だよね。でも次はいよいよリリアとナタリアの番だよ」


 見ている前でリリアとナタリアが試合場へ出ていく。本当は大声で応援したいところだが、礼法とやらの都合でそれが出来ない。だからただ見守るだけ。もっとも負けるとは全く私も思っていないけれども。


 皇太子殿下に礼をして、相手と礼をして、そして主審の教官が試合開始を宣言。

 同時に相手もリリア達も詠唱をはじめる。


「あの呪文は何だにゃ」

六聖獣絶対防護魔法サヴァタージは既に起動しているよ。あの呪文は既に出現している竜を隠すだけの呪文」


「ナタリアの方は一応本物の呪文ですわ。猛獣追牙バ・キ、猫精霊が101匹出現する魔法ですね。無詠唱でも発動できますが、わざと唱えているのではないかと」


「あの精霊呪文シリーズなら私も使えるのにゃ」

「元々はナージャに教わった獣牙バ・ガですからね」

「でも獣牙バ・ガよりコントロールしやすくて便利なのにゃ」


 そんな事を話しながら観戦する。危機感は全く無い。この辺で負けるとはここの誰も思っていない。


 なおりリアやナタリアの詠唱を暗記されても問題ない。2人の魔法はその部分だけでは解析できないようになっているから。2人が詠唱している部分はプログラムに例えるならメインの本文部分だけ。必要な組み込み関数やサブルーチンに当たる魔法を知らなければ意味がわからないし起動も不可能だ。


 どうやら相手の呪文が完成したようだ。魔力が集中していく。


「これも中級程度の風属性だね。強風魔法かな、これは」

「そうだにゃ。でも微妙に威力不足にゃ」

 ナージャの言う通りだ。


「要素を詰め込み過ぎた結果、呪文全体での魔法効率が落ちていますね」


 本来はただ強烈なだけの風が自分の側から相手に吹くだけの魔法だ。でも風の巻き方とか温度とか余分な指定が多い分、全体的な威力が下がっている。それでも普通に人が吹っ飛ぶ程度の威力ではある。


 リリアが詠唱を止める。6体の竜がリリア達の前に出現した。大きさは1体あたり馬と同じくらいと竜としては小さい。だが一気に6体出現すると流石に迫力がある。リリアが小さくてかわいいから余計にそう感じるのかもしれないけれど。


 地を表す茶色の竜が口からブレスを吐いた。風と相克、土壁を構成する魔力だ。竜とリリア達のまわりだけ魔法が相殺される。

 

 ナタリアはすぐには攻撃をかけなかった。相手が次の魔法を仕掛けてくるかをはかっているようだ。だが相手が始めたのは同種の風の呪文。


「……疾く行け、猛猫よ!」

 待っても無駄だと思ったらしい。猛獣追牙バ・キ、私の開発コードではにゃんこ大戦争が起動する。

 

 猫精霊が大量に出現する。1体の大きさはそれほど大きくない。いわゆる野良猫サイズだ。でも合計101匹。流石にこれも迫力がある。


 出現した猫の群れはゆっくりと敵めがけて行進する。ゆっくりと敵の周りを囲み、今にもとびかかって襲うような姿勢を示す。一応精霊体なので中級程度の魔法は一切受け付けない。物理攻撃はもちろん受け付けない。有効なのは精霊体による直接攻撃か、上級以上の魔法のみ。もしくは術者であるナタリアを倒すかだ。

 つまり中級魔法を使える程度では手がでない筈だ。


 それでも敵2人は降伏しない。気丈にも魔法杖を立てて防護の姿勢で呪文を唱えつつ耐えている。これが女の子だったら絵的にそそるのだが、残念ながら今回の敵は2人とも男子。だから私としてはどうなってもいい。まあ事故になったらまずいから、程々程度で。


 猫数匹がとびかかって攻撃し始めた。猫精霊は全て術者のナタリアの意志で動く。だから実は魔法杖の手から離れた方とか服の裾とか、当たっても怪我にならない部分を狙っている。肌を傷つけそうなときは爪をひっこめている。でも襲われた側にはそんな冷静な事を判断する余裕は無いだろうな。私でもあんなのに襲われたら怖い。漏らしそうな気がする。


 主審がリリア達の方の旗を上げた。どうやら敵が降伏を認めたらしい。


「あっけなかったにゃ」

「でもこんなものだよね」

 2人の言う通りだ。


「そうですね。あとは他のみなさんがいかにこの魔法を破ろうと工夫してくれるかですわ」

 実はこれも目的のひとつらしい。私がそう考えた訳ではない。サクラエ教官的な目的である。


『これでただ華麗さを誇るだけの見世物の魔法から、真に敵を倒すための魔法探求へと目的が変わるだろう。実際にはこの六聖獣絶対防護魔法を破る事はきっと出来ない。それでも破ろうと模索する過程こそが攻撃魔法について考え直すきっかけになる筈だ』


 そう教官は言っていた。そううまくいくかどうかは私にはわからない。でも確かにそうやって意味の無い華麗さの追求から実践的な方向へ志向が変わるなら、それなり意味はあるだろうと思う。


 リリア達が戻って来た。

「緊張しましたわ」

「でも想定通りでした」

 2人を拍手で迎える。

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