26話 新学期早々問題発生

 時が経つのはあっという間だった。少し前に始まったと思っていた冬休みは、あっというまに過ぎ去ってしまった。


とは言え、別に何もなくただただいつも通りの日常を過ごしていたわけではない。去年と比べれば大違いだ。




「去年なんてクリスマスは正午と出かけて、正月はいつも通りに家に帰った。それぐらいしか家から出ずに、ひたすらにアニメ見てたもんな、俺」




 そんなことをぼやきながら、俺は2週間前までは毎日のように歩いていた通学路を、1人で歩いていた。




 え?どうして1人で歩いてるのかって?当たり前だろ、そんなの。俺の家に近い友達なんて、花くらいだ。そんな状況で誰かと登校できるわけがないだろう。


 ん?彼女がいるだろ?勿論その通りだ。俺にはもったいないぐらいの彼女がいる。


 しかし、だ。別に彼女がいるからって、毎日一緒に登校しているわけではない。たまに駅でばったり会って、それで一緒に行くことはしばしばあるが、それくらいだ。


 基本的に俺たちは下校のみ一緒にしている。だってそうだろ?相手に合わせるために自分の時間を合わせなくてはならない。そんなの少しばかり不自由じゃないか?


 たしかに一緒に登下校をするのはアニメとかでは一般的だし、そう言う親友キャラに若干嫉妬する主人公とか定番中の定番だ。でも、それはアニメだから成り立つ。現実だとそう上手くはいかないものなのだ。何せ、人には皆等しく24時間が与えられている。


 しかし、その限られた時間を、制限されることは世の中にはたくさんある。例えば、受けたくもない世界史の授業とかだ。別に世界史が嫌いなわけではない。ただただ面白くもないダジャレを授業中に嫌と言うほど連発してくるせいで、全然授業が頭に入ってこないからだ。こんな授業を受けるくらいなら、家で勉強した方が数倍は効率がいいと思う。


 まぁ、話を戻してっと。ようは、制限されることは必ずあるので、その数をわざわざ増やす必要はないだろうということで、基本的には待ち合わせと言う概念はない。




「おはようございます」


「はい、おはよう」




 おっと。俺は脳内でいろいろと語りながら、いつの間にか校門まで来ていたようだ。


俺はいつも通り教頭に挨拶をし、玄関へ向かう。そして、下駄箱の扉を開けたときだった。




「ん?なんだコレ?」




 そこには、1通の手紙が入っていた。少しばかり懐かしい展開だ。




「ラブ……レター…か?」




 俺は周りを確認しつつ、そっと手紙をとると、素早く靴を履き替えてトイレの個室に直行した。そして、心を落ち着かせてからそっと手紙を封筒から取り出した。






━2年4組早野匠さんへ




おはようございます。


私は2年のとあるクラスの女子です。


どうしても早野さんとお話がしたく、こういった手紙と言う形でコンタクトをとらせていただきました。


手紙なのは、お察しの通り人見知りだからです。


もしこの手紙を読んでくださったのならば、放課後屋上まで来てください。






「…………………………何っっじゃコレ?」




 それはラブなのかも怪しい謎に満ちた内容の手紙だった。


 まず、何故にこんな形でコンタクトをとっておきながら、屋上に呼ぶのか。しかも、自分でも人見知りだと明言しているのにも関わらず、だ。


 次に、何故俺と話をしたいのか。俺と積極的にかかわりたがるような奴が本当に要るのかと言う所だ。何せ俺は、勉強が少々できるだけの何のとりえもないのになぜか超絶美少女の彼女がいると言う、女子から見たら気持ちの悪い人間だ。なのにわざわざかかわりに来るやつがいるのだろうか。


 そして最後、2年のとあるクラスの女子とか、怪しさぷんぷんで鼻が腐りそうだ。当たり前だろう。女子とかいちいち言ってくるやつなんてほんとにいるのか?いや、恐らくいないだろう。


 そんな感じで俺は1つの結論に至った。




「うん。これは正真正銘の悪戯だ」




恐らく、俺が騙されるのを見て楽しみたがるようなやからの仕業だろう。




「ったく、期待自体はあんまりなかったけど、何となくがっかりしたぞ」




 そんなことをため息交じりに呟きながら俺はトイレを出た。


 すると、そこで1人の少女と出くわした。




「うわぁッ!…って、匠君?おはよう」


「か、花蓮か……。びっくりした。おはよう」


「私もびっくりした。…って、そう言えばさっき、何か言ってなかった?がっかりしたとか…」


「ん?あ、あぁ。うん。ちょっと色々とあって……」


「どうしたの?もしかしてラブレターでももらったの?」




(ギクリ)




「え?もしかして図星なの?え、嘘。もしかして私より可愛い人だったの?」




 俺が何も返事せずに黙りこくってしまったせいで、花蓮が変に心配して慌てだした。




「いや、違う違う。まさか花蓮の方が心配すとは思わなかったからちょっと驚いただけだって」


「ほ、ほんとに?私、まだ匠君の彼女でいられるの?」


「あ、当たり前だろ。むしろ俺の方からおでこを床にこすりつけてお願いしたいぐらいだ」




涙目になりながら言ってくる花蓮は「えへへ」なんて感じのことを口にしながら、嬉しそうに笑っていた。いや、ちょっとそれは反則過ぎると思いますよ?僕は。




 まぁ、何にしろ、とりあえずこの件は悪戯で確定だな。さすがに今回ばかりは男の仕業って感じがありすぎて、少しも疑えん。しかも、あの時は俺が好きだった花蓮からの手紙だったし、ましてや俺には彼女のかの字もないときだったから、興味本位で足を運んだだけだ。今回に限ってそんなことをするわけが……






『ヒュ~~』




 風が空を切る音が鳴り響く屋上。放課後、そこには1人の少年が立っていた。




あぁ。分かってたさ。これが悪戯だってことぐらい。でも、でもだ…。




「いくら何でも誰もいないのはおかしいだろーーーーー!!!」




 俺は、こだまするくらいの大きさでそう叫んだ。


 だってそうだろ?さすがに誰か1人くらいいてもいいだろ。男でも。せめて男でも。




『ガチャッ…!』




「ん?」




 俺が嘆いていると、ふと屋上の扉が開いた。




「……え?」




 のだが、そこにいたのは予想外の人物で、思わず間抜けな声を出してしまった。




「来てくれたんだ、たく」


「お、お、おま、何でここに……」




 俺を「たく」と呼ぶ柔らかな声。綺麗で透き通っている声だが、俺にとっては少し嫌な思い出のある声。


 綺麗に染め上げられた金色の髪をポニーテールでまとめており、目は純粋な黒。制服を大胆に着崩しているその様は、まさにギャルを連想させる。そのうえ、顔は悪い方ではなく、どちらかと言うといい方に分類される。


そんな彼女の名は笹中ささなか沙恵さえ。この下村学園の2年生で、俺とはある繋がりを持っていた奴だ。そして、そのせいで俺はコイツにに付きまとわれるようになったのだ。




「さ、沙恵…か。どうしたんだ?もう戻ってきたのか?」


「うん!そうだよ」




 沙恵は、親の仕事の都合で、2年の夏休みから海外へと飛び立った。それから約半年。彼女はまた日本に戻ってきてしまったらしい。




「いつ、戻ってきたんだ?」


「昨日だよ!3学期からすぐにたくに会えるように調整したんだから!」


「そ、そうなのか……」


「そうそう」




 こいつの家は、まぁはっきり言って少し金持ちなのだが、それでも両親共働きで、基本的には沙恵に激アマ。ゆえに何でも融通はきき放題。曰く、「ギャルだろうが何だろうがさーちゃんは可愛いから何でも大丈夫」らしい。1度家にお邪魔したときにそう言われた。




「でも、何でわざわざ屋上にまで呼び出したんだ?」


「あ、そうそう!ほんとは放課後のバイトの時に会おうと思ってたんだけど、友達に聞いたらたくがバイト辞めたって言ってたから呼び出さないとと思ったの!」


「別に会うだけなら廊下でもなんでもいいだろ」


「そんなの全然雰囲気出ないじゃん!」


「雰囲気なんていらないだろ」




 なんだよ、雰囲気が出ないって…。沙恵とおれが会うだけで、何故雰囲気が重視されるんだ?ただ会うだけなら別にそれこそ教室に来るだけでもいいだろ。




「てか、何で手紙なんか入れたんだよ。メールでよかっただろ。メールで」


「だ・か・ら、雰囲気が出ないじゃん!」


「だから何んの雰囲気だよ!どこにその雰囲気の重要性があるんだよ」


「だって沙恵とたくが会うんだよ?普通なんて考えられないよ」


「いや何でだよ。理解できねぇよ」




 何故手紙なのかと言う質問にもやはり雰囲気。何故俺と沙恵との間で雰囲気がいるのかがほんとに分からない。




「そう言えば、何でバイト辞めちゃったの?」


「いや、辞めないと言う選択肢はなかっただろ」


「え?どうして?」


「どうしてもこうしてもあるか!」




 俺は会話にならない沙恵に持っていかれないように、必死に自分のペースを保つ。


 そう言えばだが、俺はここ最近全くしていないが、2年の夏休みに入る少しばかり前まで、とあるカラオケボックスでアルバイトをさせてもらっていた。俺はそこでだいたい1年半、つまり1年の始めから働かせてもらっていた。


 しかし、とある理由で辞めた。同期のやつらからは、




「お前、どうせ沙恵ちゃんがやめるからやめるんだろ?あーあ。いいよな、お前はあの沙恵ちゃんと同じ学校に通ってるんだし」




 なんてことを言われた。実際、俺が辞める少し前に沙恵はバイトをやめた。俺が決断して店長に伝えたのは沙恵よりも2か月程早かったため、実際にはそんな理由ではない。しかも、当時は沙恵が辞める理由なんて知らなかったから、もしかしたら店長がバラしたのかとも思っていたが、どうやらその線は全くなかったらしい。




「ねぇねぇ、どうしてバイト辞めちゃったの?」


「……」


「あ!分かった!沙恵が居なくなっちゃったからやめちゃったんだ!」


「んな訳ねぇだろ」


「え?またまた~たくは照屋さんなんだから!」


「………」




 まるで話にならない。もうこいつと関わるのはやめにしたくなる。と言うか、早く辞めてほしい。正直な話、あいつが海外に行ったときは、内心ガッツポーズをしていた。それぐらい俺はコイツが苦手なのだ。ある理由のせいで。




「たくってほんと、昔っから照屋さんだよね!たくの好きなアニメ的な言い方で言ったらツンデレさんだよね」


「……」




 いや、悪いが個人的見解を述べさせていただくと、リアルの男のツンデレほど需要性のないものはこの世にそう多くは無いと思う。あくまでも個人的な見解だが。


 しかし、これ以上変にあいつの妄想に合わせるのも疲れてきたし、しっかりとほんとのことを話して、サッサと本題を聞いて、ちゃっちゃと帰りますか。部活もあるし。




「あのな、俺はそもそも店長には2か月前からやめさせてもらうことを話してたんだよ」


「え?そんなの知ってるよ?」


「……は?」




 え?いや嘘だろ?店長……言っちまったのか?ここまでそこそこ上がっていた元店長の評価が駄々落ちしそうな予感しかないんだが…。




「店長に……聞いたのか?」


「そんなわけないじゃん!」


「ならどうやって……」


「そんなの簡単じゃん。沙恵は、たくのことならなんでも知ってるんだから」


「だから何でだよ」


「沙恵はいつでも一緒にいてるんだから!」




 可愛らしくそう言う沙恵。一般性となら、今ので鼻血を出して出血多量で貧血になっていただろう。しかし、俺にとっては寒気しかはしらない。




「お前、ストレートに盗聴してることさらしてんじゃねぇよ。気づいてたけど」


「とうちょう?何それ沙恵には分かんない!」


「……」




 ダメだ。こいつはほんとにダメだ。人じゃない。そうだ!こいつは人じゃないんだ。だから話が通じないんだ。それなら何となく理解できる。いや、そうでないと理解できないし納得できない。


 俺が脳内で、強引に話を整理していると、沙恵が何事もなかったかのように新しい話をしだした。




「寂しかったでしょ?」


「は?な、何でそうなるんだよ」




 よく分からないことを言い出した彼女だったが次の瞬間、もっと意味の分からないことを言い出した。






「だって、たくの彼女の沙恵がいなかったんだよ?そんなの寂しかったに決まってるでしょ?」






「………………………は?」




 やばい、また始まった。この展開。


 そうだな、まさにそうだ。俺がバイトをやめた理由。それは、




『俺がこの女にひどく付きまとわれていたから』だ。




 まぁ、確かに学校が同じだったからやめたところで変わらないと思うかもしれないが、こいつは学校ではあまり執拗に絡んでは来なかった。しかし、ことバイト先では俺にひどく絡んできていた。理由は…まぁ、ある程度予測はついてるんだけど……。




『ドスン…!』




 そんなことを頭の中で考えながら、思い出したくないような記憶をあさっていると、突然ドアの方から物音がなった。


 鞄…のようなものが落ちた音だ。間違いなく誰かがこの状況を見ていた。


 そして、誰だろうかと内心焦りながらドアの方を振り向くと……そこには、今の話を最も聞かれたくなかった相手がいた。




「それって……どういう…こと……?」


「いや、その……」




 俺の目線の先に立つ1人の女性…。




「どういうことなの……匠君?」




 文句なしの美少女岡田花蓮が、純粋無垢な瞳で、俺を見つめていた。

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