番外編:監獄島からの脱出(後編2)☆



 ※



 監獄島と呼ばれる、カイザル刑務所の所長ガブラフは、不埒にも王女をさらった怪盗『夜の黒薔薇』を、刑務所の門前で追い詰めていた。


 陸地への唯一の道が、干潮時でなければ通れないのを知らなかったのか、その場で王女共々立ち往生している、燕尾服に黒マント、黒のシルクハットを被った間抜けな怪盗を。


 だが、追い詰められた筈の怪盗は、悠然としていて、まるでここに所長達が来るのを待ち構えていたかのようだ。


(そもそも、こいつは何処からこの監獄島に忍び込んだ?入って来た特殊なルートがあるなら、何故そちらから逃げなかったのだ?この道が、干潮時以外通れない事など、少し調べれば分かる筈なのに……)


 ガブラフの胸中に、言い知れぬ不安が沸き起こる。


 怪盗姿で相対するゼンは、セインに合図する。ある魔術を使う。


 その時、レンバルド王国の主要な街の、広場的な場所にガエイが密かに設置したクリスタルを介して、怪盗『夜の黒薔薇』の、王女を片手で抱きかかえ、右手でステッキをもてあそぶ余裕の立ち姿が、巨大な映像として浮かび上がった。


 当然それは、この国の首都、王都でも同様であった。


 城では、まだ仕事の残っていた文官の貴族達がそれ見て騒いでいた。


 自室にいた国王と王妃は、その腕に抱えられた自分達の末娘を、静かに見つめていた。


 ここから見える、近くの港町にもそれは映し出されていたが、怪盗にくぎ付けの、刑務所職員一同は誰もそれに気付かなかった。


 それは、前の闘技会で、レフライアの巨大映像が闘技場に映し出された事を聞いたセインが、独自でそれを再現し、魔力の消費効率を良くした改良型の魔術だった。


「さて、ガブラフ所長。貴方の、王女に対する賢明なる処遇は、貴方も王女、メイリンティレス姫の無罪を確信なされていて、その真実が白日の下にさらされた時のものとお見受けしたのですが、どうでしょうか?」


 怪盗は、笑みすら浮かべ、優雅な所作で、ガブラフ所長に問いかける。


 実際のゼンは仏頂面で、淡々と押し付けられた台本の台詞(セリフ)を言っているだけだった。


「……だったとしたら、何だと言うのだ」


 ガブラフは、怪盗の自信満々な態度にどうしても不審がぬぐえず、後ろに控えた兵士や魔術師達には、まだいい、と手で合図して、用心しながらそれに答えた。


「ならば、いっそのこと、この無実な少女を見逃して、自由の身にする事に賛同してはもらえないのでしょうか?私が王女殿下を、必ず安全な場所にお送りする、とお約束しますが」


 王女は何故か、絶対の信頼を持った眼差しで、その怪盗を見つめ、しっかりと首に腕をまわしている。


「ハッ!何を言い出すかと思えば、話にならんな。法というのは絶対であり、罪を確定した者が入らなければならぬ刑務所の所長が、すでに罪が確定した者の脱獄を見逃すなど、あり得ん話だ!


 特に、貴様のような得体の知れない、義賊を騙るだけの、何処の馬の骨とも分からぬ若僧に、この国の王族を任せる、だと?その言葉に、1ミリグラム程の重さも感じん!」


 ガブラフの言う言葉は、今の状況を考えれば、それなりにもっともな話だった。


 “正義”は彼にあり、刑務所から王女をさらった怪盗は当然罪人で、それに加担するなら王女もまた、脱獄という更なる罪を重ねる事になる。


 間違ってはいない。正論ではある。


 長々話している間に、ガブラフは、怪盗の腕にはめられた、礼服姿からは浮いて見える、これ見よがしにはめられた無骨な腕輪、『スキル封印の腕輪』に気が付いていた。


(囚人として、潜入していたのか?だがならば、スキルは使えない筈だ。なのに、どうやって牢を抜け出し王女をさらい、ここまで、看守達から逃げ延びて来れたのだ?)


 ガブラフの動揺は大きくなる一方だ。


「……貴方の立場では、そう答えざるを得ませんか。致し方ない。交渉は決裂ですね。


 私達は、自力で逃げ出すとしましょうか」


 そう言うと、怪盗はその向きのまま、斜め後方に大きく跳躍した。常人ならあり得ない、身体強化した者の跳躍距離だ。


 そしてその場所は、陸地と刑務所を繋ぐ道の造られた場所ですらない、ただの海面であった。


 それなのに怪盗は、まるでそこが地面であるかの如く、そこに普通に着地した。


(水上歩行のスキル持ち?いや、ここはまだ島からそう離れてはいない。腕輪の効果は出ている筈なのに!?)


「それでは皆様、ごきげんよう……」


 優雅に一礼して、怪盗はその場を去ろうとする。


「う、撃てっ!矢でも魔術でもいい!奴を止めろ!殿下にはなるべく当たらんようにな!」


 ガブラフが混乱しつつも、大声で困難な命令を出す。


 兵士達が大勢弓を撃つが、それはあくまで怪盗の動きを止める足止めで、決して命中するようには撃たなかった。


 だが怪盗は、その軌道を見切り、自分に当たらない弓に興味はない、とでも言うのか、弓矢の雨の中、微動だにせず、避ける素振りすら見せなかった。


 魔術師が、雷の魔術で怪盗を止めようとする。


 雷撃ならば、王女に当たっても、一緒に感電してしびれるだけで、死にはしないからだ。


 しかしこれも、刑務所内の時と同じ、怪盗がステッキの一振りで軌道を逸らしてしまう。まるで手品か奇術のようだ。


「だ、駄目だ!奴は魔術を、何故か曲げる事が出来る。集団で範囲魔術を使おう!」


 魔術師のリーダーである男が、その場の四人の部下に呼びかけ、術の形成を始める。


 怪盗は、慌てて逃げたりもぜず、ただその魔術が完成するのを、ゆったりと待ちわびているようだった。


「行くぞ!」


「「「「「『轟雷』!」」」」」


 上空から稲妻が、雨あられと降り注ぐそれは、絶対に避ける事も出来ず、当たる以外の光景は想像出来ない、集団で行う広範囲魔術だった。


 だが、怪盗が頭上にステッキをかかげると、どういう理屈なのか、怪盗に命中すると思われたいくつもの雷撃が、そのステッキに吸い込まれる様に消えてしまったのだ。


 怪盗がかかげたステッキを頭上で大きく回した為に、更に多くの雷撃がステッキに吸われた。


 怪盗から離れた場所の雷撃は、海面に降り注ぎ、それは海の小魚達を痺れさせ、プカプカと無数に浮かぶが、怪盗には何の影響もないようであった。


 しかも、怪盗がそのステッキを回しながら、所長や魔術師達、兵士らに向けて鋭く振ると、何と、吸い込まれたと思われた数え切れないほどの雷撃が、そのステッキから放たれたのだ。


「うぎゃぁっ!!」


 魔術耐性のあるローブを着た魔術士達も、完全には耐え切れなかった。そんな装備等ない看守、兵士達は当然、軒並み感電して倒れてしまった。


 刑務所の職員全員が、ほぼ全滅状態。満足に動ける者は一人もいなかった。


「な、なんだ、これは……?奇術?いや、魔術なのか?それとも、固有スキルか……」


 所長の軍服モドキも、多少の術耐性があったので、何とか声は出せたが、それだけで、立ち上がる事すら出来なかった。


「……改めて、御暇いたします」


 その惨状をしり目に、片腕に王女を抱える怪盗は向きを変え、陸地の方へと歩み去る。


 その、海面に浮かぶ小魚や、そして海中にゆらめく黒い影に、ガブラフは小さな笑みを浮かべた。


 海中から突然跳ね上がり、怪盗に向かって襲い掛かって来たのは、イルカの様な身体に口はワニの様な獰猛な牙で大きく口を開け、獲物を食い破る海の魔獣、モサ・ザウラーだ。


 それは、所長が密かに、拷問のし過ぎで殺してしまった囚人や、自分に逆らう生意気な部下を密かに始末し、この海に斬り刻んだ死体をばらまいて、結果的に餌付けした魔獣だった。


 不意を突かれ、アッサリと、王女ごと食い殺されるかと思った怪盗は、まるでそれを予知していたかの様に、ステッキを振り、モサ・ザウラーはその開いた口から一刀両断に斬り捨てられてしまった。


 それを見ていた刑務所関係者は、唖然とするしかない。


 怪盗の恰好から、それはまさしく単なる奇術ショーのようであった。


 各地で映像とその声を聞いていた観客達は大盛り上がりだった。酒盛りを始めている者達もいた。民たちから見れば、それは恰好の見世物であり、悲劇の王女が救われる、ロマンチックな演劇の一場面のようであった。


 何故、単なるステッキで、海の獰猛な魔獣を斬れるのか、それは不可思議でしかない。


 それは幻術で、ゼンは普通に剣で斬っているだけだったが。


 ゼンは、『流水』で、“気”を足裏に集め、水の表面張力を強化して歩いていたが、そのお陰で、水中で動く物の動きも、容易に感知出来るのだった。


 また忽然と、海中から首を伸ばし、襲いかかって来るのはプレシオ・ザウラー、首長竜とも呼ばれる魔獣だった。


 海の魔獣は、相手のフイールドである海中で戦えば、陸地の生物である人間には圧倒的に不利で、ランクを高くつけられるものばかりだ。


 だがそれも、相手がわざわざ出て来てくれるなら話は別だ。


 元々餌付けされたのと、斬り殺された魔獣の血の匂いに誘われ、その後も何匹かの魔獣が、怪盗を扮するゼンに襲い掛かるが、ゼンが海上にいる為に、それは単なるモグラ叩きにも等しい、機械的な作業になっていた。


 ―――その後、多数の魔獣、、魔物の死体が浮かぶ、凄惨な海上を後に、怪盗『夜の黒薔薇』は何事もなかったかの様に走り去って行った。



 ※



 陸地に着き、岩場を跳躍で乗り越えると、街道脇の目立たない場所に、ひっそりと地味な馬車が止められていた。


「ゼンさん、こちらです」


 それは、現地でゼンが計画の補佐をしてもらっていたギルド職員の青年だった。


 後もう一人、老人でありながら眼光鋭く、背筋のピンと伸びた身なりのいい老紳士がいた。


「姫様、ご無事で何よりです」


 ゼンがメイリンティレスを腕から降ろすと、少女は驚きで目を大きくした。


「ゼフローディン!侍従長である貴方が、何故わざわざここに……」


「……積もる話は、馬車の中でしましょう」


 ゼンは無遠慮に会話をさえぎって、二人に移動を勧める。


 もっともなので、二人は急ぎ馬車に。その際、ギルドの青年から、王女に認識阻害のマントが渡された。この国では、少女は有名人で、知らない者はいない。


 先程まで各街々で映し出された映像のせいで、それはより確かなものになっていた。


 ゼンも馬車に乗る前に、用意されていた普通の村人的な服に着替え、ボロボロの囚人服は燃やして捨てた。


 服や容姿は幻術で変える事は出来るが、ボロボロの服を着る不快さを我慢する意味はない。


 これから馬車は、今夜過ごす為の隠れ家へと向かった。


 侍従長のゼフローディンは、国王と王妃は流石に来れないが、せめて侍従長を派遣し、自分達がどれ程今回の事に心を痛め、娘を思っているかを証明したかったようだ。


 メイリンティレスには、国王夫妻からの伝言、メモリークリスタルを渡され、必ず無実を証明し、汚名返上、名誉挽回をする旨を伝わされた。


 クリスタルには、他の兄妹からのメッセージも入っているそうだ。


 メイリンティレスは、他の兄妹からは年が離れ、その為に余り一緒に遊んだ記憶がなく、その為に、自分は疎んじられているのでは、と心配していたらしい。


 だが実際はそんな事はなく、愛らしい末娘が政争に巻き込まれない様に、色々気遣われていたらしい。


 婚約も、地位や名誉にこだわらない伯爵と、学院ではその血を継いで、優秀で大人しく、心優しい学生だった、と評判の息子に婚約を決めたのだそうだ。


 それが、どうして今回の様な事態に陥ったのかは謎だ。


 伯爵の息子が、学院時代、猫を被っていただけの、裏表の激しい人間だったのか、それとも、くだんの魔族の上級魔術師に、洗脳や催眠でもされたのか。


 それは、これからの調査で明らかになるだろう。ゼンが関わる話ではない。


 ゼンは侍従長から礼を言われ、国王夫妻からもお礼と褒美を送りたい、と言われたが、ゼンはそれをすげなく断った。


「ギルドの方に、正規の料金を払っていただけたのなら、それで結構です。俺はギルドから報酬をもらいますので」


 面倒な仕事ではあったが、大した苦労はしていない。あの、義賊で怪盗を演じた茶番には、言いたい事が山ほどあるが、言っても無駄なのがレフライアだ。


 それに、ゼン自身は真面目にやっていない。それを幻術でいかにもそれらしく見せ、声の抑揚まで変えて迫真の演技にしたのはユニコーン一角馬のセインのお陰だ。


 今回も、従魔の皆には苦労をかけている。留守番のミンシャも含めて、だ。


 明日はルフにも働いてもらう。頭が上がらなくなるなぁ、と一人愚痴るゼンだった。



 ※



 隠れ家につき、メイリンティレスはまた驚く事になる。


 自分のせいで処刑されてしまったと思った、王女付きの侍女、ナターシャが、笑顔で自分を出迎えてくれたからだ。


 男三人は、顔を見合せて、誰も伝えてなかったのか、とウッカリを認めざるを得なかった。


 侍女の、身代わり処刑の事は、メイリンティレスには伝えられる事なく、監獄島に送られていたのだから、知るすべなど何もないのだ。


 脱獄計画の、表側で参加をしていた者達は、それが当り前だったので、王女にもそれは伝えられている、誰かが言ってあるとばかり思い込んでいたのだった。


 ゼンも、最初この国に来た時、すぐに紹介され、くれぐれも、丁重に救出して下さい、等と注文されたりしていた。


 なので、メイリンティレス王女は泣きじゃくり、自分のせいで死んでしまったとばかり思っていた、一番仲良しで、一番近しい存在である侍女の存命に、ただただ泣きじゃくり、抱き着くのであった。


 それから、侍従長とギルド職員の青年は馬車で隠れ家を去り、それぞれの職場に復帰するだろう。


 ゼンは、その隠れ家の一室を借りて、今夜一晩の宿とする。


 ナターシャの作ったかなり豪華で美味しい食事をいただいた後に、借りた部屋に入ると、明日活躍してもらうルフを実体化させた。


 ルフはロック鳥の従魔。鳥型の魔物の中でも、かなり巨大なものに分類される魔鳥だ。


「おー、主様。ルフ、明日ガンバルよー!」


 ゼンは先程の夕食で、別に夜食用、という名目で分けてもらった食事をルフに食べさせた。


「主様の料理には、少し負けるかな?でも、おいしぃーよ!」


 いつも元気なルフは、前と違って今は、5~6歳の幼女だった時に比べ、9~10歳ぐらいの見た目に成長していた。メイリンティレスより少しだけ幼い感じだ。


 ルフが成長したきっかけは、リュウ達、西風旅団の四人の生まれ育った村で厄介事が起こり、何とかそれに駆け付けたいのだが、その村とフェルズは、ローゼンという小国の中でも、東と西の、完全反対側の両端に位置していて、馬車を飛ばしても一週間はかかると見られていた。


 飛竜を呼ぶにしても、あれは金額が高く、予約制で、五人でいきなり、は無理であった。


 転移が出来るアルティエールは、時々いなくなる、妙な放浪癖があるのだが、それが丁度その時で、困っていた時に、主人の義理の親となる人の村の危機、とルフが反応して、覚醒した。


 どうも、今までルフの成長が遅かったのは、周囲が何でもしてくれる事からの甘えで、成長する必要がないという思い込み(ルフ自身は、早く大人になってお嫁さんになると言っていたが)、などが複雑に絡み合った結果のようであった。


 一気に成長したルフ用に、ハルアが発案した、トレントの木の皮で編まれた、巨人が持つような巨大バスケットを造った。


 巨大な怪鳥姿になったルフは、五人乗りのバスケットの、持ち手を両足で掴み、大空を見事に飛行して、村へと急行したのだった。


 今回は、ゼンを入れて三人で、後は多少の荷物だけだ。冒険者五人を運んだルフなら、楽勝の重量だった。


 従魔の知識がないこの国の人達に、人型のルフを見せても混乱させるだけなので、今はこうしているが、朝になったらセインの幻術で透明化にしてもらい、鳥型になったところでそれを解除して、二人には紹介するつもりだ。


 メイリンティレスとナターシャは、積もる話もあり、今夜は同じ部屋、同じベッドで眠るらしいので、こちらに来る心配はないだろう。来ても、ゼンが気配ですぐ察知出来るが。



 ※



 そして翌朝。


 早めに軽い朝食を済ますと、早速隣国への移動の準備に入る。


 ゼンが、隠れ家の裏に、すでに作成済みのバスケットをひらけた場所に運ぶ。


 そこに、二人の私物等の荷物と、重そうな物は収納具に入れて貰った。


 バスケットの中で、それ程長い時間にはならないが、なるべく快適になる様に、クッション等を入れる。


 メイリンティレスは、前もって説明は受けたが、鳥の従魔に、これに乗って運んでもらう、というのに今一つ実感がわいていないようだった。


 自分の背程もあるバスケットは、中で立っても絶対に落ちる事はないだろう。


 ただ、普通に編んだバスケットなので、普通に隙間が見える。トレントの木の皮で編んだので、丈夫さは保証付きらしいが、正直不安だ。


 空を飛んだ事のある人間なんて、飛行術を使える魔術師くらいなのだから仕方がない。


「ゼン様……その、本当に、大丈夫なのですか?」


「大丈夫ですよ。俺が仲間と五人で運んでもらった事もありますから。今回は三人で、前より軽いので、楽々ですよ」


 山脈向こうの隣国に行くのは、確かにこれが最短なのは分かるが、どうしても不安を押し殺せないようだ。


「むしろ、誰もした事のない、得難い冒険の記憶になると思います。空から見る、自分の国、というのは、きっとまるで違う風景になるでしょう」


 ナターシャは、この隠れ家にかくまわれてすぐにその話を聞いていたので、もう覚悟は出来ているようだ。


 全ての準備が整った所で、ルフに鳥型になってもらい、透明化を解いてもらう。


 巨大なバスケットの横に突然、それよりも二回りは大きなロック鳥が現れ、二人は唖然とする。


「彼女がルフ。俺の従魔のロック鳥です。これでも、まだ子供なんですよ。メイリン様よりも、少し年下の。ルフ、二人に挨拶して」


 ルフは、二人の少女に首を向け、


「ハジメマシテ、アルジサマのジュウマのルフデス」


 と頭を下げ、丁寧に挨拶した。


「え、喋れるんですか?でも、少し変な声……」


「それは、胸元にある、冒険者ギルドのマークの紋章、見えますか?」


「あ、はい」


「あれは、ギルドに認められた従魔の印でもあるんですが、これは特別製の魔具で、主人にしか伝わらない念話を、声にする魔具なんです。まだ実験段階で、声質が変なのは気にしないで下さい」


「ソーソー。ルフ、モットカワイイコエダカラ」


「そうなの?ふふふ。私はメイリンティレスよ。……メイって呼んでくれるかしら?」


「ワカッタ、メイね。ルフは、ルーでイイヨ。キョウはガンバッテトブから、アンシンしてね」


「ええ。ありがとう、ルー」


 メイリンティレスは、ちゃっかりと自分を愛称で呼ばせる様にしてしまった。


 まあ、ルフなら不敬罪とかで捕まえられたりはしないだろう……。


 それから、ゼンがまたメイリンティレスとナターシャを、順番で抱えて跳躍し、バスケットの中に乗り込ませた。


 ゼンもそのまま座り、そしてバスケットの中側に寄りかかって、クッションをしいて楽な姿勢をとる。


「最初だけ揺れますが、それ以降はルフが、風のスキルでバスケットを揺れないようにしますから、馬車なんかよりも、かなり快適ですよ」


「私、ドキドキして胸がはち切れそう……」


「私もです。姫様。あんな波乱の後に、こんな事があるなんて……」


 二人はそれぞれ、思うところがあるのだろう。


 無実の罪で、婚約者から告発されての、波乱万丈の日々。ナターシャは命を落としかけ、メイリンティレスは監獄島で虜囚の身となった。


 そんな二人の思いとは関係なく、ルフが飛んで、バスケットを掴みに低空飛行して来る。


「来ます。何かに捕まるか、寄りかかるかしていて下さい」


 ゼンの警告のすぐ後に、ガクンと大きく揺れた。だが、それはすぐになくなり、バスケットは水平に保たれる。


 見上げれば、バスケットの持ち手を、ルフの両足がガッチリと掴んでいた。


「隙間から、景色が見えます。しばらく離れる祖国ですから……」


 ゼンは最後まで言わなかった。言わずとも、二人とも、この景色を胸に焼き付けるつもりだった。


 だが、そんな感傷は、軽く吹き飛ぶような、素敵な時間だった。


 網目にピッタリ目をつければ、その大空からしか見られない素晴らしい光景は、言葉にならず、ただただ感嘆の息をもらすだけの二人だった。


 上空から見る景色、森や林、その中を通る道と、繋がる村や街は、余りに小さく、まるでオモチャのようにすら見えた。


 人が、こちらを指して何か騒いでいる感じがある。


「ギルドから、従魔の大きな鳥が、上空を飛ぶ、と布告が出されている筈ですが、ロック鳥は上空にいても充分その大きさが感じられる魔物なので、襲われるかも、と思ってしまっているのでしょう」


 例え弓矢で射ても、届くような距離ではないので問題はない。


 その景色も、流れるような速さで過ぎ去って行く。


 そして、この国、レンバルド王国の首都、王都に近づいていた。


「そうだ、ルフ……」


 ゼンはその後、念話でルフに頼んだ。


「ハーイ」


 ルフは返事をして、ゆったりと滑空し、王城の横、すぐ近くを通り抜けた。


 城のベランダに、国王と王妃、そしてメイリンティレスの兄妹達が並び、激しく手を振っていた。


 国王も王妃も、笑顔で手を振り、涙を流していた。


「お父さま、お母さま~~~!」


 メイリンティレスがどれ程大声を出しても、向こうがどれ程大声で別れを告げても、聞こえる事はなかった。


 バスケットを安定させる為の、風のフィールドに包まれているからだ。


 それでも、しっかりと家族の顔を見る事が出来た。


 向こうからは、バスケットの中の人を見分ける事すら出来なかっただろう。


 それでも、家族はしばしの別れを、お互いに確認し合えたのだ。


 どんなにルフがゆっくり飛行しようとも、それは一瞬の出来事だった。


「……ゼン様。私……私、かならずこの国に帰って来ます!絶対に!」


 メイリンティレスは、涙ながらに決意を語る。


「大丈夫。二人とも、その時は何の憂いもなく、帰国出来ますよ」


 ゼンは力強く、二人の明るい未来を保障するのだった……。













*******

オマケ


ル「どーだ、お?大きくせいちょーした、にゅールフなのだぉ!」

ゾ「いや、そもそも成長が止まってたのがおかしいんだがな」

セ「ゾートさん、そう言う事言わない。今回は、本当にちゃんとお役に立てて、良かったね、ルフ。山脈越えとか、翼のないボク達には出来ない事だから」

ボ「うんうん。ルフ、凄いよね」

ガ「うむ。任務完遂お見事……」

リ「パチパチパチ。おめでとー、ルフ。うふふふ。私も、麗しき主様の活躍するお姿を、直に見れて大満足。記憶共有だけでは味わえない喜びですわ」


ミ「……ミンシャはミンシャで頑張ってるですの!……でも正直、さみしーですの!」

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