番外編:監獄島からの脱出(中編)
※
所長に、いきなり短鞭で激しく打たれ続けボロボロになった少年を、刑務所の看守をしている職員達が抱えて運び、所定の牢に放り込んだ。
「ったく。あの髭、いきなり立てなくなるほど、ガキを鞭で殴ってどうするんだよ。運ぶこっちの苦労が増えたじゃねーか!」
「まあそう言うな。まだ小さな子供だ。そんなに重くないだろう?」
「いや、それが、やっぱり冒険者だからなのか、筋肉で結構重い。当り前に鍛えてるんだろうぜ」
「ほう。ただ有名なだけじゃないか。だが、そんな英雄様でも間違いを犯すんだからな」
「ここ、監獄島にすぐ放り込まれるとは、何人、冒険者をブッ殺したんだか」
「おっかねぇな。まあ、ここなら、スキルも何も使えない、単なる子供に成り下がる。心配は必要ないが」
ゼンは、息をひそめて看守たちが歩き去るまで、弱った演技を続けた。
完全に気配が去り、感知する限り、近くに人は来ないと確認してから、牢の冷たい床から身体を起こした。
<ふう。派手にやってくれたから、囚人服がボロボロだ>
<主様、お怪我はございませんか?>
<大丈夫。身体強化をした身体に、大した力もない常人が何で殴ろうと、痛くも何ともないよ。むしろ、身体強化に気づかれる危険性があるから、少し弱めて、派手に吹っ飛ぶフリもしたけど、本当に単なるオジサンだったから、鞭で打つ方が疲れたと思うよ>
実際に、所長は自室の救急セットで擦り剥けた手の平の治療をしていた。
<それよりも、現状確認を。セイン>
<は、はひ。あ、えと……この刑務所は、東西南北、四つの区画に分けられ、主様が入れられたここは、北区画3階奥です。同じ任務で潜入した冒険者は、近い時期の潜入……逮捕ですから、同じ区画である可能性が高い、と思われます>
<違う区画、階だと面倒だけど、符丁もあるし、冒険者の気は、強くて特徴的だ。何とか見つけられるだろう。男性の区画は、北と>
<東です。南、西が女性囚人用です。人数は、男性囚人程は多くない筈ですが、なので、王女はそちらかと>
<最重要人物な事から考えても、最上階の一番奥、かな?>
<一応、刑務所、監獄島の入り口は北側なので、南側が奥になりそうです>
<うん。まず、職業を偽って潜入している冒険者の救助から始め、彼等が王女の牢の居場所を突き止めている事を祈ろう>
ゼンは、早速行動を開始する事にした。
本来は、真夜中とか、人目に付かない時間に行動すべきだが、そう出来ない事情もある
それに、こんな不衛生で食事もマズそうな場所に、一日たりと留まりたくないのだ。
ゼンが来たのが、午後の遅い時間だったので、もう夕暮れで日が落ちかけている。
囚人の食事は、朝に適当なパンや干し肉、水等が配られるのみで、それで一日分だそうだ。ゼンの分は、運んで来た看守の一人が、部屋の隅に置いた物があるが、当然そんなのは食べない。
水は他に、決まった時間ではなく、看守の気分次第で配られるんだとか。囚人の扱いは、基本的にかなり悪いようだ。
見張りや見回りなどがあるだろうが、恐らくほとんど真剣にやっている守衛はいないと思われる。それだけ、『スキル封印の腕輪』に頼り切っているのだろう。
ゼンは、指先に気を集中させると、鍵部分のみを切り抜き、音がしないように手で受け止め、床にっそっと置いた。
牢も壁も床も、刑務所全体が、海からの潮風による傷み対策の術をほどこされているぐらいで、大して強化がなされている訳でもない。
ゼンはなんだか、卑怯な手でインチキしているような気分になって来た。
<主様は、日頃鍛えた技術を使われているだけなのですから、罪悪感を覚えるいわれなど、微塵もありませんわ>
言葉にしていないのに、主人の心を敏感に感じ取ったリャンカが先回りして言う。
<ん。そうだね……>
ゼンの使う技術は、純粋に修行の旅で鍛え上げたもので、“スキル”という枠の縛りがないだけだ。彼に『スキル封印の腕輪』の効果がない事に、無駄な引け目など感じても意味などない。
ゼンは、密命を帯びてここに来ている。
余計な事など考えずに、ただ粛々とそれをこなせばいい。
とりあえず牢を後にして、刑務所内の通路で感知の“気”を研ぎ澄ます。
同じ階に二人、それらしき人物がいる。
ゼンは、気配を殺し、存在を気づかれぬように物音一つ立てずに移動する。
冒険者は、偽名で収監されているので、本名の方で確認。念の為、教えられた符丁も使う。
「囚われの王女は?」
「身に覚えなき罪に泣き濡れる……」
本名で呼びかけてからの符丁確認。
相手は、子供なゼンの外見に唖然としていたが、牢獄の鍵を壊し、『スキル封印の腕輪』をゼンが素手で壊すともっと驚愕していた。
途中、勘のいい囚人が、騒いで看守に報せようとしたが、“気”の衝撃波で昏倒させた。
一人、更に動きのいい、盗賊系の男が牢から離れ、奥に移動して攻撃されないようにしたが、それは遠当てで気絶させた。
残り二人も下の階で見つけ、自由にした所で、“気”による秘匿会話で、一応の自己紹介と、これからの逃走経路について説明を始めようとしたが。
<ローゼン王国の、東辺境本部から派遣されて来たゼンです(他国の冒険者が、その国で仕事をする場合、自分の所属するギルドを言うのは最低限の礼儀だ)。>
<ローゼン……子供の冒険者って、まさか『流水の弟子』か!>
<そうか、言われてみれば!>
四人にすぐ素性を気づかれてしまった。だから、この自己紹介は嫌いだ。恐らく、ゼンがそう気づかれなくなるまでには、彼が成人以上の見た目に成長するまでかかるだろう。
気の長い話だ。
<……そう世間では呼ばれてます>
<おぉっ!じゃあ、『スキル封印の腕輪』の腕輪をつけたままでも何か力が使えるようだが、それも『流水』の剣術か?>
<あ、いえ―――>
そう聞かれた時の言い訳は、あらかじめ考えてあった。
<皆さん、従魔術の従魔を保持しておられませんよね?>
<ああ、ギルドから少し前に布告された。どうにも、敵である魔物や魔獣を、魔物使役術士(テイマー)でもないのに味方にするのは、心理的抵抗があってな……>
<俺もだな。魔物に絶対の信頼なんて、おけないだろう>
他の二人も似た様な表情でうなずいている。
こういう見解の冒険者も多い。敵だった魔物に、背中が預けられるか?と思ってしまう様だ。冒険者としての、彼等の考え方は決して間違えた考え方ではない。普通はそうなる。
まだまだ、従魔術における従魔の本質が理解されていないのだ。
だがそれも、従魔持ちの冒険者を見れば、徐々に変わっていくだろう、とギルドでは見ている。なので、無理に押し付けたりせずに、従魔への冒険者の理解、社会の理解が浸透していくのを待つのが現状の方針だ。
なんにでも、急激な変化は反発を生みかねないものだから。
<俺は、複数の従魔持ちで、この『腕輪』をしていても、中の従魔のスキルには影響がない事が分かっていたんです>
部分的な嘘だ。それが確かめられたのは、この腕輪をつけられ、刑務所内の敷地に入ってからだからだ。
それでも、自分のスキルなしを明かすよりも、余程説明が早く、納得がいく話だ。
<ほう。従魔術の従魔が、収納みたいに主人の中に入れられるとは聞いていたが、そこからでもスキルが使えるのか?>
<ええ、そうなんです>
<それは、刑務所側からしたら、完全に盲点をつかれた話だな。……俺も、従魔が欲しくなったな>
<例えば、ですね。皆さん、大小、怪我をされてますね>
<あ、ああ。脱獄騒ぎを何度かしてせいで、罰を受けたんだ>
ゼンは、大なり小なり、裂傷のある冒険者に、分かりやすく手を向ける。
(リャンカ、頼む)
(はーい!)
ゼンの手から放たれる、暖かな光で、冒険者達の傷は全て、綺麗サッパリ治療がなされた。
(スキル使うまでもなく、普通の治癒術で済みました)
冒険者達は、明らかに治癒術士でないゼンが、それをしたのに驚愕した。
<それと……>
ゼンは今そこにある壁が、刑務所の外壁である事を、脳裏の刑務所建築図面で確かめ、
<俺の従魔、岩熊(ロック・ベア)のスキルに、鉱物を精製、分解出来るスキルがあります>
ゼンが、その壁に手を向けると、壁は砂となって崩れ、ほとんど日が落ちた外の風景が覗き、潮風や波の音が聞こえる、大人が余裕で通れる穴となった。
<こういう事も出来るんです>
『スキル封印の腕輪』のない冒険者なら、力づくで壊せもするが、壁を砂の様にする事は流石に出来ない。壊す音もたてず、看守に気づかれる事もないだろう。
<へー、本当に、従魔を外に出してなくても、そのスキルが使えるのか。便利だな>
<ええ。だから、従魔をスキルで選ぶ人もいるみたいです>
<しかし、その……逆らったり、反抗的になったりしないのか?>
<なりません。従魔は、主人の役に立つのが生き甲斐で、奴隷術みたいに、強制的に言うことを聞かせる訳じゃありませんから。それに、話せば意思疎通出来ますし>
<へ?従魔と話し、出来るのか?>
<はい。従魔になると、人との“絆”が結ばれる事によって、ある程度以上の知性が、従魔には芽生えるらしいんです。念話で、主人としか話せませんが、今ギルドで、その念話を音声に変えて、他の人とも話せる魔具を研究中です>
<<<<へー!>>>>
ゼンの説明で、彼等の中での従魔の認識が大いに見直されたようであった。
<それはともかく、ここは北区画の端、西側に穴を開けたので、ここから降りて、左側に進んで下さい。右側だと、刑務所の入り口に向かってしまいますから>
2階なら、身体強化がなくても降りられるだろうが、あれば万全だ。
<島の裏手に行け、と。そちらに脱出の手段が?>
<はい。上位の魔術師が、この島の封絶結界を中和して穴を開け、小舟で皆さんを待つ手筈になっています。迷彩と隠蔽の術で見えなくしてますが、気配は消してないので、皆さんならすぐに見つけられるでしょう>
封絶結界とは、これもこの島の力を利用して造られた、島の周囲を覆う、物理障壁で、監獄島の第二の特徴だ。
外側からの侵入に限り、作用する。内側からは意味をなさないが、スキルを封じられた囚人が刑務所外に出られた例は、過去に一人も存在しない。
これがある限り、野盗の親玉が捕まり、集団で外から手下達が脱獄を手引きしようと、大勢で襲って来たとしても、島の周囲で立ち往生になる訳だ。
<至れり尽くせりで悪いな。俺達はそこで、君と王女を待てばいいのか?>
<いえ。乗り込んだらすぐに出発して下さい。俺は、ギルマス命令で、王女の無実を宣伝する、パフォーマンスをしなきゃいけないので……>
ゼンは乾いた笑みを浮かべる。
<そ、そうなのか。大変だな……>
フェルズのギルマスで、名誉領主なレフライアも、冒険者には有名な英雄だ。
<とにかく、王女は南区画の最上階、五階の特別牢に入れられているらしい。その階は、王女以外は無人で、それ以外、見張りの兵士が二人、いるのみ、だそうだ>
<女性だが、腕の立つ猛者らしい。気を付けて。武運を祈る>
<外で会えたら礼をさせてくれ>
<またな、『流水の弟子』>
それぞれが情報提供してくれた後、ボンガの開けた穴から身軽に飛び降りて行った。
ゼンは、ボンガに穴の修復を頼む。
瞬く間に壁に開いた大穴はなくなり、他との違和感もない、ただの壁に修復された。
<後は、王女を救出するのと、外に目が行かない様に、中で騒ぎを起こすかな。
リャンカ、所長の所に、予告状を出してくれ>
<了解しました、主様!>
その時、空中にあらかじめ浮かばせたカードがあった。所長の部屋は、所長自身にマーキング(魔術的印)がなされていたので、分かっている。
その部屋のガラス窓を破り、頑丈そうな金属製のカードが、所長室のデスクに突き刺さった。
「な、なんだ、なんだ?!」
弓か魔術で狙撃でもされたのかと、所長は一旦伏せて様子見していたが、何もないと分かり、恐る恐る立ち上がり、デスクに刺さったカードに気が付く。
「なんじゃ、これは?……予告状。今宵、無実の王女を頂きに、参上いたします。『夜の黒薔薇』、だと!」
ガブラフ所長は、その大胆不敵な犯行予告に、顔を真っ赤にして怒声を上げた。
*******
オマケ
レ「ゼン君、頑張ってるかしら。私の台本通りに」
ゴ「……ちょっとこれは、少女趣味と言うか……」
レ「少女な王女様にはピッタリの演出でしょ?」
ゴ「王女様的にはいいのかもだが、やるゼンの方が苦痛だろう?」
レ「それくらい。無実の罪で投獄された、可哀想な少女なのよ。多少のサービスはしてあげなきゃ」
ゴ「演出過剰な気もするんだが……」
レ「大丈夫大丈夫。義賊『夜の黒薔薇』の名声は、あちらのギルドででっち上げてあるから。それに説得力を持たせて、『夜の黒薔薇』は王女の無実を喧伝するのよ」
ゴ「実際、無実な訳だから、悪くないとは思うが……」
(ゴウセルは、心の中でひっそりと、義息子の応援をするのであった……)
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