幕間・3章後半SS 誘惑と冗談
※
「……大体の話は終わったし、後はいよいよ、従魔の戦闘演習かぁ」
一カ月続いた、従魔研での仕事も終わりに近づき、ゼンは感慨深く物思いにふける、訳にはいかなかった。
「……よっと」
不意に降って来たモノが、ベッドで仰向けに寝そべっていたゼンの腹部目がけて、正確に落ちて来たからだ。
「ナイス腹筋じゃ。日頃鍛えておる若者は違うのう」
お尻から落ちて来た上に、そのまま偉そうに、ゼンの腹部に馬乗りをしているのは、誰あろうエルフの始祖、ハイエルフ様だった。
相変わらず動きやすそうな短パン姿だ。
「……それが、短い憩いのひと時を、いきなり邪魔された人に言う台詞(セリフ)なのかな?」
「お主の憩いの時間は、わしに奉仕する為にあるのじゃぞ。光栄に思うがよい」
「なんでだよ!つーか、人の腹の上に、いつまでも乗らないでくれ、アル。仮にも女の子がはしたない!」
(そう言えば、羞恥心を覚えたばっかりだったっけ)
「ほう。嫌ならば、振り落とせばよかろうて」
等と言うアルティエールは、その足でガッチリゼンの腹を挟み、身動きすら難しくさせる。
そうしてゼンに、上半身を覆いかぶせて、耳元に息を吹きかけて来る。
「クックック。どうした?もうわしの魅力にメロメロかや?」
と獰猛な笑みを浮かべて、楽しそうにしている。
(……もしかしてこれ、色仕掛けのつもり、なんだろうか?挟まれた腹がギリギリと痛むし、そんな、恐ろし気な笑顔を浮かべられても、困るだけなんだけど……)
肉食獣にいただかれる間際の、獲物の気分にしかならない。
なんて残念な……。不器用ここに極まれり。
残念ハイエルフ。もっと色っぽい艶やかな笑顔なら、それっぽかったものを……。
ゼンは、一計を案じて、アルティエールに仕返しをする事にした。
押さえ込む力の“向き”を変え、一瞬で立場を逆転させる。
「お?お?」
アルティエールは、何が起きたのか理解出来ていなかった。
腹に馬乗りしていた自分が、逆に腹に乗られ、押さえ込まれている状態になった事が。
疑問でポカンとしたアルに、ゼンは多少の演技で、顔を近づけ、悩まし気な表情を浮かべてみる。
「これだけ男を挑発したって事は、アルはその気なんだよね?」
覆いかぶさり、アルと同じに、耳元に息を吹きかけ、指先で彼女の首筋を、ツーっと撫でる。
「アッ……、な、な、な、なな―――」
「なんて、冗―――」
ゼンが上体を起こして、種明かしをしようとした、そこに、とてつもない一撃が放たれる。
「舐めるな、子猿めが!炎拳(ファイヤ・ブロー)!!!」
「うわっ!」
アルティエールが、炎の力を拳に込めて、無理な態勢から殴りかかって来たので、ゼンはアルの上から転げ落ちてそれを躱した。
「ちょ、ちょっと待って!冗談だってば!部屋の中で、炎の技なんか使わないでくれよ!」
アルティエールは、何故か涙目で、屈辱に頬を染め、プルプル震えている。
「問答無用じゃ!痴れ者めが!」
――――――…………
危うく、部屋の中が燃やされる大惨事になりかけた、ある日の夜でした……。
*******
オマケ
ア「ゼンは、アレじゃな!」
ゼ「?アレって、何さ」
ア「わしの生足美脚に、もうメロメロじゃろう?」
ゼ「……生足って。まあ、健康的でいいんじゃないかな」
ア「素直に認めんのか!ひねくれ者めが!」
ゼ「いや、今時メロメロって、余り使わないんじゃないかな。死語?」
ア「な、なんと!そうかや?」
ア「リュウ君は、私にメロメロだよね~~」
ゼ「……アリシアは例外的として」
ア「では、今時は何と言うのじゃ」
ゼ「……ソッコン、マジ惚れ、ベタ惚れ、骨抜き、イチコロ、悩殺、魅惑、とかかな。古い表現も入ってるけど」
ア「ほう。結構いろいろあるものじゃな」
ゼ「うん、そうだね」
ア「で、ゼンはわしの美脚に、イチコロでベタ惚れで、骨抜きにされて、悩殺ゾッコンと」
ゼ「……かけ合わせると、俺が脚フェチみたいに思われそう……」
ア「照れるでない照れるでない!無理なき事よ!」
ゼ「……まあ、アルの機嫌がいいならそれで……」
(しばらく二人で行動する必要上、アルの機嫌を損なうのは命の危険をともなうものとなるので、ゼンはあえて反論しないのであった)
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