スキルではない
夕食を食べ終え、夜の街の一歩手前までやって来たティール。
「……なんか、とにかく凄いな。ここで雰囲気が全く違う……別世界って感じだ」
歓楽街、その空間だけがまるで昼間の様に明るい。
ただ……怯えるような場所ではないと思い、一歩足を踏み入れる。
一歩入れば、小さな恐怖心は消えてさくさくと中に入って行く。
(いや、本当に異世界の様な場所だな。人の密度、酒の匂い、女性の匂い……全てが異次元だ)
まだその匂いになれないティールは思わず鼻を摘まんでしまう。
人の喧騒……魅了という名の魔力を纏った嬢に、男が蜜を吸う蝶のように引き寄せられ、店の中に入って行く。
そして誰かと誰かが殴り合っている。
その喧嘩を見てどっちが賭けをする者たちがいる。
ティールにはどの光景も新鮮だった。
「坊や、一人で来たの?」
「あっ、はい。一人で来ました」
冒険者ギルドや街中ではまず出会うことはない露出度が高い服を着た女性。
その女性がいったいどういった人物なのか、ティールもだいたい解っている。
「そうなのね。ここは坊やには危ない場所だけど……勇気を振り絞って男になるために来たのかな?」
腕を組んで胸を押し上げる。
ムニュっと押し寄せられ、色気が更に増す。
顔は当然美人……そんな人を目の前にして、ティールの頭は一瞬クラっとした。
(……おっとっと、危ない危ない。危うく吸い寄せられるところだった。もしかして魅了のスキルを使われた? いや、それはあり得ないか)
魅了というスキルは実在する。
そのスキルを持っていると知られれば、周囲から警戒されること間違いなしのスキル。
そんなスキルを持っている者が嬢の中には殆どいない。
単純に嬢自身が持つ魅力に惹かれただけ。
「いいや、そうじゃない。偶々知り合った人に暇ならギャンブルでもやってみたらどうだって言われたんだ」
「あら……随分と悪い知り合いね。子供にギャンブルを勧めるなんて……坊や、しっかりと軍資金は持ってるの? ちゃんと大金を持っていないと直ぐにすっからかんになるわよ。大金を持っていても全部すっちゃう人だっているし……」
ティールに声を掛けた嬢も歓楽街で働いているので、何度が気晴らしにカジノに遊びに行ったことがある。
直ぐに負ける時があれば、勝ちが続く場合もある。
ただ、その勝ったお金もちょっと大きく負けたら、それを直ぐに取り返そうとして大金をベット。
そしたら……なんてことでしょう、数分と経たずに消えてしまった。
なんて光景は日常茶飯事。
これはカジノ側がイカサマをしているのではなく、客側が引き際を誤っているのだ。
そこを見極められる者はギャンブルだけで生きていく。
そんな夢の様な暮らしをしている。
しかし、中には大金を借金して一気に大金を稼ごうとする馬鹿な大人も存在する。
確かに最初は稼げるかもしれない。
小さな借金を一気に返し、ちょっとプラスになる程の金額分を勝った。
そこで辞めておけば良いものの、更に勝とうとして結局溶かしてしまう。
そこで発狂してしまい、暴れる客もいるが……そういったギャンブル中毒の迷惑客は黒服のお兄さん達にお話の後にボコボコにされ、店の外に追い出されてしまう。
「大丈夫だ、金なら持ってる。それに……これでも強いんだ。なぁ、ちゃんとしたカジノ店ってどこある?」
「……ふぅーーー、帰り道には気を付けなさいよ」
そう言いながらも嬢はこの街で一番安全なカジノまでの道順を案内した。
「ありがとう、ほんの礼だ」
「あら……ふふ、ありがとう。今度は愛し合いましょうね」
「考えとく」
嬉しいお誘いだが、そんなつもりは毛頭ない。
今はギャンブルがどういったものなのか、それを知りたいという思いしかない。
嬢に紹介された店に行くまで多少の時間が掛かったが、無事にカジノまで辿り着けた。
「なる、ほど……もう少し、しっかりとした格好で来た方が良かったかもな」
周囲を見れば正装した客ばかりではない。
だが、高そうな服を着てカジノに入る客もそこそこいる。
「……ここまで来たんだ。遊んでから帰ろう」
怖気づく必要はない。
そう思って中に入ろうとしたティールだが、その前に黒服のお兄さんが寄って来た。
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