皇国の大祭 二日目 招かれざる客

 大祭ニ日目。一の地の刻


「ぬわああっ! なにこの人だかり?」

 

 準備の為に中央広場にやってきた私達は、目の前の様子に唖然とする。

 中央広場の一角にはすでに人だかりができている。

 しかも彼らは全員が、ほぼ間違いなくこちらを見ているのだ。

 中央広場の角。他の店から少し離れた区画。


 大祭唯一の飲食屋台、ガルフの店、を。


「これは…結構ヤバイかも」


 唾を飲み込んだ喉が鳴ったのが解った。

 指を軽く動かしてみるが、そんなのはポーズだ。

 ざっと見ただけでも数百人単位で人が待っている。

 昨日も人が多かったけれども、今日はその数倍。


「調理スタッフは全力準備、フェイはサポートお願い。

 リオンはなるべく混乱にならないように気を付けて待っている人を列に誘導して、私は数を数えるから。

 誘導スタッフは、とにかく横入りと順番抜かしの監視と防止に全力!

 多分、今並んでいる人数分はギリギリあるけど、これ以上増えたら無理だから」


「解った」「了解」

 

 リオンが年長の男性と一緒に、注意深く塊になっている人々を列へと誘導していく。

 最初の列誘導が一番問題なのだ。


「自分の方が先に来ていたのに!」

「何でこっちが後に!」


 そんな苛立ちがトラブルに繋がりかねない。

 現実世界だって、そんな事件は山ほどあった。

 なおいうなら、この世界の人間は行列に並んでまで何かを待つ、ということにあまり慣れてはいない。

 王都でガルフの店とその流儀に慣れて来たアルケディウスの人間は、まだなんとか解ってくれるのだが、そうでない他国からの商人などは苛立ちをぶつけてくることもある。


「皆さまをスムーズにご案内する為に、ご協力をお願いいたします」


 事前準備は出来る限りしているけれど、ここは料理の店だ。

 なるべく出来立て。美味しい状態で食べて貰う為に作り置きは最小限にしている。

 準備に多少は待たせてしまうことになるし、苛立ちは最小限に押さえないと。


 なるべく誠実に頭を全員に向けて下げながら、列の数を数える。


 現時点で約800人。

 恐ろしい…。しかもこうしている間にも増えているし。


 店舗が用意している食数が1アイテム1000個。

 昨日並んだ人が全員、全アイテムを購入して行ったことを考えると、昨日は最初に購入した人が二度目に並ぶ余裕があったけれども、今日は多分無理っぽい。

 協力店は今日の開店に準備が間に合わなかったらしいし、仕方ない。


「用意ができました」

「解りました。販売の方、お願いします」



 スタッフの一人が息を切らせてやってきて、すぐに店の先頭に戻っていく。


「リオン、間違えないように注意深く人数を数えて後70人で切って」

「ああ」


 後方に走っていくリオンの代わりに私はジェイドを初めとする誘導スタッフに改めて声をかけた。


「とにかく横入りさせないようにして下さい。

 待ってくれている方の分を確保するのが精いっぱいですから」

「解った」「了解です」


 みんな真剣な目になっている。

 昨日は教会の儀式が終わるまで待たなければいけなかったから、二の刻の開始が開店の合図だったけれど、二日目からは時間の制限は無かった筈。

予定時間より早いけど、これ以上待たせて人が増えられるよりはマシだ。

 

「お待たせしました。販売、開始いたします」


 私が頭を下げると同時、誘導スタッフが人数を前に進めていく。


「ご注文は?」

「買えるもの全部だ」

「かしこまりました。容器をお持ちでしたら中額銅貨1枚で飲み物の販売もしておりますが」

「飲み物?」

「はい。王都の名産オランジュのジュースとエナの実の冷製スープです」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」

 

 慌てた男性は持っていた革袋の水を慌てて飲み干すと、ぐいと空き容器を差し出す。


「オランジュのジュースとやらをこれに」

「かしこまりました」


 注文した料理を待つより先に戻って来た容器に彼は口を付けた。


「!」


 顔色が変わる。明らかに。

 精霊術でひんやりと冷やしたオランジュジュースは貴族さえも蕩かす味だ。

 一気に飲み干して、彼はもう一度容器を差し出した。


「エナの実の方もくれ!」

 

「かしこまりました」


 前の様子を見て、同じように、一気に水を飲み干す人が続出。

 中には酒袋を空けている者もいるし

「ちょっとそこのあんた。金を払うから木のカップ買ってきてくれ!」

 と誘導スタッフや、通りすがりの人に涙目で頼む者もいるほどだ。


 かくして、大祭二日目もガルフの店は完売御礼。

 二の刻が始まる前に閉店と相成った。


 周囲の店も、ガルフの店開店中は、営業はもう無理だと諦めてる風情がある。

 列の客が完全に捌けて、閉店の札がかかったのを確かめた様に、中央広場にはようやく祭りらしい賑やかな呼び込みと人の動きが始まったのだった。




「明日はどうしようか? 多分、今日より初期人数増えるよ」


 スタッフを店に返してから、私達はもう一度中央広場にやってきた。

 私達、というのはリオンと、フェイと、私。

 アルには申し訳ないが、今日の計算を頼んだ。


「明日の最終日は協力店の方の用意が整うとのことですがそれでも、多分、焼け石に水、ですね」


 協力店は肉料理しか出せない。

 店もこちらのような接客訓練もしていないから、大量の人数を捌くとトラブルも出てくるかもしれない。

 人の密集をなるべく避ける為にもできるだけ、遠くに配置して貰う様に頼んである。


「とりあえずなるべく早くロープを貼って誘導列を作っておいて、くらいかなあ?

 徹夜組、いないよね?」

「最終日ですからね、解りませんよ?」

「夜に俺が来ておくか」

「う~ん、リオンに無理はさせたくないけど、仕方ないかな…おねが…」


 い、と言いかけて私の言葉はそこで止まった。

 目の前に現れたモノに対して言葉を失ったから、だ。



「な、なんだ? 一体?」

「きゃああ!」



 中央広場、その賑やかな人の中央が割れていく。

 まるで波を蹴立てる船のようにその中央を走ってくるのは馬車だ。

 しかも黒塗りの豪奢な二頭立て馬車。

 その辺の商人が見栄に使うようなものとは話が違う、豪華なもの。

 これと似たタイプのものを、一度だけ見たことがある。

 乗ったこともある。


 でも、だからこそ解る。

 この馬車は、こんな下町を、人の中を走る用に作られているものでは決してない!


 私は船に例えたけれど、正しくそれは船のように波となる人々を気にも留めずに走って来る。

 …こちらに向けて。


「マリカ! 危ない!!」


 リオンが、私の手を強く引いて後ろに下げてくれた。

 そうでなかったら、呆然としていた私はもしかしたら馬車に挽かれるか、跳ね飛ばされていたかもしれない。


 慌てて下がった広場の端、私はリオンとフェイの後ろの家壁に背を付けながら息を呑んだ。


 馬車は、私達の目の前、ホントに眼前。

 ガルフの店の出店前で止まった。


「な、なに?」


 馬車の扉が開き、男性が出てくる。

 上質のチュニックとマント、腰に帯びた剣。

 街の住民とは明らかに、身なりや態度が違っていた。

 水色がかった銀の髪。氷のようなアイスブルーの目がキョロキョロと何かを探す様に動いている。


 目的のものを見つけられなかったのだろう。

 イライラと苛立つように、足で地面を数回叩いて後


「そこの子ども!」

「は、はい!!」


 男性は一番側にいた者、つまりは、私達に肩を怒らせながら近づくと声をかけて来た。

 その厳しい目つきに私は思わず背筋を伸ばす。

 リオンとフェイは警戒を崩さず、私の前で、守るように立ってくれている。


「ここに、ガルフの店と呼ばれる出店が無かったか?」  

「本日分の商品を売り切り、閉店いたしました」

「何? まだ二刻が始まったばかりだぞ?」

「一の火の刻に開店し、夜の刻の前には売り切れましたので」

「なに?」


 店に用事のお客?

 あまりにも違う客層に戸惑いながらもそう私が応えると、男の反応が明らかに変わった。

 あると思っていた店が無かった、閉店していた戸惑いでは無く。

 ぎらりと、獲物を前にした獣のような目つきになったのだ。


「何故、お前がそれを知っている?

 …黒髪、紫の瞳…。まさか、お前は…?」

「ガルフの店の大祭店舗運営を任されております。

 マリカと申します。店に何か御用でしょうか?」


 リオンとフェイの後ろから、一歩進み出て、私は跪く。

 相手が誰かは解らないけれど、おそらく貴族。

 できるかぎりの礼をとって見せたのだ。


「よし、ならば来い!」

「えっ?」


 ところが、相手はいきなり私の手首を取り、力任せに引っ張った。

 訳が解らず、大人の男の力で引っ張られて私は引き抜かれたカブの様にスコーンと宙を舞って立ち上がらせられ、そのまま馬車に向かって引きづられてしまう。


「待て!」


 パシン、と手元に微かな衝撃が走り、私の腕が自由になる。

 馬車に、連れ去られるところだった。

 それをリオンが止めてくれたと気付いて、私は慌ててリオンの後ろに逃げ込む。

 

「何をする? 無礼者!」

「主を持つ娘を、何の理由も説明も無しに連れ去ろうとするのは無礼でない、というのか!」


 両手を広げ、私を守ろうとしてくれるリオンの横で、


「誘拐でないというのであれば、せめて姓名と理由くらいは告げるべきではありませんか?

 身なりを見ればお解りでしょう?

 彼女は子どもであるとはいえ、一店舗を任される価値ありと認められ、重んじられる者、なのですから」


 フェイもまた杖を出して威嚇した。

 明らかに気分を害している。冷酷、アイスモードだ。


「身なりを見れば解る、というのなら私も見れば解るだろう?

 私は貴族、それも国の中枢たる方にお仕えする者、だぞ?」

 平民と、明らかに侮り、嘲る態度。

 今まで出会ってきた貴族とあまりにも違い過ぎる。

 でも、きっとこれこそが本来の貴族、というものなのだろう。


「見ても解りません。我々平民にとって、貴族が誰であるかなど知る由もないのですから」

「それに俺達もまたガルフの店の者であると同時に、皇国、第三皇子ライオット様に属する者。

 騎士団の末端として、王都の治安を乱す者を問いただす義務がある」

「! 貴様ら子どもが、第三皇子の手の者、だと…」


 せせら笑う男の眼前に、リオンは短剣を取り出した。

「それは!」

 

 途端に男の顔色が変わる。

 短剣を見つめる眼差しは明らかな驚愕を浮かべていた。


 いつものカレドナイトの短剣ではない。というか魔王城由来の武器では多分ない。

 ヒルトの部分は白銀、ハンドルの端には同じく白銀で獅子にも似た文様が刻まれていた。

 柄頭には緻密な紋章のようなものが装飾されている。

 ここからではどんな模様かはよく見えないし、いつ入手したものかは解らないけれど、それが男にとっては十分に効果を発揮させるものであったのは明らかだ。  


「皇国 騎士団 王都守備部隊 軍属 リオン」

「同じく フェイ。

 我らの前で、それでも彼女を連れて行くと意地を張るというのなら姓名と所属、理由を明らかに。

 そしてライオット様と、所有者であるガルフへの連絡と報告を要求します」


 ちっ!

 明らかな苛立ちと共に舌を打った後、男は顔を上げ大きな呼吸と共に、声を放つ。

 不本意であっても、引くわけにはいかない、ということなのだろう。


「皇国 第一皇子 ケントニス様配下 護衛騎士 グランス。

 皇子と皇子妃の名において ガルフの店の料理人を所望する。

 今すぐ、同行を。これは命令である」 

 


 大祭の、賑やかで楽し気な喧噪が一瞬で凍り付いた。


 言いようのない空気が拡がっていく中、私ができたのは、それでもひるまず顔を上げ続けることだけ、だった。

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