逆襲の始まり 1
木月が始まって間もなく、王都からガルフがやってきた。
私達の異邦の同胞。
大切な仲間。
少しでも時間を短縮する為に、転移門の使用が確認された時点でフェイがリオンと迎えに出た。
戻って来た城下町で出迎えたのは魔王城の、ほぼ全員だった。
年少の子ども達。そしてティーナとリグも含めて。
「お帰りなさい。ガルフ」
ガルフは少し驚いて眼を見開くと、それでも嬉しそうに、照れたように笑って、頭を下げてくれた。
「ただいま、戻りました」
と。
今回は、少しでも時間が惜しい事もあったので、ガルフの為の家に移動してすぐ、
「率直に聞きます。そちらの様子はどうですか?」
私は本題に入った。
勿論、ねぎらいの料理はミルカの手でちゃんと用意しているけれど、その間にも話を聞いておきたかったのだ。
「商売は順調です。
順調すぎる、と言ってもいいかもしれません」
私と、リオンとフェイ。三人とティーナにも来てもらい、ガルフの話を聞く。
ティーナは貴族の事情に詳しいから、話の補足を助けて貰おうと思ったのだ。
「客は増える一方で、素材は減る一方。特に小麦と砂糖の減りが深刻です。
砂糖はもう備蓄が無くなり、小麦も夏の収穫期まで持つかもたないか、というところですね」
「商売に使うとなれば仕方ない事でしょう。今回砂糖は出来る限り用意しましたので持って行って下さい。
あと、カエラの木の方の調査は進みましたか?」
「そこそこ纏まった本数のある森が何か所か。貴族の領有地と皇王家の直轄地なので現在、それとなく交渉を始めているところです」
魔王城の森からは、かなりな量が採取できるけれども人手が足りない。
これ以上の増産は多分、無理なので次の冬はなんとかして王都、ひいては外の世界での入手経路を確立したい。
「貴族はともかく、皇王家の直轄地は手が出せないでしょう?」
「いや、それが実は一番見込みがあるのが、直轄地でして。
第三皇子ライオット様が、事情次第では手を貸して下さると…」
「「「「えええっ!!」」」」
ガルフの話によると、ライオット皇子はガルフの店の常連になっているのだという。
ガルフは皇子の事を知らない筈。偶然ってこわい…。
と、思っていたけれど、…ガルフが私達を見る視線で気付いた。
そうか、偶然じゃないんだ。
明らかに見える、緊張の眼差しを浮かべたまま彼は息と言葉を吐き出す。
「皆様に、お伝えしなければならない事がございます。
皇子ライオット様に、俺がこの島に出入りしている事を知られました」
「それで?」
「皇子に『城の子ども達は無事でいるか』と問われ、無事であることを伝えました。
契約違反も覚悟してのことでしたが、幸い契約は発動せず…」
「…相変わらず、無茶をしますね。
でも心配ありません。ライオット皇子は貴方と同じ、精霊の契約を交わし口止めの魔術を行使されている身。
城の事を伝えても、命が奪われる心配はありません」
フェイの言葉にガルフの肩の力がふう、と抜ける。
「それはありがたい。
あの方は『城の子ども達』を心配していたのですがそれは、皆様の事で?」
「そうです。かの方には我々全員、命を救われた恩があります。
どんな便宜を払っても全く問題はありません」
「やはり、そうでしたか…なんでも『やりすぎて、目を付けられた。監視の目がキツくて都の外に出る事もかなわぬ』と」
ガルフは納得したように頷く。
私も納得した。皇子がある時期から子どもを連れて来なくなった理由はそれか。
「そんな会話がきっかけで皇子は、店に良くおいで下さるようになりました。
最後においで下さったのは星の一月の始め。
大聖都に現れてた勇者の転生に会いに来いと呼び出されたとのことで」
「えっ?」
「勇者の転生? そんな事がある筈がありません」
驚きに声も出せなかった私達の代わりに、ティーナが声を荒げる。
「? 何故そう断言できる?
皇子も『偽物だと解っている』と店ではおっしゃっていたが、大聖都ではアルフィリーガの転生と名乗る少年を皇子が『勇者』と呼び、認めて教育しているという話だぞ」
「ガルフ…。ライオット皇子がその子どもを『勇者』と呼んだ、と?」
首を傾げるガルフにリオンが聞いた。静かな声だった。目だった。
遠い何かを思い、慈しむような…。
「ああ、2週間で戻るとおっしゃっていたが、俺が店を出る時点でまだお戻りにならず、そんな噂は流れるようになった。
金髪、碧の瞳の美しき少年、勇者の転生だと人々は熱狂している」
「ライオが、そいつを『勇者』と呼んだのであれば、確かに偽物だろう。
よほど、そいつはライオを怒らせたとみえる」
「だから、何故?」
「旅していた頃、俺をライオが『勇者』と呼んだのはただ一度きりだ。
お互いに譲れぬモノがあってケンカして…。
あいつは俺が勇者と呼ばれるのを嫌っている事を知っていたから、その時、本気の怒りを顕わにしたただ一度以外は決して呼ばないでくれた。
偽勇者に出会い、そいつを『勇者』と呼んだのなら、それはそいつと俺に対する大した嫌味だ」
「…本物は、ここにいますしね」
「…本物? ライオ? まさか?」
リオンの呟きに呆れたような顔で同調するフェイ。二人を見てガルフは明らかに動揺していた。
頭のいい人だ。もう言葉に出さなくても感じてはいるだろう。
真実を。
「リオン様が、真実のアルフィリーガの転生でいらっしゃいますわ。
色々なことから、もう証明されている事実です」
ガタン、と蹴り飛ばされた椅子が大きな音を立てて、転がった。
慌てて膝をつくガルフを見て、私は外の世界での『勇者アルフィリーガ』の名の重さを知る。
「長らくのご無礼を、どうかお許しを。
勇者アルフィリーガ」
「許して欲しいと思うなら、二度と俺を『勇者』と呼ぶな。今まで通り、リオンでいい。さっきも言っただろう。
俺は『勇者』と呼ばれるのは嫌いだ。『勇者』など、真実が見えぬ愚か者の名だ」
冷たい目で言ってのけるリオンを見ながら、恐る恐ると言った顔でガルフは立ち上がり、そして、思い出したというように目を見開く。
「…ライオット様は、言っておられました。
『自分は友も、仲間も守れず置いて行かれただけの愚か者だ。
だがやるべきことがあるから、今も生き恥を晒している。
そしていつか、あいつが復活したら謝る為だ』と…」
「…そうか。相変わらず律儀な奴だ。誰にも理解されない500年は、さぞ生き苦しかったろうに…」
肩を竦めて苦笑するリオンを見れば、彼こそが本物であると、誰もが理解するだろう。
その表情には、大事なものを抱きしめるような優しさが見える。
「では、勇者の教育、をなされている、というのは?」
「おそらく、監禁されて魔王城の場所を問い詰められているのではないでしょうか?」
ティーナの疑問をフェイが考察する。言葉通りの意味ではない筈だ。
「口止めの魔術がかかっていますから、語れば死ぬ。
他の手段も、500年守り続けてきたのであれば意味はない事でしょうが、勇者、という強硬手段をとってきた、ということは何か策があるのかもしれません。
あとは、偽勇者を勇者として掲げる、ということで本物をおびき出そうとか…」
「そういえば、少し前に勇者と魔王の再来が、大聖都で予言されたらしいというという噂も。
子どもが集められていたのはそのせいらしく…」
「俺の転生そのものは、大聖都に知られている筈だ。懲りずに何度も挑んでは殺されているからな。
時期的な周期か、それとも別の何かか…」
「やっぱり、その転移門は壊そう。たった一つの入り口だから、そこを守る皇子に負担をかけちゃうんだもの」
「マリカ様?」
他の皆にはもう説明している事だから、慌てたりはしていないけれど、ガルフの顔色は変わる。
「ガルフ。
私達は、今回、貴方の手助けをする為、神の世界に抗う為、外の子ども達を、そしてライオット皇子を救う為、古い転移門の破壊と、新しい門の作成を計画しています。
これが成功すれば、私達が王都に向かう事が可能になり、貴方の助けがしやすくなります。
ただ、当然、危険も伴います。門を設置するのは貴方の家もしくはそれに準ずる建物になる予定なのです。
どうでしょう? 協力して貰えますか?」
「それは…こちらからも今回、どうしてもマリカ様に王都に来て頂きたい。
お力をお借りしたい、と思っていましたからお願いしたいところではありますが…、俺の家に転移の門を…?」
「見つかれば、言い逃れはできないでしょう。
ただ、個人の家を疑われ、家宅捜索をされる時点でその時はほぼ敗北ですし、捜索されても簡単には見つからないように仕掛けは施します。
これが可能になれば、私、フェイ、リオンを含む魔王城の者が貴方の店の手伝いに行けますし、素材や資金の調達も少し容易になる筈です。
いかがです?」
これは命令ではない。選択権はガルフにある。
そう言われて、問われて、ガルフは沈黙する。
真剣に、長い時間ではなかったけれど、色々な事を考えていたようだった。
人材、資金、食材の入手経路の確保。
調査や疑いが入った時の危険性。
その他いろいろ。
魔王城と門を繋ぐメリットとデメリットを計算しているのだろう。
結果、彼は悩んでいた時間の割に思ったよりあっさりと結論を出す。
「いいでしょう。
やるとなったら、中途半端はかえって危険だ。やるなら徹底的に!」
「ありがとう。貴方がそう決意してくれたのなら、こちらも全面的にバックアップできます。
大よそ整えてありますが、魔王城で準備と説明を一週間。
その後、フェイと一緒に向こうに戻り、準備を整えて下さい」
「解りました」
身震いする。
いよいよここからが本格的な攻勢が始まる。
「みんなも、力を貸して。
ここからの準備と実行が、魔王城のこれからを決めるから」
心臓がバクバクと音を立てる。
他人を、仲間を、子ども達を巻き込む以上失敗は許されない。
このままゆるゆると魔王城で暮らしていれば、とりあえず目の前の大切なもの達と、幸せには生きられるのに。
それ以上を望むなら、覚悟は決めなければならない。
頷いてくれる皆の命を背負う覚悟を。
皆に、何より自分に言い聞かせる。
強く、強く。
「世界へ、魔王城からの逆襲の始まりです」
と。
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