魔王城 小さな約束

 この世界では、年の切り替えは大神が司る星月の終わり。

 木月から春と新しい一年が始まるという。



 今年もお休みの後、私はごちそうを作ってみんなの誕生パーティをした。

 冬を生き抜き、一つ年を取ったお祝いだ。


 メイプルシロップのスペアリブは鳥と豚両方使って大好評だったし、春一番のサーシュラはまさに春キャベツ、といった風味でサラダにしたら最高に美味しかった。

 バター、砂糖、卵、ミルクが揃った今年、チャレンジしてみたのはスポンジケーキだ。

 オーブンの温度調節に精霊が力を貸してくれるようになったので、失敗は最小限で済んだのがありがたい。

 まだ試行錯誤中なので端っこが焦げたりもしたけれど


「これはこれでなかなか…」


 みんな残さず食べてしまった。

 新鮮卵のクリームふんわりケーキは、シロップ漬けで保存したグレシュールの実を飾ったら目が醒めるような美しいショートケーキになったし、ミクル入りのアイスボックスクッキーもなかなかの出来栄え。

 子どもたちは、みんなとても喜んでくれた。


 誕生会の後からは、少し子ども達も冬の終わりと成長の自覚が出てきたようで、積極的にまた畑仕事などを頑張ってくれるようになった。

 

 私とアルは今年で10歳。

 リオンとフェイは12歳になる。


 今年は、きっと今までのように島の中でのんびりバタバタと楽しいだけの生活にはならない。と解っている。

 というか、しないのだ。

 少しずつ、外へ出る事を考える。


 四人でそう決めていた。




 

「マリカ、力を貸して貰えますか?」

 

 フェイにそう声をかけられたのは、誕生会が終わって二日後だった。


「なあに?」

「カレドナイトの鉱山について来て欲しいのです。カレドナイトの精製と加工を手伝ってほしいと思います」

「あ、そっか」


 もうすぐ、王都からガルフが来るだろう。

 私達は、外に出る為に王都から魔王城の島に通じる転移門の新設を狙っている。



「王都に転移門? それをガルフの家に? 危険じゃないか?」

「個人の家を疑われて、家宅捜索されるようになったらその時点でもう詰んでるって。

 それにね、隠そう隠そうとするものほど疑われてバレやすいから。

 目の前に置いておかれるものほど、意外に目につきにくいの。

 場所の検討は勿論した方がいいけれど」



 冬の間、そんな話をして、検討を重ねてきた。

 後はガルフが来た時に話をして了解を貰うだけだ。


「昨日のうちに城の外壁の塔は調べてきました。

 閉じられていた転移門を修復して、エルトゥリアの南、南東、南西にあった三つの街への経路も回復しています」

「ざっと見た限りではやっぱり無人だったが、荒れた麦畑とパータトの畑、あと野生化してたが羊がいた。

 いずれこっちに持ってきてもいいかもな」

 

 リオンとフェイは畑仕事とかからは今は、完全に外れて貰っている。

 狩りの食肉確保と、島の確認調査は彼らしかできないからだ。

 ドライジーネとクリスの足を活用してかなり広範囲に調査を進めているらしい。


 加えて転移門の実験を兼ねてカレドナイト鉱山と、魔王城を繋ぐ道を作ろうという話が出ている。


「転移門は大きなものを作ろうとすると、設置にも維持にも莫大な労力が必要になります。

 だから鉱山からの鉱石などは道を使って普通に輸送していたわけです。

 でも、人一人が行き来する門くらいならそこまで時間はかからないでしょう」


 で、転移門を新設するなら纏まった量のカレドナイトが確か必要だという話。


「了解。早い方がいいよね。フェイ兄もできたカレドナイトで早速実験したいでしょ?」

「はい。理解が早くて助かります」


 そういうわけで、とフェイはリオンを見る。


「僕とマリカで今日はカレドナイトの鉱山に行ってきます。

 リオンは残って、子ども達の指揮をお願いできますか?」

「解った。気を付けて行けよ」



 子ども達にもだいぶ役割分担ができている。

 中庭の麦畑はエルフィリーネが管理してくれているので手間は少ない。

 今はほぼ年少、未満児組とティーナに任せている。


 他の畑は年長、年中組に管理を任せた。

 エリセが大地の精霊にお願いするようになってから畑に生える雑草がぐんと減っているので手間が大幅削減になっているのは驚きだ。

 代わりに、肥料がもっと欲しいとか言われることも増えたというけれど。

 精霊の声を聴き、希望を聞く代わりに収穫栽培を助けて貰う。

 なるほど。エルトゥリアは不作知らずだったろう。



「あんまり無理はしなくていいから、リオン兄の言う事をよく聞いてね」

「はーい!」「大丈夫」「お任せください」


 子ども達の頼もしい返事を聞いて私は出かける準備をした。

 持って行くものはそんなにない。

 カレドナイトを持ち帰る為の袋と、液体化させたものを入れる為の素焼きの小瓶。

 あとはお弁当くらいなものだ。


「では行きますか。マリカ、僕の手に掴まっていて下さい」

「うん」


 私は言われるままにフェイの手を握った。

 あ、なんとなく照れる。

 男の子の手を握るなんてあんまりないことだし。

 リオンとはけっこうそういう場面もあったけど、あれは必死の時が多くてあんまり意識しなかったなあ。

 などと思っているうち。


「シュルム・ディエダ!」

「わあっ!」


 ぼんやりしていた私の身体が、ふわりと宙に浮かび、気がつけば真っ暗闇の中を飛んでいる。何? さっきまで昼だったのに。

 こ、こわいぃ!!


「あわ、わわわわっ!」

「大丈夫ですよ。落ちたりしませんから」

「でも、でもっ!」

 

 イメージするなら、闇に浮かんだ空気の球が凄い勢いで飛んでいくような感じだ。

 風とか感じはしないけれど、足場は薄い風船に似た柔らかい印象でどうにも心もとない。

 気が付けば他に縋る者も無く、私はフェイの腰にしがみ付いていた。




「ほら、もう着きましたし」


 とん、足元が大地を踏むと、なんだかホッとして息が抜けた。

 本当にすぐの事、時間にしてみれば5分も無い移動だったと思うけれど、向こうの世界では滅多に飛行機にさえ乗ったことがなかったから、なんだかドッと疲れた。

「あれ、何?」

「空間を歪めて移動する、という感じですか?

 空を飛んで行く術もありますけど、ハデですしこの方が早いんです」


 あー、人が空を飛んで行くのはハデだろうねえ。


「マリカ、ここからが本番なのでお願いしますよ」

「あ、ごめん。すぐやるから」


 腕をぐるんと回して気合を入れ直し、私は鉱山へと向かった。

 フェイが光の精霊を呼んで灯りを点けてくれたので、その後はひたすらに鉱石からカレドナイトを分離する。

 手に触れた壁から力の及ぶ範囲のカレドナイトを取り出して集めるを繰り返した。


 感覚的に、なんだけれど10kgくらいの鉱石から10gくらいのカレドナイトが出てくる感じだろうか。

 少なく感じるけれどもこれを金の鉱山と考えると埋蔵量は凄いことになる。

 確か1トンにつき5gが平均。

 40gでめっちゃ多いと聞いているから。

 とはいえ、小瓶一つにいっぱいのカレドナイトを作るのにはやっぱ相当量の鉱石がいる。

 

 転移門がそんなに簡単には作れない理由がよく解った。

 大変だ。こりゃ。

 ぜーはー。


「フェイ、とりあえずこれくらいでどう?」

 

 私は手のひらサイズの小瓶がいっぱいになったところで、鉱山から出てフェイに声をかけた。

 


 鉱山の管理棟らしき場所で、なにやら作業していたらしいフェイは


「ありがとうございます。これくらいの量で転移門1セット分、というところでしょうか。

 ちょっと、やってみましょうか?」

 

 と瓶を受け取ると一室に私を手招きし、その部屋の中央にその液をこぼす様にたらし始めた。


「うわああっ!」


 カレドナイトの液体が、床に付くと同時、不思議な虹色を帯びた青い光を発し拡がっていく。

 水に油を溢した時に似ているけれど、違うのは不思議な光の線が魔方陣を描いていくところだ。

 多分、フェイが魔術的な下準備を施し、線かなにかを刻んでいたのだろう。

 音もなく光が流れていく。


「すごい、キレイ…」


 まるでファンタジーゲームのオープニングCGを見ているような気分で私が魅入っているうちに、カレドナイトは直系2m程の見事な魔方陣を描き切った。


「どうやら上手く行きそうです」


 涼しい顔をしていたけれど、やはり緊張していたらしい。

 一安心の顔で大きく息をついたフェイは

「僕は城に戻って城の側の転移陣を整えてきます。

 ただ…マリカ」

 言葉を止め、私を見つめた。


「なあに? どうかしたの?」


 

 じっと、私の方を見つめるサファイアのような瞳。

 不思議な感じがする。

 そういえば、フェイと二人きりっていうのもはじめてかも。


「この先、機会があるかどうか解らないから…言っておきます。マリカ…。

 リオンを頼みます」

「え?」


 真顔で、フェイが告げた言葉に、私は眼を瞬かせる。



「ガルフが来たら、僕は暫く島を離れる事になるでしょう。

 その間、できるなら、彼を一人にしないで下さい」



 それは本当に真剣な、心配の眼差し。

 彼、というのがリオンの事だとは勿論解るけど。


「でも、一日か、二日のことでしょ? 

 魔王城の島にいるんだし、リオンを傷つけられる敵なんかいないし、心配し過ぎじゃあ…」

「どうせ王都に行くのなら、皇子ライオットと接触したり、アルの元主がどうしているのか調べたりしてきたいとは思っていますが、そういうことではなく。

 僕が、側を離れる事で、彼が元に戻ってしまわないか、心配なんです」

「元に?」

「かつてのように、自分一人で全てを背負い込む元勇者、に、ですよ」

「…あ」


 そこで、私は初めて、フェイの心配が理解できた気がした。

 魔王城での一年半で、随分変わってはきたけれど、リオンは今も、不老不死の世界を作るきっかけとなった自分自身を悔いて、責めることを止めない。

 失ったマリカ様や、仲間達、犠牲になったエルトゥリアの民に責任を感じて、一刻も早く神を倒したいと思っている事を、必死な思いを、私も知っている。


「リオンは、一人にしてはいけないんです。

 一人で、行ってしまう。僕達を傷つけまいと、巻き込むまいと…

 彼が本気で跳んだら…誰もついていくことはできないでしょう」

「…そうだね」



 それは多分、物理的な意味だけではなく、精神的な面でも。


 リオンは私の事を、自分を粗末にするなと怒るけれども、リオンの自己肯定感のなさも半端じゃない。

 私達の為、誰かの為、犠牲を出さない為なら遠慮なく、自分を捨ててしまう危うさが彼にはある。


 そう言う意味では彼は間違いも無く勇者、なのだ。



「自惚れるようですが、彼には僕らが必要なのです。

 側で、彼の重しになり一人で行くな、と繋ぎとめる者が…」

「解った。

 でも、フェイも気を付けて。フェイが傷ついたりしたら多分、リオンを誰も止められない」

「その言葉は、そっくりマリカにも返します。

 君が傷ついたら、怒ったリオンは僕にも止められない自信がありますからね」

「心配性だからね。リオンは」


 私とフェイ。

 二人で顔を見合わせて、私達は笑う。

 再確認した気分だった。

 私達は、仲間。

 同じ人を大切に思う、同士だと。



 その後、お弁当を食べてから魔王城の転移陣を作る為に、先に戻ったフェイを見送って、私はカレドナイトの精製に戻る。


 外に出たら、できればフェイではないけれども皇子ライオットとはコンタクトを取りたい。

 リオンは巻き込みたくないというだろうけれど、皇国皇子のバックアップが貰えるなら、色々と動きやすくなると思う。

 本気で世界を変えようと思うなら、彼の力は必須だ。

 

 そんなことを考えながら作業しているうちに、いつの間にかけっこう時間が経っていたらしい。



「マリカ」

「え? リオン?」

 

 ぽん、と背中を叩かれ、振り返ったらそこにいたのはリオンだった。


「転移陣の設置は成功した。実験がてら迎えに行け、って言われたからな」


 取り出したカレドナイトを集め、彼は私に向けて、手を差し出してくれた。

 暗い鉱山の中では良く見えないけれど、どこか照れたような、ばつの悪そうな顔をしている。

 きっと。


「ほら、帰るぞ」

「…うん、ありがとう」


 差し出された手をとって、私は彼の横を歩く。

 フェイの時よりは、照れずにすんだ…と思う。

 思ったより硬くて、大きな手をしっかりと握りしめた。

 この手を放さないように。


 彼が、一人にならないように…。




 ガルフが転移の門を潜り、魔王城の島に帰還したのはその翌日の事だった。

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