魔王城の決心
「おはよー。みんな朝だよ~。
ご飯も出来てるよ~」
「あれ? もう、おわっちゃったの? お手伝いしようとおもったのに」
着替えて大広間にやってきたエリセがむくれた声で頬を膨らませる。
私はテーブルの上に食事を並べながら謝った。
「ごめんね。でも、今日はちょっとご馳走作ったから」
焼きたて食パンに、ハムとゆで卵のサンドイッチ。
スモークチキンもサーシュラのマリネと一緒にサンドしてみた。
スープにサラダ。
パウンドケーキもデザートについている。
「うわ、ホントだ。凄い。時間かかったでしょ?」
「今日はガルフが帰るからお弁当でも作ってあげようと思って…。
パウンドケーキはお土産にね」
嘘だ。
昨日は眠れなかっただけ。
色々な事を考えすぎて眠れなかったから、朝から調理に没頭するフリをしていただけだ。
「マリカ」
振り返った頬がパチンと叩かれる。
「アル…」
「酷い顔をしてるぞ。しっかりしろよ」
アルの真っ直ぐな碧の瞳が私を見ていた。
思い出す。
昨日のリオンの『むかしばなし』に眠れない夜を過ごしたのはきっと私だけじゃない。
「アルは平気?」
彼の目元も薄く赤い。
「あんま平気じゃないけど。
でもいつまでもうだうだ悩むのいやだし、ちょっとムカついたから、今日、片付けるつもりなんだ。
夜、ちゃんとリオン兄たちと話す」
「アル…」
「マリカも来いよ。そして、ちゃんとケリつけようぜ」
彼の言う通りだ。
いつまでも悩んでみても仕方ない。
リオンの過去は変わらず、現状も変わらない。
後は、私達がどうするかだけなのだ。
「うん、そうする。ありがとう。アル」
私達が会話を終えた直後、
「おはよう」
「おはようございます」
リオンとフェイが部屋に入って来て食事の席に着く。
あんまり顔色が良くない。
多分、彼らもまともに寝ていないのだろう。
「リオン兄、フェイ兄。
今日は私達、ガルフを送ったら森で採取してるね。
扉まで送ったら早めに戻ってきて」
「解った」「解りました」
パウンドケーキののった小皿を置きながら声をかける。
シンプルな返事の二人。
思わずため息が零れる。
確かにこんな悶々とした時間はとっとと終わらせてしまうに限る。
「リオン…夜は時間を頂戴。アルと一緒に…待ってるから」
「ああ」
リオンに言えばフェイは必ず一緒に来るからこれで準備は終わり。
あとは私が自分の気持ちに、思いに、考えにちゃんとケリをつけるだけだ。
今日は、城下町の入り口まで、エルフィリーネ以外の魔王城の住人全員が出て来た。
王都に戻るガルフを見送る為だ。
「こんな、全員で見送って頂けるなど光栄ですな」
「もう、貴方は私達の仲間で、家族なのですから当然です。
前回の様な無茶は避けて下さいね」
「はい、肝に銘じます」
私の言葉にガルフは頭を掻きながらも頷いてくれた。
「心得ました。ミルカ。しっかりやれよ。ティーナ。リグ共々身体に気を付けて」
「はい。ガルフもどうか気を付けて」
「ガルフ様。どうか無理はなさらず」
「ああ、ありがとうな」
肩と手の大荷物を持ち直し、ガルフは頭を下げる。
「では、行ってまいります」
「いってらっしゃい」
リオンとフェイが魔術を使うと、ガルフの姿はあっと言う間に消えてしまう。
それでも、子ども達は長い間、届かないと解っていても手を振っていた。
魔王城の子ども達も随分とガルフに懐いたものだ。
寂しそうなミルカの肩をポンポンと叩いて慰めてから、私はみんなに声をかけた。
「ティーナは城に戻って。
まだリグはあんまり外に出さない方がいいと思うから」
「解りました」
「みんなはもう少し、この辺で外で遊んでいこう。ミクルの実、見つけたら拾ってくれるとうれしいな」
「はーい」
それぞれに子ども達は遊びに散っていく。
アルや年長組もいるし、リオンの件で身に染みているからか、危険な事はしないでくれるから助かる。
リオン。
ズキン。と。
その言葉が頭をよぎっただけで、心臓が締め付けられるように痛むのを感じる。
500年の間、たった一人で自分を責めて、罪を背負い、なんとか償おうと足掻き続けて来た勇者。
助けたい、救いたいと思う気持ちはある。
むしろ、その思いでいっぱいだ。
でも彼の為に私は何ができるのだろうか?
何かができるのだろうか?
「マリカ様」
ぼんやりとしていた私は、ティーナの呼び声で我に返る。
「あ、ティーナ。まだ外にいたの? リグ、風邪ひいちゃうよ」
「はい。でも、マリカ様のことが気がかりで…」
「私?」
はい、とティーナが頷いた。
「昨晩から、本当に辛そうな顔をなさっておいででしたから。
城の皆様も心配しておいでですよ」
「え、みんな?」
「はい」
あっち、とティーナが指をさす方向には、殆どいっぱいになったミクルの籠。
うわ、あんなになるまで私、気づかなかったのか?
もしかして、声かけられても解らなかった?
まずい。
体調や心の揺れを顔に出すのは、保育士というか社会人として失格だ。
ましてや子どもに心配させるなんて。
アルに言われて、気を引き締めたつもりだったのにホントに修行が足りない。
自分の頬をパチンと叩いた。
そんな私に
「昨夜のお話が、原因ですか?」
気遣う様にティーナが聞いてくれる。
「…うん。ねえ、ティーナ」
子ども達は普通の聖典の勇者伝説を知らない。
だから、リオンの告白の意味をきっと理解していない。
理解できたのは、私とアル以外には多分、ティーナだけだ。
「外の世界ではアルフィリーガっていうのは勇者って意味なんだよね?」
「はい」
ティーナは頷いて教えてくれる。
外では当然だったこと。
でも、魔王城しかしらない私達は知らなかったこと…。
「勇者伝説ではっきりと名前が知れているのは王都の第三皇子にして今の騎士団長 戦士ライオット様だけで、他の者は昨日リオン様が語った通り神官、魔術師、魔王としか伝えられておりません。
ですが、精霊に愛された強き者。
そんな意味で勇者アルフィリーガの名は語られています」
「私は、外の世界の事が全然解らなかったから。精霊がリオンの事をアルフィリーガって呼んで、それがリオンの名前だって知ってても、勇者だって知らなかったの。
ガルフがリグの名前を付けて、リオンの事をアルフィリーガのようだ、って言うまで」
「アルフィリーガのようだ、というのはどんな意味でも最高の褒め言葉ですから。
金の髪、緑の瞳も人々の憧れで、どちらか持っているだけでも周囲から羨ましがられ、尊ばれますわ」
輝く金髪のティーナがそういうくらい、きっと外でアルフィリーガの名は知られ愛されているのだろう。
「私は、そういうの全然、解らなくって…。
リオンは死にかけていた私を助けてくれて、名前をくれた大切な人。
一緒に、不老不死の呪いをなんとかして、子ども達が笑顔で生きられる世界を取り戻そうって約束したのだけれど…リオンが、世界に勇者と呼ばれながらも、あんな苦しみの果てに世界を壊す、なんてところに辿り着いたなんて、って考えたら、どう声をかけたらいいのかな、って思ってしまって…」
なんと声をかけたらいいか。
自分に何ができるか解らない。
彼の思いに寄り添う事なんて、私にはできない気がする。
「普通通りに、今までと同じに接するのが一番ではないかと存じます」
「えっ?」
ニッコリと、あっさりと告げるティーナの言葉に、私は目を瞬かせる。
なんだか、目からポロッとうろこが落ちた。
「今までのご事情や皆様の思いなど、知らぬ第三者の戯言とお流しください。
ですが、今までと同じく変わらず接して貰えることが多分、あの方にとっては一番の救いですわ。
私も、そうでしたから…」
「ティーナ…」
微笑みながら、ティーナは腕の中の我が子を見つめる。
「この子は、望んでできた子ではありませんでした。
流すことも本気で、幾度も考えた程です。
でも、皆さまはそのことに一切触れず、ただの母と子として、命として接して下さった。
寄り添って、支えて下さった。
だからこそ、私はこの子を愛することが、産むことができたのだと思います」
深く、噛みしめる様に。
紡がれるティーナの言葉は深く、そして優しい。
「昨日のお話を伺うに、リオン様は勇者と呼ばれる自分を悔いておられます。
ですが、それはもうどうしようもない程に、変えられない事実。
私となど比べるのは不遜でございますが、望まれない子を宿した私のように。
であれば後はその後、どう関係し、どう接し、何をするか、だけではないでしょうか?
マリカ様にとってリオン様が勇者であったことで、何かが変わられます?」
言われて考える。
リオンが元勇者であるのと、ただの転生者であるのと。
あ、言われてみればそんなに差は無いや。
目的は同じ、世界の環境整備と、不老不死の解除。子ども達が笑って生きる世界を取り戻すこと。
それにリオンが元勇者であってもなくても大した違いはない。
むしろより頼りになるだけだ。
「うん、確かにそれほど差は無いかな?
あるとしたら、それは…」
「なにか、思う事があるならそれを吐き出して、あとはいつも通りに接するのが一番ではないかと思います。
私のような一般人からすれば、アルフィリーガにお会いして、我が子を祝福して貰えた等、光栄の至りですもの」
多分、ワザと明るくミーハーっぽく言ってくれたティーナのおかげで胸のつかえがスッと降りた様に軽くなる。
なんとなく思い込んでいた。
多分向こうの保育士の考え方の癖で。
困っている人の気持ちに寄り添って理解して助けたいって、重荷を少しでも軽くしたい。と。
だから、重すぎる彼の苦しみを救えるのかと悩んでしまった。
でも、彼の重荷を私は背負う事はできない。
背負わせることをリオンも望まない。
ならば、彼自身を支えてあげればいいのだ。
彼の側で。
彼の居場所、安全地帯を作り、守る。
そうだ。
今、それができるのは。
彼の側にいられるマリカは、私だけなのだから。
「ありがとう。ティーナ。すごくすっきりした」
「お役に立てたのなら幸いです。
私、お二人、というか皆さまが、仲良く笑い合っておられる姿を見るのが一番の幸せですので、どうか私の為にもお早く仲直りなさって下さいませ」
「? 別にケンカしたわけじゃないんだけど?」
「あら、そうですか? まあそういうことに…」
「変な納得しないで! だから…」
「あ、マリカ姉、笑ってる」
「よかった」
くすくすと笑うティーナに必死で説明しながらも、私は心が軽くなった。
夜が、待ち遠しくさえ感じられる程に。
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