第33話

 指の間から小骨が落ちる。

 砂嵐は一向に止む気配が無く、昼なのか、夜なのかさえ分からない。閉ざされた砂の中に封じ込められ、右も左も前後さえも分からぬまま、定かではない西に向かい歩き続ける。

 足を止めれば終わってしまう。漫然とした恐怖から盲目的に逃げ彷徨い、傍から見れば亡霊のようでもあった。亡霊とは明確に異なるのはただ一つ、まだ彼女は肉体を有し、生存している点だった。

 急激な吐き気をもよおし、胃の中身をひっくり返す。胃液のみに限らず鮮やかな赤い液体が飛散し、元が何かさえも定かではない、繊維質の塊までもをぶちまける。誰が見ても眉をひそめるような、物体は赤く照り輝き砂に埋もれた。

 瞼は殆ど閉じており、目は全く見えてない。極度に狭くなった視界は光をも受け付けず、薄ら闇に浮かぶ明瞭な影しか判別できない。

 倒れるように身体を揺らし、倒れぬように足を動かす。無意識下の反射反応だけを用いて、前へと進む。拭う事さえ放棄されたナイフは赤く錆ができ、赤く黒い斑点が輝く刃を蝕んでいる。欠片も気にすることも無く鞘に戻した。

 砂に映った影が揺れ動き、出してもいない両手を差し伸べる。細くて長く、しなやかなだ。いつか見たような笑みを浮かべ、闇の中へと包み込む。

 雪の降る学校、柵の外、厚い雲、そして底なしの闇がミツキを誘う。薄くと雪が積もった縁に立つ。外套に触れた先から雪は溶け、ただでさえ重たいのに一層重くなる。風は吹き荒れ髪を乱し、壁を登って空へと駆け上がる。影が手を伸ばしミツキを招く。

 一歩、足を前に出す。

 ブーツのつま先が縁から出る。

 影はミツキを尚、誘う。安らかな闇の中で、穏やかで原始の暗黒へ。

 ミツキの重たい手を取り暗い淵へと導く。

 女神のような笑みを浮かべる、影の誘いに身を任せ、暗がりの中へとさらに踏み出す。

 彼女の身体はゆっくりと、頭を最後に倒れていく。抗うことも、もがく事もせず。

 自らを受け入れる影の腕へと、穏やかで、そして安らかな心持ちで、終わりのない闇の中へと堕ちていった。

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