第32話
陽は沈みまた月が出る。月が沈めば、また陽が昇る。
幾度となく繰り返してきたサイクルは、今日も今日とて繰り返す。
狭まる視界は回転し、おぞましい程の吐き気をもたらす。加えて頭痛に怠さも重なって、立って歩けていること自体が奇跡であった。
気づけば砂嵐の中にいたらしい。風と砂は過去一番の強さとなった。
砂埃を吸い込み激しく咳き込む。小さな砂の粒たちが乾いた喉を傷つける。咳と共に上がってきた、砂と血が混ざり合った血痰を吐き捨てた。
おそらく風邪もひいただろう。
暑い昼間にあってさえ、寒気を感じる程だった。額に手で触れてはみるものの、火傷する程熱くなった髪の下ではよくわからない。身体はやたら重たく、足は本当に棒のようだった。
風が強く吹き、額に痛みが走る。触れた指先には血が着いていた。
血の表面にミツキの影が映り込む。
水分なんてどこにもないと思っていたが、今ここに、確かに存在するではないか。身体の中を駆け巡る血に、トカゲだろうと自分だろうと変わりない。むしろ自分由来なら、トカゲの血よりも危険なんて無いはずで、飲み過ぎないようにだけ気を付ければいい。
ナイフを手首に押し当てる。陽に焼け痛む肌は乾燥し、砂がぶつかり痛みをもたらす。半ば夢の中を彷徨いながら、果実に対してしてきたように、自分自身の手首を裂く。
赤い果汁が流れ出す。
ミツキは直ちに口を付ける。脈打つたびに止め処なく零れだす果汁を前に、彼女の理性は吹き飛んだ。
空腹な赤子に近い貪欲さで、自身の生き血を吸いあげる。生暖かな赤い果汁に味は無く、痛みも全く感じない。血は止まること無く、またミツキ自身もそうなることを望んだ。
自らの血をひとしきり吸いあげ、ようやく口を離す。口の端から零れる赤黒い血を手の甲で拭う。苦痛から逃れるために吸いあげた命の源を呑み込むと、魔法によって自身の傷を癒した。
ナイフに着いた血まで丁寧に舐めとる。
疲労は著しく体調も最悪だ。強烈な眩暈に立っているだけでも苦痛だった。
だがこの分で行けば、もうしばらくは生きながらえる。絶望の中に見えた小さな希望の光を目の当たりにして、ここにきて初めての笑みを浮かべた。
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