第29話

 砂丘の斜面を滑り降りる。

 国語、算数、理科、社会にプログラミング、体操服やリコーダー、蓋が開いた黒いランドセルには砂が溜まり、ノートや筆箱の類が埋もれていた。何一つとして踏まぬように、注意を払いながら歩み寄る。学年、クラス、番号と名前が黒の油性ペンで書かれていたり、いなかったりもする。いわゆる男子特有のいい加減さで、名前の文字は傾いて、大小不均一な漢字とひらがなによる名前が記されていた。

 石のように見えていたのは他ならぬ、これら教科書の持ち主だった。下半身は砂にうずもれて、欠片も動く気配はない。

 ミツキは少年の脇に片膝を付く。たかる羽虫を払い除け、首筋に触れる。口元にまで頬を近づけると、微かな吐息が感じられた。

 転生者にとって、転生した直後が最も危険な瞬間となる。

 地表、もしくは水面上からプラスマイナス千メートル以内に出現し、情け容赦ない物理法則に晒される。遥か上空から大地に叩きつけられる場合や、地中に生きたまま埋もれる事もある。上下だけでなく場所もランダムで、猛吹雪に荒れる雪山や、大海洋のど真ん中、更には混乱極まる戦場など、決して助かる見込みのない場所に転生する場合もあった。

 仮に運よく大地に降り立つことができたとしても、人を喰らう野生生物や、悪意を持った蛮族に遭遇すればそれまでだ。餌となるか、奴隷となるか、死体となるかは、運と知識と実力次第だった。

 世界学術協会の調査によれば、転生時の生存率は一パーセントにも満たないらしい。転生するのは十歳から十五歳までの少年少女に限られて、とりわけ日本人が多かった。戦死や病死、交通事故死や災害に、虐待死など種々様々な死因があるが、年齢の他に法則がある訳では無いらしい。学会の学者達はこれらのデータに理を求め、次から次へと論文を出しては裏切られてきた。

 転生のプロセスは未だ不明だ。魂の浄化の際に行われる記憶のリセットが強い感情によって阻害され、前世の記憶を残したまま魂に魔力が集い、残っている記憶を頼りに肉体を創り上げる。とする説が最有力だが、現状では説を裏付ける証拠はどこにもない。

 学者達は転生の謎を解明することにより、勇者の世界、ミツキにとって生前の世界との交流を図りたいと考えているようだが未来永劫、叶うとは思えない願いだった。

 笛のような呼吸を続け、まばたき一つしていない。頬はこけ、唇は渇き割れている。極めて弱いがまだ脈はある。身元に関する物を探して、少年のポケットをまさぐると見慣れたスマホが滑り落ちた。

 酷くひび割れた画面に光が灯り、新着メッセージが浮かぶ。プレゼントを用意しているから気を付けて帰って来てね、に続く母親からのハッピーバースデイ。虹色に輝く九文字を、白くて丸い生物がとびっきりの笑顔で掲げていた。

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