第四部 第八十話 覚悟

 死ぬ間際に自分の人生のすべてを振り返る、いわゆる走馬灯。


 スイッチを押してから正部家尚美、私はまさにそれを見た。


 正武家は一般家庭の出で、代々波動に関する研究に携わってきた。私の両親も研究員。子供のころ、両親は家でも白衣を着て難しい話していたのを覚えている。


 印象に残っているのは、両親が決まった時間に同じ行動をとることだった。私もやる、といって隣に並んで、


「これは祈りなの」


「祈り?」


「天より来たりし神様に感謝するのよ」


 両親と同じように、私は祈った。その行為が何に対して向けられたものなのか、全くわからないままに。


 やがて私に波動師の才能が開花した。


 一族には精神感応の素養があったが、力は弱く、とても貴族になれるようなものではなかった。そんな一族の中で、正武家尚美は波動師としての素養が高かったため、両親はとても喜んだ。


 そして、三塔学院への入学が決まった次の日、ある男がやってきた。


 両親は男を教団の偉い人だといった。


「この娘か?」


 大柄な男に見下ろされた威圧感に、体がわずかにふるえる。


「はい。この子は必ずやお役に立てるでしょう」


「いいだろう。娘、お前はこれより我ら天主極楽教のために働け」


「……はい」

 

 断れなかった。


 何をするのかとびくびくしていたが、言い渡された仕事は大した内容ではなかった。三塔学院において知りうる限りの生徒の情報を、家に送る。氏名、年齢、性別、波動師としての実力などなど。送ったら両親がとても喜んでくれるので、学校で何があったのかを話しつつ送った。


 その情報を何に使うのか、何のためなのかを全く考えないまま。ただただ送って三年が過ぎたころ。


 天主極楽教が最初の事件を起こした。


 天誅と称し、贈賄の疑いがかけられた貴族を誅殺したのだ。


 何事かと家族に聞こうと思った。自分たちが信じていた、加入していた教団が国に反逆を始めたのだ。


 なのに、そんな気はまるで起きなかった。


 自覚はあった。薄々気づいていた。


「神様を信仰していることを、誰にも言ってはいけないよ」


 そう父に言われた理由がやっと腑に落ちた。


 自分のしていたこと、否、家族丸ごと国に反逆していたと。


 そして、天主極楽教の呪縛からは逃れられないことを。


 言いなりになるしかない。そう判断して、学院内での仕事をつづけた。のちに敵対するであろう強力な波動師の情報を送り続けた。


 良心の呵責に苛まれなかったか?


 もちろんあった。若いなりに大いに悩んだ。


 だが、両親が生まれたばかりの妹と共に天主極楽教に切り捨てられた時にそれも消えた。


 あるのは、ただ怖いという感情。ただただ恐怖した。それだけだ。


 そうさ。


 対天部に所属したのも。


 天主極楽教の内部にいる反逆者、無能どもの情報を対天部に流し、時には自ら捕縛したのも。


 逆に天主極楽教に対天部の捜査状況を流したのも。


 対天部での実績をもとに引退し、三塔学院に戻ってきたのも。


 全ては天主極楽教からの命令によるものだ。


 私の全てを支配していたのだ。


 だから、ただの気まぐれだったんだ。


 学院に教師として赴任して二年目の春。受け持った授業を受けるための教室で。


 いるはずのない家族と対面して。


 初対面なのにすぐわかった。自分の血族だと。髪の色、目の形、体格。外見の全てに面影があって。


 でも声はかけられなくて。


 裏切りと嘘にまみれている自分と同じ血が流れているなんて。しかも代々テロリストの家計の出なんて言えなくて。


 なのに家族に私と同じ精神感応の才能が開花して。

 

 だからだからだから。


 あぁ。これでよかった。


 そう思考したところで、私の脳の髄まで熱が走った。



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